独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)は、平成18年度の新規産学官連携プロジェクト「産総研産業変革研究イニシアティブ」(以下「産業変革イニシアティブ」という)として、「ユーザ指向ロボットオープンアーキテクチャの開発」の実施を決定した。また、本プロジェクトは本年4月より3年間のプロジェクトとして実施される。
今回、産総研が採択したプロジェクトは、複数の次世代型ロボットのプロトタイプ開発を通じて、ロボット要素技術をRTミドルウェアで再利用可能なロボット機能部品としてモジュール化し、これらの組み合わせによって新たなロボット製品が効率良く開発できる環境を整えるものである。これにより巨額の投資が必要とされてきたロボット製品開発が小規模な投資でも実現可能であることを社会に示すことで、ロボット産業を新たに創生させるものである。
また、本プロジェクトで開発するロボット技術モジュール群とその規範・仕様は公開されるので、これにより多様な企業がそれぞれの用途に対応したロボットを生産できるフレームワーク「ユーザ指向ロボットオープンアーキテクチャ(
User Centered Robot Open Architecture (UCROA))」を利用でき、わが国に、新たな産業としてロボット産業を創生させようとする試みである。
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図1 ロボット要素機能モジュールの組み合わせによるロボット開発
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ロボット製品の新規開発には数十億円の投資が必要であると言われているが、これに見合う数百億円規模の市場を新たに開拓するのは容易でなく、このことがロボット開発への新規参入を阻む障壁となっている。その結果、わが国のロボット産業は、限られたメーカが主導する産業用ロボットを主体とする構造にならざるを得ず、市場規模も社団法人日本ロボット工業会(JARA)の統計データによると1980年代から約4,000~6,000億円のままでほとんど拡大していない。
新しいロボット産業を創生するためには、個々のユーザの多様なニーズに応じて、多数のロボット要素機能を組み合わせ、効率良く用途に応じたロボットを開発することが必要となる。産総研では、これを可能とするソフトウェア基盤としてRTミドルウェア技術を開発し、その標準化および普及を行ってきた。RTミドルウェアは、ロボット要素機能をソフトウェアとしてモジュール化し、そのモジュール化された機能部品を組み合わせ、ロボットシステムを簡単に効率良く開発することを可能にする技術である。
しかし、RTミドルウェアだけでは実際のロボットシステムを構築することはできない。まずRTミドルウェアに基づいて多数の有用なロボットの要素機能が実際に利用可能なモジュールとして提供される必要がある。また、それらのモジュールを組み合わせてロボットシステムを構築するための統一的な方法も開発する必要がある。【図1】
本課題では、我々が持つロボット要素機能をRTミドルウェアに基づいてモジュール化し、それを用いて、近い将来での実用化を見越した次世代ロボットのプロトタイプ開発に取り組む。これにより我々が持つロボット要素機能を実際に利用可能なモジュールとして広く提供することが可能となる。また用途も構造も全く異なる3種類のロボットを並列して開発することで、ユーザの仕様に応じたロボット製品が効率良く開発できることを実証するとともに、それらのモジュールを組み合わせてロボットシステムを構築するための統一的な方法を開発する。
また、製品レベルに近いロボットを開発してみせることで、開発に要する投資額とロボット市場規模のミスマッチが解消され得ることを示し、産業化へのシナリオを現実味のあるものにすることを目指す。
本課題で開発されたロボット機能モジュール群とその規範・仕様およびロボットシステムのアーキテクチャを公開するほか、開発プロジェクト案件ごとに構成する産総研コンソーシアムに参加する産総研技術移転ベンチャー企業等を通じて技術移転する。これにより、ロボット開発参入への技術的なハードルを下げることを試みる。また、民間主導で進められているロボットビジネス推進協議会や各地域の取り組みと連携し、ロボットベンチャーによる新規市場開拓を推進する。
以上により、多様な企業がそれぞれの用途に対応したロボットを生産できるフレームワーク、UCROAを確立し、新たなロボット産業を創生することを目指す。【図2】
産総研は、平成17年度より「持続的発展可能な社会を構築する」という基本理念のもと、産業変革イニシアティブを実施している。これは、新産業の創出に真正面から取り組む産学官連携プロジェクトで、技術シーズから新たな産業へと至る明確なシナリオを持ち、大型の予算を投入することで、比較的短期間で目に見える成果を生み出すことを特徴としている。初年度である平成17年度から、「医薬製剤原料生産のための密閉型組み換え植物工場の開発」および「知識循環型サービス主導アーキテクチャ(AIST SOA)の開発」の2課題を実施している。
産総研では、これまで新しいロボット産業を創生するソフトウェア基盤としてRTミドルウェア技術を開発し、その標準化および普及を行ってきた。また、一方で、種々のロボットの研究開発を行い、ロボット用省電力高性能プロセッサ、実時間Linux、分散コンポーネント型シミュレータ、アクティブRF-ID、3次元視覚、雑音下での音声認識、2足歩行技術など、数々のロボット要素機能の開発を行ってきた。これらのロボット要素機能をRTミドルウェアを用いてモジュール化し、それを組み合わせることにより、異なる次世代ロボットのプロトタイプを開発する。複数のプロトタイプを開発する過程でロボット機能モジュールの規範・仕様の内容を段階的にブラッシュアップしていく。ここで開発されたロボット機能モジュール群とその規範・仕様、またそれらを組み合わせて構築されたロボットシステムのアーキテクチャを公開し、多様な企業がそれぞれの用途に対応したロボットを生産できるフレームワーク、UCROAを確立する。
具体的には、2010年に実用化可能で大きな市場が期待できる次世代ロボットとして、以下のロボットのプロトタイプ開発を通してUCROAの確立と実証を行う。
1.物流支援ロボット
物流マーケットの拡大に伴う物流倉庫の巨大化と複雑化に対応するため、物流における荷物の搬送や、搬送を支援するシステムのロボット化が求められている。本プロジェクトでは、特に物流倉庫内での荷物の搬送(例えばトラックからパレット自動倉庫への搬入出など)を自動化する物流支援ロボットシステムを開発する。そのため、アクティブRF-IDと屋内GPSなどの測位技術を用いて物流倉庫内の環境の構造化を行うとともに、倉庫内を自動走行する自律移動台車とパレット単位などで荷物を扱うロボットハンドを開発し、実際の物流倉庫での実証試験を行う。【図3】
このプロトタイプ開発では、物流システム会社との共同研究を予定している。
2.対人サービスロボット
筋ジストロフィーや頚椎損傷の障害者が自分で操作できる作業代行システムを開発する。既存技術で実現可能な小型ロボットアームを中心に、移動ベース、カメラ、マイクなどのモジュールを組み合わせ、テーブル上や床に落ちたものの拾い上げ、スイッチ操作など、個別の要求に対応でき、かつ、将来的なシステム拡張・発展にも対応可能なシステムを目指す。【図4】
このプロトタイプの開発は、株式会社ナムコとの共同研究を予定している。
3.サイバネティックヒューマン
人間に近い外観・形態を持ち、人間にきわめて近い歩行や動作ができ、音声認識などを用いて人間とインタラクションができるヒューマノイドロボットの開発を行う。これをサイバネティックヒューマン(Cybernetic Human (人造人間))と呼ぶことにする。エンターテインメント分野、人間シミュレータとして人間用の機器の評価、人間の動作を補助する機械への応用を目指す。
このプロトタイプ開発は、株式会社ココロとの共同研究を予定している。