国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)ナノチューブ実用化研究センター【研究センター長 畠 賢治】小松 正明 特定集中研究専門員(現日本ゼオン株式会社)、岸 良一 招聘研究員は、日本ゼオン株式会社【代表取締役社長 田中 公章】(以下「日本ゼオン」という)と共同で、単層カーボンナノチューブ(CNT)の効果的な添加により高導電性を付与し、神経調節療法用医療機器の電極パッド等に適応可能な導電性シリコーンゴム複合化材料を開発した。
純度の高い単層CNT(ZEONANO®SG101)をシリコーンゴムに高分散させ、従来のカーボンブラックなど他の導電性フィラー品に比べて安定した高導電性をもち、柔軟で耐久性に優れたCNTシリコーンゴム複合材料を作製した。これを医療用ウエアラブル機器に実装して、神経疾患に苦しむ人々に対する生活の質の向上に寄与できる。
柔軟な導電性CNTシリコーンゴムシート
(写真:日本ゼオン提供)
スマートフォンやスマートウオッチの普及に伴い、ウエアラブルデバイスは、さまざまな医療用途での導入が活発に検討されている。医療用ウエアラブルデバイスは電極センサーを用いたタイプが多く、脳や筋肉の活動、心電図などの情報を受動的にモニタリングするだけでなく、神経に対して能動的に電気刺激を加える疾患治療法にも活用が始まっている。このような生体電極センサーには、皮膚との密着性を高めるための柔軟性に加え、安定した導電性が要求される。また、皮膚を通じて体内に電気的刺激を加えるために、ゴムシートの厚み方向への導電率が高く、そのばらつきが小さいことが求められる。また、製品として広く展開するには、低コストで高耐久な導電性シリコーンゴムの製造方法も課題であった。
産総研は、2004年に高純度、長尺、高比表面積、かつ分散性に優れた単層CNTの合成のためのスーパーグロース法を開発し、2015年に日本ゼオンが量産化に成功した。2017年には産総研、日本ゼオン、サンアロー株式会社の3者で構成したオープンプラットホームのCNT複合材料研究拠点(TACC)が設立され、さまざまな複合材料の製品化開発が進められてきた。今回、産総研と日本ゼオンはTACCにおいて、ウエアラブルデバイスの電極パッド等に使える実用的なシリコーンゴム複合材を開発した。
1.柔軟性に優れた高導電性シリコーンゴムの設計
開発した複合材は、シリコーンゴムに市販の導電性フィラーと少量(フィラー全体の1~5 wt%)の単層CNT(日本ゼオン製ZEONANO®SG101)を添加して高分散化したもので、高導電と柔軟性が両立できる。タイプAのデュロメーターによる硬度と体積抵抗率(JIS K7194に準拠して測定)の関係を図1左に示す。ミラブルタイプのシリコーンゴムを用い、開発したCNT配合品と、導電性付与に適したカーボンブラックを配合したサンプル(以下、「導電性CB」という)を比較した。同じ抵抗率に達したとき、CNT配合品の硬度が導電性CB品より有意に低くなった。一般に導電性フィラー添加量(phr; per hundred rubber、ゴム重量を100とした際の重量比)を増やすと硬度は高くなるが、CNT配合品は導電性CBと比較すると添加量を少なくできるため(図1右)、硬度が大幅に低くなった。
図1 体積抵抗率と硬度(左)および導電性フィラー添加量(右)の関係
2.体積抵抗率のばらつき低減
生体電極は、皮膚からの電気信号を受信し、皮膚へ電気信号を入力するため、電極の厚み方向の体積抵抗率の低さが要求される。また、材料としては、着用者の動きによる接触の仕方で抵抗が変化しないように、厚み方向での体積抵抗率のばらつきが小さい材料が求められる。図2に、一定割合のフィラーを添加した試験片について、市販の導電性フィラー/単層CNT(ZEONANO®SG101)の混合比と、厚み方向の体積抵抗率の変動係数(絶縁材料の直流抵抗についての規格であるASTM D-257に準拠して測定)の関係を示す。市販の導電性フィラーのみを用いたシリコーンゴムとの複合材料(100/0品)と比較して、その一部 を単層CNTに置き換えることで(99/1、95/5品)、体積抵抗率のばらつきを2/3程度に抑制できた。これは、ZEONANO®SG101の長尺という特長により、CNTの絡み合い接点が増え、厚み方向の体積抵抗率の変動が抑制され、導電性が安定したためである。
