国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)極限機能材料研究部門 蓄電材料グループ 三村 憲一 主任研究員は、国立大学法人 岡山大学(以下「岡山大学」という)学術研究院 自然科学学域 寺西 貴志 准教授らと共同で、リチウムイオン電池にチタン酸バリウム(BTO)から成るナノサイズの立方体結晶(以下「ナノキューブ」)の誘電体を使用することで、充放電時間を従来と比較して4分の1に短縮した。
本技術により、正極活物質のコバルト酸リチウム(LCO)にBTOナノキューブを凝集なく固定化すると、LCOへのリチウムイオンの挿入と脱離が加速し、リチウムイオン電池の充放電時間が飛躍的に短縮した。この技術の詳細は、ドイツ科学誌 Advanced Materials Interfaces に2021年12月13日にオンライン掲載され、表紙(Inside Back Cover)にも掲載された。(https://doi.org/10.1002/admi.202101682)
誘電体チタン酸バリウム(BTO)ナノキューブ (左図、K. Mimura, J. Ceram. Soc. Jpn., 124, 848-854 (2016) から一部改訂して転載) とこれを正極活物質コバルト酸リチウム(LCO)上に凝集なく固定化した微構造 (右図、掲載雑誌より引用)
電気自動車などの普及に向け、短時間で大容量な充放電が可能な車載用リチウムイオン電池の開発が急務である。一般に、リチウムイオンは電解液と電極の間を移動する際に生じる電気化学反応の抵抗が高い。この移動抵抗を下げることが、電池の充放電時間を改善するための課題の一つである。
産総研は、誘電体であるチタン酸バリウム(BTO)について、ナノサイズで高い結晶性を持つ単結晶立方体ブロック(ナノキューブ)の水熱法による精密合成に成功した。また、ナノキューブの規則的な配列が、高い誘電特性を発揮することを明らかにした(参考文献1、図1)。岡山大学は、リチウムイオン電池の正極材料と電解液の間に誘電体のナノ粒子を導入することで、誘電体ナノ粒子の表面にリチウムイオンが選択的に吸着し、リチウムイオンの移動が加速されるという現象を見いだした(参考文献2)。 今回、これらの知見をもとに、リチウムイオン電池の充放電時間を短縮する技術を開発した。
なお、この開発の一部は、日本学術振興会 科学研究費助成事業 (21H01625) ならびに公益財団法人 永井科学技術財団 令和2年度共同研究奨励金の助成を受けて実施した。
図1 BTOナノキューブ
(K. Mimura, J. Ceram. Soc. Jpn., 124, 848-854 (2016)から一部改訂して転載)
チタン酸バリウム(BTO)は、リチウムイオンを引き寄せる性質を持つ誘電体であり、そのナノキューブを水熱法により合成した。ナノキューブの合成や分散を精密に制御することにより、LCO上にBTOナノキューブを凝集なく吸着させ、さらに熱処理で、LCO上にナノキューブを高分散に固定化することができた。得られた材料でコインセル型のリチウムイオン電池を作成し、3分間の高速充放電試験を行った。その結果、LCO正極のみを使用した場合よりも4.3倍の放電容量が得られたことから、充放電時間を1/4以下とすることができた。BTOナノキューブをリチウムイオン電池に導入した場合、リチウムイオンは図2に示すような、BTOナノキューブ、正極活物質(LCO)、電解液の三相が交わる界面 (三相界面、以下「TPI」)の付近から正極活物質内に挿入される。誘電体の誘電特性が高いほどリチウムイオンを引き寄せやすく、誘電特性 は誘電体の結晶性に大きく依存する。一方、誘電体はリチウムイオンを通さないため、正極活物質上の誘電体の被覆率が低く、TPI密度(1 mm2あたりのTPIの長さで定義)が高いほど、リチウムイオンの移動がより短時間に起こり、高速に充放電できる。BTOナノキューブは従来法により作製したナノ粒子よりも高い結晶性を有し、サイズがそろっており、均一に分散可能であるので、正極活物質上へ凝集なく固定できた。これに加え、立方体形状であることから、通常の球状のナノ粒子と比較して電極表面との密着性が高いため、少ない被覆率であってもTPI密度が大幅に向上したことなどが充放電時間の短縮の要因である(図3)。
図2 リチウムイオンがナノキューブ表面を高速で移動する模式図
(掲載雑誌より引用し、和文説明を加えた。参考文献3 岡山大学プレスリリースから引用)
図3 従来の誘電体ナノ粒子被覆法とナノキューブの被覆率とTPI密度の比較
(掲載雑誌より引用し、和文説明を加えた。)
今後はナノキューブの粒子サイズ制御ならびに固定化プロセスや被覆率の制御の最適化などによるさらなる高速大容量化に向けた取り組みを進め、次世代の高速・大容量電池への適用を目指す。