独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)は、4月1日付けで産総研つくばセンターに、安全や社会の持続可能性についての研究を実施する「安全科学研究部門」【研究部門長 中西 準子】を設立しました。
近年特に産業活動などにおける災害や安全問題や化学物質によるリスクの問題に加えて、地球環境や資源枯渇の問題に対する危機感が急速に増大しています。しかも、これらの問題は互いにトレードオフの関係にあることが多々あります。
このような困難な問題に取り組み、安全で持続可能な社会を構築するためには、従来のように爆発・安全、化学物質リスク、エネルギー効率も含めたライフサイクルアセスメントなどの分野での個別の評価研究を実施するだけでは不十分であり、これまでの研究分野の境界を越えた取り組みや研究体制作りが急務であると考えられます。
新しく設立される本研究部門では、これまで産総研内部の個別の研究組織で実施し得られた研究成果を融合させ統一的に考えることにより、持続可能性の高い生産や生活を選択するための指針や社会の要請に応じた最適の政策提示を科学的に行い、安全で、かつ持続可能性の高い社会の構築に大きく貢献することを目指します。
第3期科学技術基本計画(平成18~22年度)において、国民が科学技術に対して大きく期待をするのは健康と安全の問題であること、また安全問題についての国民の関心がこれまでになく高まっていることが指摘されています。これは食の問題や、産業活動における重大事故、さらには国際的なテロの問題などの発生により健康や安全への不安が増大していることを背景としています。このような社会的背景を受けて、第3期科学技術基本計画(平成18~22年度)の基本政策では、安全研究に関する研究は6つの最重要課題の一つに位置づけられました。
このような安全分野の研究は、長い目で見れば産業基盤として必要な研究分野であり、また持続可能社会の構築に向けて取り組むべき課題と考えられます。その一方で、これらの課題の解決には市場原理が働きにくく十分な資金や人材が投入される環境が出来ているとは言えず、公的機関の産総研が率先して取り組むべき課題と言えます。今回新しく設立される安全科学研究部門では、このような社会の要請にタイムリーに応えることを目指しています。
産総研ではこれまで、3つの研究センターおよび研究コア(化学物質リスク管理研究センター、ライフサイクルアセスメント研究センター、および爆発安全研究コア)において、化学物質の長期暴露によるヒト健康や生態系のリスク評価、爆発や工場災害による安全性、およびエネルギー効率も考慮した環境負荷のライフサイクル解析を行い、社会や産業の安全やその持続性について国内はもとより世界をリードする研究成果をあげてきました。
これらの安全やリスク、社会の持続可能性に関する問題の多くは互いにトレードオフの関係にあるため、矛盾が多く非常に解決の困難な課題だと言えます。このような状況を考慮すると、これまでのように個別に研究を進めるだけでは安全や持続可能性の問題解決には到達できず、これらの問題を融合的に捉えて解決への方策を示すことが重要であると考えます。また本研究部門の設立は、社会的背景を鑑みて時機に適うばかりではなく、わが国の技術の将来のあり方までも見通した選択であると位置づけています。
この研究部門では、これまでの3つの研究センターで行ってきた安全性や持続可能性に関する研究に加えて、新たに
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工場災害や事故の問題:産業保安や爆発安全などのフィジカルハザード研究
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新規技術・新規物質のリスクベネフィット評価:一例として、ナノ材料を対象に行うリスク評価とその管理手法の研究
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人為的・自然的なグローバルな移動を考慮した金属のリスク評価ツール:一例として、有害性と資源としての有用性を併せ持つ鉛の最適な管理を目指した物質循環シミュレータの構築
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新エネルギー、代替エネルギー技術の総合的な評価:バイオエタノールなどのバイオマスエネルギーの活用へ向けた、エネルギー効率、二酸化炭素排出量、生態・健康影響、燃焼特性、燃焼危険性などの評価の4つの研究を融合的に推進します。
これらの融合的な研究課題に取り組むことにより、一段高いレベルにおいて安全性や持続性に関わる評価研究を実施します。これらの融合研究によって蓄積されたデータや、評価研究のために開発された解析のためのツールを使いやすい形で社会に提供します。さらに、技術開発と社会への導入が進行しつつある新技術について、それらの技術開発と同時進行してその影響に対する評価を行ないます。つまり、新しい技術の導入に際しては必ず正の側面と負の側面があって、それらの側面がトレードオフの関係となっていることが多いため、新しい技術の導入に対して、その便益とリスクを総合的に評価します。
本研究部門では、安全性や持続性に関わる研究成果を正確にかつ時機を逃すことなく、化学物質や爆発物等の安全基準に反映させることを目指します。これまでに作成、あるいは開発を行ってきた化学物質のリスクに関する評価書やライフサイクルアセスメントを行うためのソフトウェアの開発、爆発事故などの災害の事例や予防対策に関するデータベースの研究を継続していきます。また、これらの研究成果を社会に普及させ、研究者と社会との意思の疎通を図り、研究成果の深い理解を促進するために、新たにサービス部署を設置します。
新しく設立される安全科学研究部門では、新しい技術の導入によるトレードオフの問題を総合的な観点から科学的に検討し、新しい技術による便益を最大限に享受できる方策をわかりやすく提示することを目指します。それらの結果の公表を通じて、市民・地域・産業・行政、および国際機関などが合理的で、かつ正しい意思決定を行うことを助けます。また、このような研究活動は現実的な政策提言にもつながり、安全性や持続性を考慮した技術開発の方向性を示すことによって、わが国の産業競争力の強化にも貢献するものと期待されます。