公益社団法人日本化学会が、日本の化学分野の歴史資料の中でも特に貴重なものに対して遺産として認定する「化学遺産」。次世代に受け継いでいくと共に、化学分野の技術と教育の向上・発展に寄与する事を目的として、2010年に制定されたものです。
第8回の今年は5つのテーマが認定され、そのひとつに産総研が保存してきた「日本の油脂化学生みの親 – 辻本満丸関連資料」が選ばれました。認定の対象は、辻本博士の実験ノート(88冊)と、博士が残した標本(124瓶)です。これらは、現在、産総研つくばセンターに保管されています。
認定の理由
日本における化学工業の近代化は、1900(明治33)年の農商務省工業試験所設立によって本格的に始まりました。設立当初の主な業務は、陶磁器・油脂・漆・染料・セメント等、伝統産業の近代化でした。
辻本満丸博士(1877-1940)は、1901年に東京帝国大学を卒業後、工業試験所に入所し、国産植物油や海産動物油などの高度利用を目指して性状・成分を明らかにする研究を精力的に行いました。二百数十編におよぶ論文発表と、多くの特許取得で、日本の油脂化学と関連産業の発展に主導的な役割を果たしたといえます。 特に、鮫肝油中に存在する高度不飽和炭化水素「スクアレン(C30H50)」の発見(1916年)は、国際的にも非常に高い評価を受け、1920年には「油脂の研究」に対して恩賜賞が授与されました。「スクアレン」は学術用語にもなり、スクアレンに水素添加して得られたスクアランは医薬品・化粧品および工業油として広く利用されてきました。
1914年には、辻本博士らの特許をベースにして、いわし油等を原料とする国産初の硬化油製造技術が開発されました。また、博士はイシナギ等の魚肝油中に大量のビタミンAが含まれていることも発見しています。硬化油や魚肝油は、大正から昭和にかけて、ヨーロッパ・中国等に輸出され、外貨の獲得に多大の貢献をしました。1951年には、門下である外山修之も海産動物油に関する研究に対し恩賜賞を授与されています。
化学遺産の認定証授与式は、2017年3月17日(金)に慶應義塾大学を会場として開催された日本化学会年会において行われました。