発表・掲載日:2023/04/18

過去の地磁気の検出によりマンガンノジュールの回転を実証

-球状海底資源が深海底を転がり埋没せずに形成した過程を解明-

ポイント

  • マンガンノジュールに記録された過去の微弱な地磁気により、成長しながら回転していたことを実証
  • 海洋深層流と海底地形がマンガンノジュールの回転に果たす役割、および回転が内部の酸化状態と微細構造に与える影響を評価
  • 海底鉱物資源評価や海底深層流変動予測などへの貢献に期待

概要図

(左)太平洋の海底地形と試料採取地点(赤四角)。黄色丸はマンガンノジュールがこれまでに確認された地点(Dutkiewicz et al., 2020)。(中央)ボックスコアラーで採取されたマンガンノジュール。(右)分析に用いたマンガンノジュール試料を上から撮影した写真(白印は鉛直上向き)。
※原論文(クリエーティブ・コモンズ・ライセンスCC-BY-NC)の図を引用・改変したものを使用しています。

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)地質情報研究部門地球変動史研究グループ 小田 啓邦 上級主任研究員と、国立大学法人 高知大学(以下「高知大学」という)大学院生 片野田 航、臼井 朗 教授、村山 雅史 教授、山本 裕二 教授は、南太平洋ペンリン海盆から採取されたマンガンノジュールに記録された地球磁場を用いて、自然残留磁化方位から過去の姿勢を復元し、この試料がある回転軸のまわりにゆっくり回転したことを示しました。

マンガンノジュールは、深海底で百万年に数mmというゆっくりした速度で成長します(Verlaan and Cronan, 2022)。その形成時期は数百万年以上前であるにもかかわらず、その多くは堆積物表面に半分露出しています(Usui and Ito, 2004)。マンガンノジュールが完全に埋もれずに堆積物表面に存在し続けることができる理由はこれまではっきりしていませんでした。本研究では、過去の地磁気記録を用いることにより、世界で初めてマンガンノジュールが形成過程で回転したこと、回転の原因や回転がマンガンノジュール内部の酸化状態と構造に与える影響を明らかにしました。なお、研究の詳細は、2023年2月28日にGeochemistry, Geophysics, Geosystemsに掲載されました。


開発の社会的背景

マンガンノジュールは、塊状で堆積物表面に分布し、マンガン・鉄のほか、ニッケル・銅・コバルトなどの有用元素を含むため、海底鉱物資源としての価値が高く注目されています。マンガンノジュールについては、国際海底機構の管理のもと、日本を始め各国が鉱区を設定し、探査活動などを行っています。本研究は、この海底鉱物資源として有用なマンガンノジュールの形成過程や形成場を解明するために行いました。

 

研究の経緯

産総研地質調査総合センターは、その前身である工業技術院地質調査所の頃から、海底鉱物資源を含めて、資源および資源開発の基礎的研究を行ってきました。深海底のマンガンノジュールの研究は、1972年度に開始され、1974年から1983年にかけては、調査船「白嶺丸」により中部北太平洋・南太平洋海域にて進められました(水野, 1982)。本研究では、1983年のGH83-3航海(Usui et al., 1994)により南太平洋ペンリン海盆で採取されたマンガンノジュール試料を用いています。

なお、本研究開発は、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費補助金「琉球層群礁性石灰岩の古地磁気・岩石磁気分析による高分解能地球磁場・気候変動の復元(令和2~5年度)」および「磁気顕微鏡による地球内核形成前後の地球磁場復元と地球生命史への影響の解明(令和3~6年度)」により実施しました。

 

研究の内容

マンガンノジュールに記録された過去の微弱な地磁気の分析には、超伝導量子干渉素子を用いた岩石磁力計を用いました。マンガンノジュール表面の試料が記録する自然残留磁化方位は、現在の地球磁場方位と一致することが示されました。一方で、マンガンノジュールに記録された自然残留磁化方位は、表面から中心部に向かって連続的に変化すること、それらは大円上に乗ることが確認されました(図1)。このことは、マンガンノジュールがこの大円の極の周りに回転し、それとともに磁化が連続的に記録されていったことを示します。

