国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)地圏資源環境研究部門 吉川 美穂 研究員、張 銘 イノベーションコーディネータ、川辺 能成 研究グループ長、片山 泰樹 主任研究員は、汚染された地下水に二価鉄を加えて微生物の働きを助けることで、人に健康被害をもたらすおそれのあるクロロエチレン類が微生物によって無害な物質まで完全に脱塩素化される期間を大幅に短縮できることを発見した。
地下水や土壌の汚染を浄化するために微生物が持つ有害物質の浄化能力を活用するバイオレメディエーションの大きな課題として、浄化期間の長期化や浄化が途中で止まる不完全浄化がある。産総研はクロロエチレン類による地下水汚染サイトを調査し、二価鉄の濃度が比較的高く、メタン生成菌が多く存在する地下水において、クロロエチレン類の脱塩素化が進行していることを見出した。また、汚染地下水を用いた室内実験では、二価鉄を添加し特定のメタン生成菌が増殖する条件下で、クロロエチレン類が無害なエチレンやエタンまで完全に脱塩素化された。さらに、二価鉄の添加が無い場合と比較して、二価鉄を添加すると脱塩素化に要する期間を約半分に短縮できることを実証した。
なお、この技術の詳細は、2021年5月12日(英国時間)に英国の学術誌「FEMS Microbiology Ecology」にオンライン掲載された。doi: 10.1093/femsec/fiab069
二価鉄の添加とメタン生成菌の共存によるクロロエチレン類の脱塩素化プロセスの促進
汚染された地下水・土壌は、発がん性があるなど人体への健康被害が懸念されている。国内には汚染の可能性がある事業所や跡地といったサイトが40万ヵ所以上(日本地盤環境浄化推進協議会 2000)あると試算され、深刻な社会問題でもある。しかし、土地の価値に見合わない高い経費が原因で、汚染の浄化が進んでいない。
汚染を浄化する技術のうち、バイオレメディエーションは経費を低く抑えることができ、環境負荷も小さいという点で注目されている。テトラクロロエチレン(PCE)やトリクロロエチレン(TCE)などのクロロエチレン類は、工場やドライクリーニングなどで使用されている。これらが地下水や土壌へ漏洩して生じた汚染に対し、Dehalococcoides属細菌を用いて浄化する技術が実用化されつつある。
微生物によるクロロエチレン類の浄化は、主に嫌気環境下での分解プロセスである脱塩素化反応を利用する。しかし、現在の技術では浄化に時間がかかるだけでなく、多くの汚染サイトでは塩素原子を含む有害なジクロロエチレン類(DCE)やクロロエチレン(VC)までで反応が止まってしまい、無害なエチレンやエタンになるまで脱塩素化されない。これらの課題を解決するには、脱塩素化に最適な環境条件を明らかすることが必要である。
産総研では、地下水や土壌中の有害物質であるクロロエチレン類を脱塩素化するDehalococcoides属細菌を10年以上にわたり培養し、この微生物を活用した浄化技術の研究開発を行ってきた。
これまで得られた培養に関する知見を生かし、今回は汚染サイトの地下水中に生息するDehalococcoides属細菌と共存微生物を用いて、実験室内で汚染サイトに近い環境を再現して、脱塩素化を促進する条件を検討した。
なお、本研究の一部は、環境省の環境研究総合推進費(JPMEERF20175001)による支援を受けて行ったものである。
微生物を用いたクロロエチレン類の浄化に長い期間を要し、脱塩素化が不十分であるという課題を解決するために、国内の某汚染サイトにおいて複数地点の地下水を調査し、微生物による脱塩素化に影響を与える因子を分析した。その結果、同一敷地内の観測井から採取した地下水であっても、地点により脱塩素化の程度に差があり、特に観測井F-2-2から採取した地下水では無害なエチレンやエタンへの脱塩素化が進行していた(図1上)。これは、微生物による嫌気的脱塩素化が進んでおり、他の地点より脱塩素化に適した環境であることを示唆している。この地点では、地下水中の二価鉄濃度が高いという特徴があった(図1左下)。また、微生物叢を解析し、門の分類階級で微生物の相対存在量を整理したところ、この地下水はメタン生成菌を含むEuryarchaeota門の微生物の相対存在量が高いという特徴があった(図1右下)。そこで、二価鉄濃度とメタン生成菌量に着目した室内脱塩素化実験を行った。
図1 汚染サイトにおける地下水の汚染物質濃度、鉄濃度、微生物相対存在量の調査結果
汚染物質の濃度が低い地下水(観測井F-2-2)は、鉄濃度や微生物の相対存在量が他の地下水と明らかに異なる。地下水は深度14 mから採取した。
二価鉄とメタン生成菌の有無を組合せた4つの条件で、現場の地下水環境に近い20℃、暗所、無酸素の環境において室内実験を実施した(図2)。鉄濃度は、二価鉄の添加なしの条件では地下水由来の2 mg/L、二価鉄の添加ありの条件では地下水と試薬由来の合計で30 mg/Lとした。メタン生成菌がDehalococcoides属細菌による脱塩素化を促進している可能性を検証するため、メタン生成菌阻害剤の添加有無で条件を設定した。阻害剤を加えることにより、メタン生成菌が大幅に減少すると見込まれる。
図2 微生物によるクロロエチレン類の嫌気的脱塩素化の室内実験条件
その結果、地下水に二価鉄や阻害剤を添加しない条件下では、1 mg/LのPCEがエチレンやエタンまで完全に脱塩素化されるのに84日(12週間)を要したが、二価鉄を添加することにより、その期間を35日(5週間)短縮して49日(7週間)にすることができた(図3)。一方、メタン生成菌阻害剤を添加した条件下では、12週間の実験期間中では完全な無害化に至らないことを確認した。なお、クロロエチレン類の脱塩素化に伴い、脱塩素化酵素遺伝子を保持しているDehalococcoides属細菌が増殖したため、Dehalococcoides属細菌が脱塩素化を直接的に担っていることを確認した。
以上の結果から、クロロエチレン類の脱塩素化を促進するためには、Dehalococcoides属細菌に加えて、二価鉄とメタン生成菌の存在が必要になるということを室内実験により実証した。
図3 微生物によるクロロエチレン類の嫌気的脱塩素化の室内実験結果
また、脱塩素化過程における微生物叢を解析したところ、脱塩素化が促進された条件(二価鉄添加あり、メタン生成菌阻害剤なし)では、Euryarchaeota門に属するメタン生成菌A(Candidatus ‘Methanogranum’)、メタン生成菌B(Methanomethylovorans sp.)、メタン生成菌C(Methanocorpusculum sinense)の相対存在量が他の条件と比較して増加した(図4)。この結果から、この3種のメタン生成菌がクロロエチレン類の嫌気的脱塩素化を促進するために重要な役割を果たしている可能性がある。また、メタン生成菌D(Methanosarcina sp.)は脱塩素化が促進された条件(二価鉄添加あり、メタン生成菌阻害剤なし)で増加しなかった。
図4 脱塩素化過程におけるメタン菌叢の変化
今後は二価鉄やメタン生成菌の濃度を変化させて浄化の最適条件を特定することで、浄化現場で有用な基盤データを提供する。また、本浄化に関連する微生物の相互作用を詳細に調査し、二価鉄による浄化促進の詳細なメカニズムを解明することで、さらなる浄化促進技術の開発につなげる。
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
地質調査総合センター 地圏資源環境研究部門 地圏環境リスク研究グループ
研究員 吉川 美穂 E-mail:m.yoshikawa*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)