国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)新型コロナウイルス感染リスク計測評価研究ラボ(ラボ長 保高徹生、以下「研究ラボ」という)は、日本サッカー協会(以下「JFA」という)と連携協定を締結し、スタジアムにおける感染予防対策の実施状況に関する調査・研究を推進している。
2022年1月末〜2月上旬に開催されたJFAが主催するサッカーの国際試合、FIFA ワールドカップカタール 2022 アジア最終予選の2試合(表1)において、表2に示す、カメラによる撮影および人工知能(AI)画像認識によるマスク着用率の解析、レーザーレーダーによる計測、マイクロホンアレイによる音声調査・解析、スタジアム内のCO2濃度測定を実施した。
AI技術を用いた画像認識から、マスク着用率は、2試合全体で試合中(ハーフタイム以外)の平均で96.6%、ハーフタイム中で86.9%であった。マイクロホンアレイを用いて実施した音声調査とその解析の結果、観客の応援は主に拍手であり、試合時間に対してチャンス等で歓声が発生した割合は平均2.1%であった。CO2濃度は、2試合の会場24カ所での調査の結果、各試合の場所ごとの平均値は、VIPラウンジで458-493ppm、ビューボックスで483-555ppmといずれの場所も建築物内の環境衛生管理基準である1000ppmを下回った。
*観客席を撮影するカメラ画像は、個人が特定できない程度の解像度で取得し、個人の特定はしていない。また、マイクロホンアレイは、個々の音声ではなく喧騒の計測のために用い、個々の人の声についての音声認識や会話記録は行わない。なお、得られた画像や音声などの情報は、本研究用途以外に使用することはない。
図1 会場内の機材設置位置
新型コロナウイルス感染が続く中、安全にイベントを開催するには、どのような状況下で感染が広がるかのリスクを知ることが重要であり、社会的にも関心が持たれている。特にスタジアムのような大規模施設で開催するイベントには、一度に多くの観客が集まることから、入場者数、マスク着用の有無、混雑の程度、応援方法の違いなどが感染の広がりに影響すると推測されている。これまで、産総研は、政府、JFA、Jリーグらと連携して、スタジアムやクラブハウスなどで新型コロナウイルス感染予防のための調査を実施してきた。また、2022年1月にはJFAと連携・協力に関する協定を締結し、スタジアム等での新型コロナウイルスの感染リスク低減に向けた協力の強化を進めている。
このたび、産総研は、JFAと連携し、2022年1月27日(木)と2月1日(火)に埼玉スタジアム2002で開催されたFIFA ワールドカップカタール 2022 アジア最終予選の2試合において、観戦時の観客のマスク着用の有無や応援方法、スタジアム内の歓声などを評価する調査およびCO2濃度計測器を活用したスタジアム内の密の程度の評価を実施した。
・カメラによるマスク着用率の計測
観客のマスク着用率をAIによる画像認識を用いて評価した。図2に試合ごとのマスク着用率を示す。
図2 試合ごとのマスク着用率
2試合におけるマスク着用率は試合中で平均96.6%、ハーフタイム中は同86.9%であり、試合中、ハーフタイム中ともにマスク着用率が高い結果となった。これらの結果から、ワクチン接種が進み緊急事態宣言などが解除された状況下の試合においても、マスクの着用率は高く維持されていることが確認された。なお、マスクの非着用と判定されたケースは、飲食時に顎にマスクをずらすなどの行為およびその後のマスクの再着用の失念といった、一時的なものが多かった。
・マイクロホンアレイによる音声調査
マイクロホンアレイを設置し、AI分析により、拍手や歓声等の時間割合を計測した。図3に、2試合におけるAIに基づく音響イベント検出により求めた観客による拍手とチャンス等における大人数の歓声の時間割合を示す。これらの試合では、声だし応援は禁止されており、主な応援手段は拍手(平均5.9-34.9%)で、チャンス等における大人数の歓声の時間割合は平均1.1-4.3%と小さいことが確認された。また、日本代表のサポーターが多い北サイドスタンドでは拍手による応援が活発であること、歓声の頻度はバックスタンドが高いことが確認された。
図3 試合開始から2時間での音響イベントの平均時間割合
・CO2濃度の計測結果
2試合の試合会場の合計24カ所にCO2濃度計を設置してCO2濃度を計測した。表3に、各試合におけるVIPラウンジとビューボックスの、 CO2濃度の平均値、最小値、最大値を示す。CO2濃度の平均値はVIPラウンジで458-493ppm、ビューボックスで483-555ppmといずれの場所も建築物内の環境衛生管理基準である1000ppm**を下回った。図4に1月27日のCO2濃度の経時変化を示す。VIPラウンジでは人が多くなる試合開始前、ハーフタイムに濃度が上昇する傾向にあった。また、一部のビューボックスでは17時頃および試合終了後に短時間であるが1000ppmを超える数字が計測されているが、濃度上昇した時間が短くすぐに減少しているため、適切な換気がされていることが確認された。17時頃の上昇はビューボックスでの準備活動による影響、試合終了後の上昇は呼気がCO2濃度計にかかったためと推察される。
表3 試合別、区分別のCO2濃度 (ppm) の平均値、最小値、最大値
** 『建築物における衛生的環境の確保に関する法律』により(建築物環境衛生管理基準として居室における二酸化炭素の含有率が「1000ppm以下」と定められたことに基づいて、コロナウィルス感染予防対策においても準用されている(例:「冬場における「換気の悪い密閉空間」を改善するための換気の方法」(令和2年11月27日、厚生労働省)https://www.mhlw.go.jp/content/000698868.pdf[ PDF:1MB ])
図4 中国戦(1月27日)で計測されたCO2濃度の経時変化(左:VIPラウンジ、右:ビューボックス)
JFAと連携して、日本代表の試合等における新型コロナウイルス感染リスク評価、対策効果の評価の研究を進める。
本研究ラボは社会課題解決にむけて領域融合で研究開発を推進するバーチャルなラボである。今回の研究は主として、地圏資源環境研究部門 地圏化学研究グループ 保高徹生 研究グループ長、高田モモ研究員、人工知能研究センター社会知能研究チーム 大西 正輝 研究チーム長、坂東 宜昭 研究員、安全科学研究部門リスク評価戦略グループ 内藤 航 研究グループ長、篠原 直秀 主任研究員が担当した。
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
新型コロナウイルス感染リスク計測評価研究ラボ ラボ長
地圏資源環境研究部門 地圏化学研究グループ 研究グループ長
保高 徹生 E-mail:t.yasutaka*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)
新型コロナウイルス感染リスク計測評価研究ラボ 副ラボ長
人工知能研究センター 社会知能研究チーム 研究チーム長
大西 正輝 E-mail:onishi-masaki*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)
新型コロナウイルス感染リスク計測評価研究ラボ 副ラボ長
安全科学研究部門 リスク評価戦略グループ 研究グループ長
内藤 航 E-mail:w-naito*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)