図1

図1(上段左)マンガンノジュールから直交する二つのブロック(A、B)を切り出しました。さらにブロック(A、B)の上部から試料(A、B)を切り出し、五つの層と五つの列に切り分けました。試料Bの分割の様子について(上段中)に示します。試料Bは、五層それぞれをさらに上半分と下半分に分割しました。(下段)右から左に向かって最深層(5層)から表層(1層)に、上半分の自然残留磁化方位(磁化方位)を矢印で示しました(上向きが北向き)。全て水平面よりも上方向で(伏角が負、南半球で正磁極期に対応)、矢印の長さが長いほど水平に近くなります。(上段右)f列の最深層から表層の磁化方位を等積投影図に表示しました(黒丸)。白抜き丸は水平面よりも上を示します。赤線は大円で回帰させた結果で、赤丸は大円の極です。青丸は極の周りに磁化方位を回転させて中心に最も近い試料の磁化方位が北向きになるように復元したものです。

※原論文(クリエーティブ・コモンズ・ライセンスCC-BY-NC)の図を引用・改変したものを使用しています。

研究に用いたマンガンノジュールは、南極から運ばれる酸素に富む海洋深層流(南極底層流)の影響を受ける深海底(概要図左図の赤四角)の小さな丘のふもとの緩やかな傾斜地点にあります。回転の原動力としては、(1) 深海底の底生生物による攪拌、(2) 深層流による水圧、(3) 斜面下向きへの重力などが考えられます。(1)は同じ方向に継続回転させることが困難、(2)の水圧では力不足です。傾斜が緩やかであるため、(3)の重力も不足しています。これら単独の力では説明が困難なため、(2)と(3)の組み合わせを要因として、深層流下流側で堆積物が巻き上げられて除去されたために徐々に深層流下流側(北東傾斜方向)に回転移動したと考えました。

自然残留磁化方位から復元したマンガンノジュールの姿勢の時間変化を図2に示します。回転によって、マンガンノジュール周辺の堆積物から上昇してくる側は、海水(酸素に富む深層水)にさらされて、堆積物に埋もれた貧酸素的環境から酸化的な環境に急激に変化したと考えられます。

図2

図2 左から右に向かって回転開始時、50%回転後、回転終了時のマンガンノジュールの姿勢の模式図になります。上の列は上面から見た図、下の列は側面(上の列の青矢印の方向)から見た図になります。

※原論文(クリエーティブ・コモンズ・ライセンスCC-BY-NC)の図を引用・改変したものを使用しています。

低温磁性分析などから、マンガンノジュールには磁鉄鉱の粒子が含まれることがわかりました。また、磁鉄鉱粒子は酸化されてマグへマイトになっていること、特にマンガンノジュール中心部で強く酸化されていることが低温磁性に基づく特性値(ΔMc; Özdemir and Dunlop, 2010)からわかりました。いっぽう、ベリリウム同位体分析によるマンガンノジュールの中心部の形成年代は800万年よりも古いことがわかりました。マンガンノジュールに77万年以前の逆磁極期の記録が残っていないことは、この試料が形成されたときに獲得された初生残留磁化が失われて、そのかわりに二次残留磁化が獲得されたと解釈できます。これらの状況から、磁鉄鉱が酸素を多く含む南極底層流にさらされて低温酸化することによって二次残留磁化を獲得したと考えました。また、マンガンノジュールの回転は堆積物に富む領域と、海水起源の水酸化マンガン・水酸化鉄に富む領域が混ざった層が全方位均等に成長する環境を作り出しているとも言えます。このことは、マンガンノジュールに含まれる元素分布にも影響を与えるため、回転運動は海底鉱物資源の評価でも重要と考えられます。

図3

図3 マンガンノジュール試料(ブロック B)の中心部からやや外側の薄片試料分析結果です。左から右へ、光学画像、マンガンの分布、ケイ素の分布、低保磁力率の分布を示します。光学画像は光学スキャナー、マンガン・ケイ素の分布は蛍光X線スキャナー、低保磁力率は産総研と金沢工業大学および関連企業と共同開発した走査型SQUID顕微鏡を用いて取得しました。低保磁力率は、保磁力が低い(0.1 T(テスラ)以下)磁性鉱物の割合を示します。

