- マンガンノジュールに記録された過去の微弱な地磁気により、成長しながら回転していたことを実証
- 海洋深層流と海底地形がマンガンノジュールの回転に果たす役割、および回転が内部の酸化状態と微細構造に与える影響を評価
- 海底鉱物資源評価や海底深層流変動予測などへの貢献に期待
(左)太平洋の海底地形と試料採取地点(赤四角)。黄色丸はマンガンノジュールがこれまでに確認された地点(Dutkiewicz et al., 2020)。(中央)ボックスコアラーで採取されたマンガンノジュール。(右)分析に用いたマンガンノジュール試料を上から撮影した写真(白印は鉛直上向き)。
※原論文(クリエーティブ・コモンズ・ライセンスCC-BY-NC)の図を引用・改変したものを使用しています。
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)地質情報研究部門地球変動史研究グループ 小田 啓邦 上級主任研究員と、国立大学法人 高知大学(以下「高知大学」という)大学院生 片野田 航、臼井 朗 教授、村山 雅史 教授、山本 裕二 教授は、南太平洋ペンリン海盆から採取されたマンガンノジュールに記録された地球磁場を用いて、自然残留磁化方位から過去の姿勢を復元し、この試料がある回転軸のまわりにゆっくり回転したことを示しました。
マンガンノジュールは、深海底で百万年に数mmというゆっくりした速度で成長します(Verlaan and Cronan, 2022)。その形成時期は数百万年以上前であるにもかかわらず、その多くは堆積物表面に半分露出しています(Usui and Ito, 2004)。マンガンノジュールが完全に埋もれずに堆積物表面に存在し続けることができる理由はこれまではっきりしていませんでした。本研究では、過去の地磁気記録を用いることにより、世界で初めてマンガンノジュールが形成過程で回転したこと、回転の原因や回転がマンガンノジュール内部の酸化状態と構造に与える影響を明らかにしました。なお、研究の詳細は、2023年2月28日にGeochemistry, Geophysics, Geosystemsに掲載されました。
マンガンノジュールは、塊状で堆積物表面に分布し、マンガン・鉄のほか、ニッケル・銅・コバルトなどの有用元素を含むため、海底鉱物資源としての価値が高く注目されています。マンガンノジュールについては、国際海底機構の管理のもと、日本を始め各国が鉱区を設定し、探査活動などを行っています。本研究は、この海底鉱物資源として有用なマンガンノジュールの形成過程や形成場を解明するために行いました。
産総研地質調査総合センターは、その前身である工業技術院地質調査所の頃から、海底鉱物資源を含めて、資源および資源開発の基礎的研究を行ってきました。深海底のマンガンノジュールの研究は、1972年度に開始され、1974年から1983年にかけては、調査船「白嶺丸」により中部北太平洋・南太平洋海域にて進められました(水野, 1982)。本研究では、1983年のGH83-3航海(Usui et al., 1994)により南太平洋ペンリン海盆で採取されたマンガンノジュール試料を用いています。
なお、本研究開発は、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費補助金「琉球層群礁性石灰岩の古地磁気・岩石磁気分析による高分解能地球磁場・気候変動の復元(令和2~5年度)」および「磁気顕微鏡による地球内核形成前後の地球磁場復元と地球生命史への影響の解明(令和3~6年度)」により実施しました。
マンガンノジュールに記録された過去の微弱な地磁気の分析には、超伝導量子干渉素子を用いた岩石磁力計を用いました。マンガンノジュール表面の試料が記録する自然残留磁化方位は、現在の地球磁場方位と一致することが示されました。一方で、マンガンノジュールに記録された自然残留磁化方位は、表面から中心部に向かって連続的に変化すること、それらは大円上に乗ることが確認されました(図1)。このことは、マンガンノジュールがこの大円の極の周りに回転し、それとともに磁化が連続的に記録されていったことを示します。
図1(上段左)マンガンノジュールから直交する二つのブロック(A、B)を切り出しました。さらにブロック(A、B)の上部から試料(A、B)を切り出し、五つの層と五つの列に切り分けました。試料Bの分割の様子について(上段中)に示します。試料Bは、五層それぞれをさらに上半分と下半分に分割しました。(下段)右から左に向かって最深層(5層)から表層(1層)に、上半分の自然残留磁化方位(磁化方位)を矢印で示しました(上向きが北向き)。全て水平面よりも上方向で(伏角が負、南半球で
正磁極期に対応)、矢印の長さが長いほど水平に近くなります。(上段右)f列の最深層から表層の磁化方位を等積投影図に表示しました(黒丸)。白抜き丸は水平面よりも上を示します。赤線は大円で回帰させた結果で、赤丸は大円の極です。青丸は極の周りに磁化方位を回転させて中心に最も近い試料の磁化方位が北向きになるように復元したものです。
※原論文(クリエーティブ・コモンズ・ライセンスCC-BY-NC)の図を引用・改変したものを使用しています。
