独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)は、平成17年4月から第2期中期目標期間(5カ年)を開始するに当たり、産総研の理念から、研究の重点化、イノベーションハブ機能の強化にわたる研究戦略を策定し、内外に公開した。このような所全体の戦略を自ら策定し内外に公開するのは、産総研の前身である工業技術院の時代でも例がなく、初めての試みである。
産総研は第1期中期目標期間(平成13年4月~平成17年3月まで4年間)において、フラットで自律的経営を基本とする研究ユニット運営制度の導入、「本格研究」という独自の研究方法論を基本とした研究者の意識変革、さらには大胆な評価制度の導入など、主として内部改革に取り組んできた。これらの努力と成果については、独法評価委員会などでも高く評価されてきているところである。
第2期は、第1期で醸成した内なる力を外に向けて発露させる期間と位置づけ、産総研の活動を可能な限り外部に見せていく戦略をとる。具体的には、技術の将来ビジョンや研究の重点化などに関する戦略それ自体を公開、研究成果を目に見える形で技術革新に結びつける多様な方策の実施、人材育成事業の本格的な実施、などに取り組む。研究戦略では、階層別に大きく3つに大別し、第1部では所全体の考え方と施策、第2部では技術分野毎の将来ビジョンと研究の重点化、第3部では成果を社会にインパクトのある技術革新へとつなげるための施策、をそれぞれ記述している。
産総研は、多様な産業技術の研究を目的とした我が国最大級の公的研究機関であり、国の安全・安心の確保および産業競争力の強化に資する研究の推進、さらには新産業創出への貢献という大きな期待を担っている。
産業の発展を実現する原動力として、科学や技術の果たす役割がこれまで以上に重要になってきており、それに伴って産総研への期待はますます高まり、多様化してきている。産総研への期待としては、たとえば、質の高い研究の推進、目に見える形での産業貢献、行政への貢献、技術革新を担う人材の育成、などがあげられる。一方、産総研の置かれている状況には厳しいものがある。産総研の研究資源は、総体としては国内最大規模であるが、多様な研究を展開していることから、特定の産業分野で見れば規模的優位な状況には必ずしもない。
このように困難な状況のなかでは、「有限の資源で成果を最大化させる方策」を定めて全職員がそれを共有するとともに、外部にも積極的に公開することで社会との関係を強めていくことが必要である。これによって、産総研の考え方や動向が常に明瞭となり、たとえば産業界や行政との連携が取りやすくなり、実効性も上がる。このことが、本研究戦略策定の目的である。
戦略の構造
大きく以下に示す3部構成とする。
第1部:全体戦略
基本的考え方、果たすべき役割や産業の将来ビジョンに関する分析、産総研の持つべき理念、ミッション、さらには社会および産業ニーズに即した研究課題の設定やイノベーションハブ機能の強化などに関するマクロな議論を展開。
第2部:分野別研究戦略
ライフサイエンスやエネルギー等の産業技術分野毎の研究成果を最大化する方策を展開。具体的には、今後の10年を俯瞰して重点化すべき方向性(戦略目標)やその実現のために設定すべき具体的な研究課題(戦略課題)、などの設定と方法論に関する議論を展開。
第3部:イノベーションハブ戦略
研究成果を活用して我が国の技術革新を先導するための方策。技術情報の収集と産業技術行政等への活用、学と産との強固で効率的な連携の推進、骨太の知財創出とその活用、工業標準化への取り組みの強化、国際競争力の強化のための国際展開、プレゼンス向上を目指した広報機能の強化、などに関する具体的施策の議論を展開。
具体的施策の骨子
1)外部ニーズに基づいたトップダウン的な策定プロセスの導入(図1参照)
行政や産業界との対話を最大限重視し、その過程を通して産総研への期待や進むべき方向性をトップダウン的に設定した。具体的な対話プロセスとしては、経済産業省と各階層の段階で合計22回、経団連産学官連携部会と2回、個別企業5社、等との対話を行うとともに、CTOポリシーフォーラム(経済産業省が設置したインターネット上のフォーラムで100社程度のCTOが参加)への公開、などを行った。
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図1 戦略策定プロセス(トップダウンとボトムアップの調和)
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2)独自の相互対話型プロセスによって研究テーマを重点化(図2参照)
研究テーマの重点化については、トップダウン的に研究の方向性を決めるプロセスとボトムアップ的に現有ポテンシャルを提案するプロセスとを調和させる対話方式を採用した。
具体的には、技術動向や行政・産業・社会ニーズの俯瞰的分析の結果を基に、各技術分野が重点的に取り組むべき研究の方向性を戦略目標として4~6項目設定し、それぞれに対して技術ビジョンや未来シナリオを付記して研究ユニットに提示した(トップダウン)。