※原論文(クリエーティブ・コモンズ・ライセンスCC-BY-NC)の図を引用・改変したものを使用しています。

マンガンノジュールの2種類の異なる領域については、図3で確認することができます。各図の白点線、白実線で囲まれた部分は、それぞれ堆積物を多く含む領域と海水起源の水酸化マンガン・水酸化鉄を多く含む領域の代表例を示します。低保磁力率が高い領域は堆積物を多く含む領域と一致します。堆積物を多く含む領域は隙間が多く、外から酸素に富んだ海水が通過する通路としての役割を果たします。海水が多く浸入したために、磁鉄鉱からマグへマイトへの酸化が完全に進み、二つの磁性層の間で発生する応力(ストレス)が解放されて保磁力が低くなったと考えられます。磁鉄鉱の場合、内部の応力が高くなると保磁力が高くなることが知られています。

 

今後の予定

今後は、マンガンノジュールの回転運動の普遍性について、同じ海域の別の試料や異なる海域の試料について検証します。また、マンガンノジュール内部の酸化状態と構造への回転の影響、成長過程の詳細を解明し、海底鉱物資源評価、海洋深層流変動などの地球環境予測に貢献します。

 

論文情報

掲載誌:Geochemistry, Geophysics, Geosystems
論文タイトル:Rotation of a Ferromanganese Nodule in the Penrhyn Basin, South Pacific, Tracked by the Earth's Magnetic Field
著者:Hirokuni Oda, Wataru Katanoda, Akira Usui, Masafumi Murayama, Yuhji Yamamoto
DOI: 10.1029/2022GC010789

 

引用文献

  • Dutkiewicz, A., Judge, A., & Müller, R. D. (2020). Environmental predictors of deep-sea polymetallic nodule occurrence in the global ocean. Geology, 48(3), 293–297. https://doi.org/10.1130/G46836.1
  • 水野篤行 (1982) 地質調査所における海洋地質研究の歴史と現況, 地質ニュース, 337, 57-69.  https://www.gsj.jp/data/chishitsunews/82_09_07.pdf [PDF:2.2MB]
  • Özdemir. Ö., & Dunlop, D. J. (2010). Hallmarks of maghemitization in low-temperature remanence cycling of partially oxidized magnetite nanoparticles. Journal of Geophysical Research, 115(B2), B02101. https://doi.org/10.1029/2009JB006756
  • Usui, A. & Ito, T. (1994). Fossil manganese deposits buried within DSDP/ODP cores, Legs 1-126, Marine Geology, 119, 111-136.
  • Usui, A., Nohara, M., Okuda, Y., Nishimura, A., Yamazaki, T., Saito, Y., Miyazaki, M., Tsurusaki, K., Yamazaki, T., Harada, K., & Lee, C. (1994). Outline of the cruise GH83-3 in the Penrhyn basin, South Pacific. Geological Survey of Japan Cruise Report, 23, 1–17. https://www.gsj.jp/data/cruise-rep/23-01.pdf [PDF:956KB]
  • Verlaan, P.A. & Cronan, D.S. (2022). Origin and variability of resource-grade marine ferromanganese nodules and crusts in the Pacific Ocean: A review of biogeochemical and physical controls. Geochemistry, 82(1), 125741. https://doi.org/10.1016/j.chemer.2021.125741
 

問い合わせ

国立研究開発法人 産業技術総合研究所
地質情報研究部門 地球変動史研究グループ
上級主任研究員 小田 啓邦 E-mail:hirokuni-oda*aist.go.jp(*を@に変更して送信ください。)


