産総研 - ニュース お知らせ

お知らせ記事2008/07/22

高度組込みソフトウェア技術者養成のための「組込み適塾」を開塾
-組込みシステム検証試験施設を用いた技術移転と人材養成を担う組織も発足-

ポイント

  • 高度組込みソフトウェア技術者を養成する「組込み適塾」を産総研関西センターに開塾した。
  • 「組込みシステム技術連携研究体」を発足させ、技術移転と人材養成を推進する。
  • 組込みシステム検証試験施設とともに、組込みシステムの信頼性確保に貢献する。

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)は、組込みソフト産業推進会議【会長 宮原 秀夫】と共同で、高度組込みソフトウェア開発技術者を養成する「組込み適塾」【塾長 今瀬 真】を7月22日に開塾した。

 また、関西センターにおいて、7月1日に、新たに「組込みシステム技術連携研究体」【連携研究体長 神本 正行】を発足させ、組込みシステム検証試験施設を用いた最先端検証技術に関する技術移転と人材養成事業を推進する体制を固め、「組込み適塾」の運営を実施していく。

 近年、組込みシステムの需要が急拡大したため、その不具合が発生すると社会的影響が大きく、信頼性向上が重要かつ緊急の課題である。産総研では、関西センターに設置したシステム検証研究センター【研究センター長 木下 佳樹】において数理的技法(形式手法)を中心にシステム検証技術の研究活動を展開してきたが、さらにその活動を広げるためにこの中核施設を整備する。組込みシステム検証試験施設を整備するとともに、技術移転と人材養成事業を推進して組込みシステム技術者の全国的な不足に対応し、組込みシステムの信頼性確保に貢献する。

組込み適塾の概要図

社会的背景

 身の周りのありとあらゆるもの、家電、携帯端末、自動車、交通管制、鉄道、駅の自動改札、券売機、航空機、医療機器、遊園地の施設などは、それらの機器の中に組込まれたコンピューターによって制御される組込みシステムである。組込みシステムでは、そのソフトウェア(組込みソフトウェア)が製品の価値を決める重要な要素となっている。情報化が進展した社会にあっては、組込みソフトウェアが高い信頼性をもって機能することが、安心・安全な社会実現のために不可欠である。

 しかしながら、コンピューター、特に小さな機器に組み込むことを前提に作られた小さなコンピューター(マイクロコンピューター)が高性能化したことから、組込みソフトウェアの大規模化、複雑化が進み、現在では、特にソフトウェア品質の維持が困難となってきている。昨年10月中旬に発生した駅の自動改札機のトラブルで260万人以上を巻き込む事態となったことは、我が国経済社会に大きな打撃を与え、組込みソフトウェアの信頼性確保の為の早急の対策が求められるに至った。

経緯

 産総研システム検証研究センター(大阪府豊中市(千里中央))は、平成16年4月の設置以来、組込みシステムをはじめとする情報処理システムの検証に関する研究を遂行しており、企業との共同研究の経験を持つ研究者と検証事例を多数保有している。セミナー、シンポジウムを定期的に開催するほか、わが国の検証技術研究に先導的役割を果たしてきた。

 また、平成19年8月には、関西を組込みソフトウェア産業の一大集積地とすることを目的として、組込みソフト産業推進会議が設立された。同会議は、関西経済連合会に事務局をおき、NTT西日本、ダイキン工業、シャープ、松下電器産業のほかソフトウェア会社、大阪大学をはじめとした諸大学、産総研などの産学官各組織の参加を得て、組込みソフトウェアの技術者養成を中心に活発に活動している。

組込みシステム技術連携研究体

 産総研関西センターにおいて、7月1日に発足させた組込みシステム技術連携研究体(構成員8名)では、高度な情報技術が必要な組込みシステム検証試験施設の運営および組込みシステム技術の技術移転と人材養成を担当する。

  従来より、システム検証研究センターにおいて展開してきた数理的技法(形式手法)やシミュレーションなどの最先端システム検証技術の技術移転と人材養成事業を、組込みシステム検証試験施設を用いて産学官連携の下で強力に推進する。そのために「組込み適塾」を、組込みソフト産業推進会議と共同で実施する。

