独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)計測標準研究部門【部門長 小野 晃】は、SARS対策のための体温計校正・評価技術導入に関するシンガポール標準機関からの国際的な支援要請を受け、産総研が開発した世界最高水準の精度をもつ耳式体温計校正用黒体炉(写真)をシンガポール標準研究機関へ緊急貸与し、SARS感染の拡大防止にむけた支援を行う。
赤外線を利用した耳式体温計やサーモグラフ装置は、1秒程度の短い時間で人体の体温測定を行うことが可能であり、アジア諸国の国際空港、病院等において、発熱状態にあるSARS感染者の判別・診断に広く利用され、SARS感染の拡大防止に大きな役割を果たしている。しかし、赤外線式の体温計測機器は、従来の水銀体温計や電子式体温計と測定原理が大きく異なるため、測定精度の管理には、新たな校正・評価技術が不可欠である。したがって、赤外線式の体温計測機器校正のための信頼性の高い標準技術・設備の導入がアジア諸国において急務となっており、産総研の標準技術はアジア諸国から大きな期待を寄せられている。
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耳式体温計校正用黒体炉
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耳式体温計やサーモグラフ装置は、人体表面から放射されるわずかな赤外線を検出して体温測定を行うことができるため、極めて短時間に体温を測定できる。我が国においても、乳幼児の体温測定ニーズなどを中心として、一般家庭や医療機関において耳式体温計をはじめとした赤外線式体温計測機器の利用が急速に拡大している。
従来、水銀体温計や電子式体温計の精度管理は、国際法定計量機関(OIML)の勧告や国内計量法による検定制度の適用により行われているが、新型の赤外線式体温計については、測定原理を含めて、新しい計測機器であるため、従来の校正・評価技術の適用が不可能であり、新たな標準技術の開発・整備が世界的な課題となっていた。
産総研では平成10年度より、国内体温計メーカー等との協力のもと、赤外線式体温計に対する高精度の校正・評価技術の研究を行い、世界最高精度の標準設備を開発するとともに、平成13年度より、体温計メーカー等に対する標準供給を実施している。
産総研の開発した標準黒体炉システムは、国際温度目盛に準拠した高精度の赤外線放射輝度を実現し、その不確かさは、0.03℃以下であり、世界的にも最高水準の標準設備となっている。
赤外線式体温計の校正・評価技術に関しては、赤外線式体温計の普及が進んでいる日本(産総研)、ドイツなどの標準研究機関において先導的な研究が行われているが、一方、アジア諸国においては、これまで赤外線式体温計の普及率が低く、校正・評価技術・設備の開発導入が遅れている状況であった。
アジア諸国におけるSARS感染の拡大防止が急務となるにつれ、空港等の公共施設を中心として、38℃程度の発熱状態にある感染者(及び感染の可能性が疑われる者)の判別用の体温計測機器として、測定時間の短く、非接触診断が可能な赤外線式体温計の導入が急速に拡大している。しかしながら、判別や診断に求められる0.2℃程度(耳式体温計に対する技術基準は、JIS原案では、0.2℃と定めている。なお、海外規格(ASTM規格、prEN規格)においても、0.2℃と定めている。)の測定精度管理を行うための高精度な標準設備が決定的に不足しており、世界的にも最高精度の標準技術・設備を有する産総研からの技術支援が強く求められている。
産総研では、シンガポール標準研究機関からの国際的な技術支援要請をうけ、赤外線式体温計の校正用に開発された移送可能な耳式体温計校正用黒体炉をシンガポール標準研究機関へ貸与することを決定した。貸与される耳式体温計校正用黒体炉は、シンガポール国内において、SARS感染者の判別等に使用される耳式体温計やサーモグラフなどの赤外線式体温計測機器の目盛校正・性能評価の基準器として利用され、信頼性の高い体温計測機器の精度管理を可能とし、SARS感染の拡大防止に貢献するものと期待される。