用語解説

マンガンノジュール(マンガン団塊)
深海底でゆっくりと成長する球状の凝結塊。コア(中心核)の周りに同心円状に水酸化マンガンと水酸化鉄が層状に凝結した物質で、コアは、微化石の殻やサメの歯、玄武岩や既に形成された別のノジュールの破片などです。大きさは直径5 cm~10 cm程度が一般的で、顕微鏡でしか観察できない微粒子から最大で20 cm以上のものまであります。[参照元へ戻る]
自然残留磁化
地層や岩石に含まれる磁性鉱物に記録される堆積時や岩石冷却時の地球磁場。火成岩の場合は、その中に含まれる磁性鉱物がキュリー温度(例えば磁鉄鉱Fe3O4の場合は585 ℃)以下になると、その時の地球磁場の方向が自然残留磁化として記録されます。堆積岩の場合は、そこに含まれる磁性鉱物粒子が周辺の鉱物と接触したり圧密を受けたりして回転できなくなる時に地球磁場を記録します。マンガンノジュールの場合は、層状に成長する時にとり込まれる磁性鉱物が堆積岩と類似の原理で地球磁場を記録します。また、そこで成長する磁性鉱物の結晶の大きさが臨界値を超えるときに地球磁場を記録することも考えられます。[参照元へ戻る]
国際海底機構
国連海洋法条約が「人類の共同の財産」と規定した深海底の鉱物資源の管理を主たる目的とし、1994年11月16日に設立された深海底における活動を組織し管理する国際組織。国連海洋法条約に基づいて、同条約のすべての締約国を構成国とする。英語名はInternational Seabed Authority (ISA)。[参照元へ戻る]
南極底層流
南極大陸を囲む南極海で発生する水塊。最も密度の高い水塊であるため、水深4000 mで南極海とつながるすべての海盆で水深4000 m以下に存在します。また、高い酸素含有量を持っているのが特徴です。英語名はAntarctic Bottom Water(AABW)。[参照元へ戻る]
磁鉄鉱
酸化鉄鉱物の一種で化学組成はFe3O4。自然界に広く分布し、強い磁性を示します。純度の高い磁鉄鉱では125 Kでフェルべー点(Verwey Point)として知られる磁気相転移点が確認されます。英語名はマグネタイト(magnetite)。[参照元へ戻る]
マグへマイト
酸化鉄鉱物の一種で化学組成はγ-Fe2O3。強い磁性を示します。自然界では海水中などで磁鉄鉱から鉄イオン(Fe2+)が溶け出して低温で酸化して生成します。磁気テープやハードディスクの主要な記録媒体などとして用いられてきました。英語名はmaghemite。[参照元へ戻る]
初生残留磁化・二次残留磁化
地層が形成されたときに獲得された自然残留磁化を初生残留磁化、その後の加熱・変質などで獲得された磁化を二次残留磁化と呼びます。[参照元へ戻る]
超伝導量子干渉素子
英語名はSuperconducting Quantum Interference Device (SQUID)。超伝導状態で作動する量子効果に基づく磁気検出素子で、微弱な磁場を測定するのに使用されます。[参照元へ戻る]
正磁極期・逆磁極期
地球磁場は地球の中心に置かれた棒磁石で近似でき、北極が磁石のS極に対応し、方位磁石のN極が北を指します。地球磁場がこれと同じ方向を向いた時期を正磁極期といいます。77万年前に最も新しい地球磁場逆転が起こりました。その直前は北極が磁石のN極に対応し、方位磁石のS極が北を指していました。この時期を逆磁極期といいます。正磁極期の磁場は、北半球では水平面より下向き(伏角が正)、南半球では水平面より上向き(伏角が負)となります。[参照元へ戻る]
同位体分析
各種元素の同位体存在量や同位体比を求める分析。半減期がわかっている放射性同位体の同位体分析を行うことにより、地質試料の年代を推定できます。今回の研究では、大気中で宇宙線により生成される質量数10のベリリウム同位体を分析しました。[参照元へ戻る]
蛍光X線スキャナー
試料表面にX線を照射し、発生する特性X線を用いて試料に含まれる元素の検出を行い、面的情報として図示する分析装置。英語名はX-ray fluorescence scanner。[参照元へ戻る]
走査型SQUID磁気顕微鏡
微小な検出コイルとSQUID素子を磁気センサーとして用い、試料表面のごく近くの微弱な表面磁場の分布を顕微鏡スケールで描画できる装置。地質試料が発生する微弱な磁場を検出する目的のほかに、半導体や超伝導物質の分析、機械部品の亀裂確認を目的とした非破壊検査などにも用いられます。[参照元へ戻る]
保磁力
磁化された磁性体を磁化されていない状態に戻すために必要な反対向きの外部磁場の強さを指します。外部磁場の単位は磁気工学分野ではアンペア毎メートル[A/m]を用いますが、岩石磁気分野ではテスラ[T]を用います。1 T = 0.7958×106 A/mとなります。英語名はCoercivity。[参照元へ戻る]