 また、システム検証研究センターの作成した教程(CVS教程)にもとづく数理的技法研修コースの開発と開講を行なう。既にモデル検査初級コースの教科書をNTS出版より刊行し、研修コースを開講している。同中級、上級コースおよび対話型検証研修コースも現在開発している。

 平成19年度経済産業省補正予算事業によって、産総研関西センターに整備することとなった組込みシステム検証試験施設には、クラスターコンピューターを導入し、モデル検査等の数理的技法やエミュレーションなどの高度な検証技術やツールを、利用者に提供する。利用者は広く産学官から募ることとし、遠隔からも24時間利用可能とする。この施設では、例えば以下のような検証作業が可能となるように整備していく。

  1. 世界最大規模のモデル検査(遷移系の状態数1011(一千億)程度)を可能にする。モデル検査は詳細設計などを計算機上で記述し、その振舞いを網羅的に自動検査する形式手法の一つである。現状では107~108程度の状態数しか扱えないために部品レベルでの網羅的検証が行なわれているが、状態数を三桁上げることにより、製品全体を対象とする網羅的検証を可能にすることが期待できる。
  2. ネットワークに接続された製品のエミュレーションを、バイナリーコードそのままを動作させて、実機なしで、実際に接続される環境そのまま、あるいはそれに近い台数の接続テストを可能とする。組込みソフトのバイナリイメージを命令ごとに忠実にエミュレートして製品をそのままテストすることができる。
  3. 世界最大規模の並列SAT Solverの実装研究を本施設で行う。

組込み適塾

 組込みソフト産業推進会議第一部会(高度組込みソフト技術者育成プログラム検討部会)【部会長 二宮 清】による人材養成プログラムが「組込み適塾」である。経済産業省の調査によると、組込みソフトウェア技術者は全国で9万名不足していると言われているが、本プログラムでは、組込みソフトウェア開発のプロジェクトにおける技術リーダーの育成を図る事を目的としている。推進会議会員企業を中心に参加者を募ったところ、定員を超える申込みがあり、関西圏の企業や公設研究所から大きな関心を集めている。

 現在の養成プログラムは座学となっているが、今秋には実践演習プログラムを開発し、年度末までに実践演習プログラムの実施も予定している。今回のプログラム修了者、あるいは修了相当の技術者が対象である。来年度は、両プログラムを通して実施する計画にしている。

今後の予定

 技術移転と人材養成を担当する組込みシステム技術連携研究体は、先端研究を担当するシステム検証研究センターとともに、検証技術を中心とするソフトウェア信頼性先端技術を集積し、日本の産業競争力強化に貢献していく。

用語の説明

◆組込みシステム
最近の電子機器は、コンピューターによって制御される構造をとるものがおおく、電子機器にコンピューターを組込んでできるシステムなので、組込みシステムと呼ばれる。組込みシステムでは、回路とコンピューターを動かすソフトウェアが一体となって必要な機能を実現する。[参照元へ戻る]
◆数理的技法
数理モデルに基づいて、組込みシステムをはじめとする情報処理システムの開発や検証を行なう技法の総称。形式論理に基づく数理モデルを用いる場合には、とくに形式技法と呼ばれる。[参照元へ戻る]
◆クラスターコンピューター
パソコン程度の小さなコンピューターを数台から数百台、高速のネットワークによって結合して、全体として極めて高性能のコンピューターと同等の機能を実現する技術が台頭している。このようにしてできるコンピューターの塊をクラスターコンピューターと呼んでいる。[参照元へ戻る]
◆モデル検査
システムの振舞いを全数探索によって網羅的に検査する技術。網羅性があるため厳密な検証が可能である。ハードウェア設計の検証だけでなく、ソフトウェアの検証への適用も期待されている。[参照元へ戻る]
◆エミュレーション
機械の動作を模倣すること。機械の動作をソフトウェアだけで模倣することによって、機械そのものが存在しなくてもテストなどに利用できる。[参照元へ戻る]
◆SAT Solver
真か偽かのどちらかの値を取る変数だけから成る論理式が、解を持つかどうかを判定するプログラム。原理的に難しい問題として知られているが、近年高速化が著しい。[参照元へ戻る]