図2 体積抵抗率変動係数に及ぼす単層CNT(ZEONANO®SG101)の添加効果
3.CNTシリコーンゴムの耐久性
シリコーンゴムは有機系ゴムに比べ耐熱性や耐水性に優れるものの、イオン性不純物に対して弱いので、ゴムを構成するケイ素–酸素間の化学結合が切断されて短期間のうちに分子量が低下する。この切断が進行すると、物性の劣化に加え、導電性フィラーの接触状態が変化し体積抵抗率が変動する。今回開発したCNTシリコーンゴム複合材料では、純度の高いZEONANO®SG101を用いることで、耐久性の高い導電性シリコーンゴムを作製することができた。図3に、室温における混練後からのシリコーンゴムの重量平均分子量変化の時系列を示す。本開発品と、ZEONANO®SG101を他社製単層CNTで置き換えた品とで比較を行ったところ、開発品は1カ月経過後でも分子量を80%程度に保持できたが、比較品は劣化が早く、1週間で分子量が30%にまで低下した。
図3 シリコーンゴムの重量平均分子量の経時変化(室温)
導電性シリコーンゴムは、リモコンのスイッチやパソコンのキーボードなど身近な用途に広く使われている。今回開発した複合材料は、これらよりも柔らかく導電性にばらつきが少ない特長を生かし、通電性が必要な接点用、静電気を嫌う電子部品製造ラインなどでの帯電防止用、高電圧ケーブルやモバイル機器の電磁波シールド用などへの応用が期待される。特に期待される用途は、医療用ウエアラブルデバイスの電極パッドである。このパッドは、抵抗値は金属板より高いものの、ゴム特有の柔軟性を生かし、体への密着性が高いため、身体に触れたときの不快感の低減に役立つ。
日本ゼオンは、本共同研究にて開発したCNTシリコーンゴム複合化技術を用いて、母材ゴムにCNTをあらかじめ混練したマスターバッチを作製した。さらに、米国のシリコーン分散液メーカーであるNovation Solutions LLC社と共同で「PURmix®高濃度ゴム(HCR)ヘルスケアコンパウンド」を開発した。このコンパウンドは腕時計形の医療用ウエアラブルデバイスの電極パッドに採用されている(図4)。このデバイスはパーキンソン病や本態性振戦の病態のひとつである手の震えを電流で抑えるもので、米国での臨床試験では多くの患者が震えの軽減を示した。食品医薬品局(FDA)認証も得ており、米国においてパーキンソン病患者の生活の質の向上に役立つと期待される。
図4 病気による身体の震えを軽減するCNT応用デバイスイメージ
本研究開発成果は、2021年4月30日発行のポリマーTECH(ゴムタイムス社)に掲載された。
雑誌名:ポリマーTECH Vol.9(ゴムタイムス社、2021年4月30日発行)
論文タイトル:医療用の単層カーボンナノチューブ含有シリコーンゴムの開発
著者:上島 貢1, 廣田 光仁2, 岸 良一3, 張 民芳3
1日本ゼオン株式会社、2ゼオンナノテクノロジー株式会社、3国立研究開発法人産業技術総合研究所
最終アクセス2021年5月17日 https://www.gomutimes.co.jp/?cat=14423
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
ナノチューブ実用化研究センター
総括研究主幹 小久保 研 E-mail:kokubo.ken*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)