研究に用いたマンガンノジュールは、南極から運ばれる酸素に富む海洋深層流(南極底層流)の影響を受ける深海底(概要図左図の赤四角)の小さな丘のふもとの緩やかな傾斜地点にあります。回転の原動力としては、(1) 深海底の底生生物による攪拌、(2) 深層流による水圧、(3) 斜面下向きへの重力などが考えられます。(1)は同じ方向に継続回転させることが困難、(2)の水圧では力不足です。傾斜が緩やかであるため、(3)の重力も不足しています。これら単独の力では説明が困難なため、(2)と(3)の組み合わせを要因として、深層流下流側で堆積物が巻き上げられて除去されたために徐々に深層流下流側(北東傾斜方向)に回転移動したと考えました。
自然残留磁化方位から復元したマンガンノジュールの姿勢の時間変化を図2に示します。回転によって、マンガンノジュール周辺の堆積物から上昇してくる側は、海水(酸素に富む深層水)にさらされて、堆積物に埋もれた貧酸素的環境から酸化的な環境に急激に変化したと考えられます。
図2 左から右に向かって回転開始時、50%回転後、回転終了時のマンガンノジュールの姿勢の模式図になります。上の列は上面から見た図、下の列は側面(上の列の青矢印の方向)から見た図になります。
※原論文(クリエーティブ・コモンズ・ライセンスCC-BY-NC)の図を引用・改変したものを使用しています。
低温磁性分析などから、マンガンノジュールには磁鉄鉱の粒子が含まれることがわかりました。また、磁鉄鉱粒子は酸化されてマグへマイトになっていること、特にマンガンノジュール中心部で強く酸化されていることが低温磁性に基づく特性値(ΔMc; Özdemir and Dunlop, 2010)からわかりました。いっぽう、ベリリウム同位体分析によるマンガンノジュールの中心部の形成年代は800万年よりも古いことがわかりました。マンガンノジュールに77万年以前の逆磁極期の記録が残っていないことは、この試料が形成されたときに獲得された初生残留磁化が失われて、そのかわりに二次残留磁化が獲得されたと解釈できます。これらの状況から、磁鉄鉱が酸素を多く含む南極底層流にさらされて低温酸化することによって二次残留磁化を獲得したと考えました。また、マンガンノジュールの回転は堆積物に富む領域と、海水起源の水酸化マンガン・水酸化鉄に富む領域が混ざった層が全方位均等に成長する環境を作り出しているとも言えます。このことは、マンガンノジュールに含まれる元素分布にも影響を与えるため、回転運動は海底鉱物資源の評価でも重要と考えられます。
図3 マンガンノジュール試料(ブロック B)の中心部からやや外側の薄片試料分析結果です。左から右へ、光学画像、マンガンの分布、ケイ素の分布、低保磁力率の分布を示します。光学画像は光学スキャナー、マンガン・ケイ素の分布は
蛍光X線スキャナー、低保磁力率は産総研と金沢工業大学および関連企業と共同開発した
走査型SQUID顕微鏡を用いて取得しました。低保磁力率は、
保磁力が低い(0.1 T(テスラ)以下)磁性鉱物の割合を示します。
※原論文(クリエーティブ・コモンズ・ライセンスCC-BY-NC)の図を引用・改変したものを使用しています。
マンガンノジュールの2種類の異なる領域については、図3で確認することができます。各図の白点線、白実線で囲まれた部分は、それぞれ堆積物を多く含む領域と海水起源の水酸化マンガン・水酸化鉄を多く含む領域の代表例を示します。低保磁力率が高い領域は堆積物を多く含む領域と一致します。堆積物を多く含む領域は隙間が多く、外から酸素に富んだ海水が通過する通路としての役割を果たします。海水が多く浸入したために、磁鉄鉱からマグへマイトへの酸化が完全に進み、二つの磁性層の間で発生する応力(ストレス)が解放されて保磁力が低くなったと考えられます。磁鉄鉱の場合、内部の応力が高くなると保磁力が高くなることが知られています。
今後は、マンガンノジュールの回転運動の普遍性について、同じ海域の別の試料や異なる海域の試料について検証します。また、マンガンノジュール内部の酸化状態と構造への回転の影響、成長過程の詳細を解明し、海底鉱物資源評価、海洋深層流変動などの地球環境予測に貢献します。
掲載誌:Geochemistry, Geophysics, Geosystems
論文タイトル:Rotation of a Ferromanganese Nodule in the Penrhyn Basin, South Pacific, Tracked by the Earth's Magnetic Field
著者:Hirokuni Oda, Wataru Katanoda, Akira Usui, Masafumi Murayama, Yuhji Yamamoto
DOI: 10.1029/2022GC010789
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
地質情報研究部門 地球変動史研究グループ
上級主任研究員 小田 啓邦 E-mail:hirokuni-oda*aist.go.jp(*を@に変更して送信ください。)