これに対して、実際に研究を実施する研究ユニットがそれぞれの研究ポテンシャルを最大限活用するという観点から具体的研究テーマを重点課題として提案した(ボトムアップ)。
最後に、理事長と研究ユニット長レベルとの対話(合計6回)と全職員を対象とした対話(研究戦略ワークショップとして合計14回)を精力的に行って、両プロセスの調和と整合を図った。
以上のプロセスから、全6分野合計で170の重点課題を採択した。内訳は、新規テーマの割合が約20%、第1期のテーマを強化するもの約40%、継続するもの約30%、縮小方向のもの約10%であった。
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図2 戦略目標、戦略課題、重点課題の階層構造
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3)産総研をプラットホームとした産業技術人材育成事業の本格的実施(図3,4参照)
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産業技術ポスドクの育成
高度な学術的研究能力を持つポスドクを、即戦力として企業で活躍できる人材(産業技術ポスドク)へと育成するために、博士号を取得した研究者(ポスドク)に産総研が企業と共同で実施する研究プロジェクトに参加してもらい、目的や期日が明確な製品化研究の能力を研鑽してもらう。これによって、現在多数輩出されているポスドクの付加価値と流動性を高めることができ、我が国全体のイノベーションシステムの駆動力として活用できる。
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高度専門技術者の育成
研究開発に有用な技術を身につけ、先端的な研究の支援ができる高度な専門技術者(産総研高度専門技術者)の養成にも着手する。これは、先端的な研究を技術面で支える高度な技術者であり、産総研で行われる多様な研究と先端的な研究インフラなどを活用することで実現する。
その一環として、地方自治体の支援を前提とした人材育成制度の構築も行う。これは、特に地方に数多く存在し、地域経済活性化の重要な要素となる中小企業の人材育成を想定している。
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図3 ポスドクをベースとした高度産業技術人材育成スキーム
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図4 地方自治体と連携した地域企業の人材育成策の概念図
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4)技術革新メカニズムのハブ機能を大幅に強化
技術革新の要素となる人、モノ(成果)、情報を産総研をハブとして流通させることで、産業競争力の強化や新産業創出メカニズムを円滑に駆動させることができる。具体的には、技術情報の収集・分析能力の強化と産業技術行政への活用、人材交流を伴う産学との連携推進、骨太の知財創出とその活用、などを体制の強化と合わせて強力に推進する。
また、第2期においては非公務員型に移行することから、産学との人事交流を可能とする柔軟な人事制度を構築し、人材に着目した成果移転メカニズムを新たに駆動させる。
5)地域センターネットワークによる新たな地域連携推進策の実施(図5参照)
産総研は、最大拠点であり本部機能を併せ持っているつくばセンターの他に、全国に8つの地域センターを有している(北海道、東北、臨海副都心、中部、関西、中国、四国、九州)。つくばセンターを含む各地域センターは、「研究拠点」と「連携拠点」の一人二役の機能を高度に発揮し、地域と産総研全体が一体となった組織運営を行うことで、地域産業社会において研究と産業をつなぐ役割を担っている。
第2期においては、それぞれの地域センターが研究を重点化し、その技術分野で卓越した存在(Excellence)となり、それらを有機的に結合(Network)することで大きな力を発揮することを基本的な考え方とする。これをNetwork of Excellences(NOEs)と称する。各センターは、地域の多様なニーズ・シーズを積極的にくみ上げ、自らそれに対応できない場合には、それに最適なセンターに当該案件を迅速に仲介することとする。
NOEsの要素となる各地域センターの研究重点化については以下の通り。
北海道センター :ゲノムファクトリー技術
東北センター :低環境負荷化学プロセス技術
臨海副都心センター :バイオ・IT融合技術
中部センター :先進材料とナノテクとの融合プロセス技術
関西センター :医工連携の産業化とユビキタスエネルギー技術
中国センター :バイオマスを活用した新エネルギー技術
四国センター :健康産業の創出を目指した健康工学技術
九州センター :産業・生活環境に関わる計測技術及びマイクロ空間化学技術
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図5 地域センターネットワークによる地域連携推進のコンセプト
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