国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)センシングシステム研究センター【研究センター長 鎌田 俊英】ハイブリッドセンシングデバイス研究チーム 竹下 俊弘 研究員、小林 健 研究チーム長、竹井 裕介 研究員、スマートインタフェース研究チーム 吉田 学 研究チーム長は、国立大学法人 名古屋大学【総長 松尾 清一】(以下「名大」という)大学院医学系研究科小児外科学 内田 広夫 教授、檜 顕成 招聘教員と共同で、医療機器レベルの心電図を計測できるスマートウエアを開発した。
従来のドライ電極を用いた心電図測定ウエアは、呼吸や会話などに伴う体の動きによって生じるモーションアーティファクト(MA)と呼ばれる波形の乱れが原因で、医療機器として用いることが困難であった。今回、柔らかな風合いで皮膚との接触が良好な起毛ドライ電極と、その接触状態を模擬できるMA評価装置を開発し、MAの小さな心電図を取得できるスマートウエアを実現した。
なお、この成果の詳細は2019年4月11日に英国科学雑誌Scientific Reportsにオンライン掲載された。
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(a)モーションアーティファクト(MA)定量評価(b)心電図計測ウエア(c)実証試験結果 |
近年、着るだけで心電図が計測できるドライ電極を形成したウエアが開発されており、在宅での心疾患スクリーニングや経過観察などへの応用が期待されている。しかし、現在製品化されているウエアは、心電図のピーク検知による心拍数計測が主であり、医療的に意義のある波形形状の心電図の取得は困難であった。これは皮膚とドライ電極間の接触が不安定なため、呼吸や会話などによる体の動きによって、容易に心電図の波形にMAが生じることが原因であった。
産総研は極薄シリコンデバイス技術やeテキスタイル技術などを用いた、着心地の良い、柔軟なスマートウエアの開発を行っている。また、名大医学系研究科では医工学連携を進めており、医療現場で求められている今までにない医療機器の研究開発を推進している。今回、産総研と名大は共同して、着るだけで心電図を計測できるスマートウエアの開発に取り組んだ。
なお、今回の成果は産総研の開発担当者が、集積マイクロシステム研究センターやフレキシブルエレクトロニクス研究センター(~2018年度)に所属時に従事した開発により得られたものである。また、この成果は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託事業「次世代プリンテッドエレクトロニクス材料・プロセス基盤技術開発(2016~2018年度)」の支援により得られた。
今回、産総研は静電植毛技術を用いた起毛構造に着目し、これをドライ電極とするために、銀メッキを施した短繊維(長さ500 µm、直径17~18 µm)を静電植毛する技術を新たに開発した(図1(a))。この技術により作製された起毛ドライ電極は柔らかな風合いをもち、皮膚とドライ電極の間の良好な接触が期待できた(図1(b))。
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図1. 静電植毛技術を用いた新たな起毛ドライ電極作製プロセス
(a)静電植毛加工の写真と概念図 (b)起毛ドライ電極と断面図の写真 |
今回開発した起毛ドライ電極を用いたウエアで心電図が測定できるようにするには、大きなMAが生じないように電極の構造(厚さ、形状、硬さ)や配置を最適化する必要があった。そこで、MA評価装置を独自に開発した。この装置は、皮膚ファントムと、人体の動きを再現できるアクチュエーターを用いて、体の動きを再現性良く模擬でき、MAを定量的に評価できる(図2(a))。今回、呼吸や深呼吸による体の動きを模擬して、MAを評価したところ、皮膚と起毛ドライ電極間の接触圧力が1000 Pa以上であれば安定した心電図計測が可能という指標を得た(図2(b)(c))。このように皮膚とドライ電極間の接触状態変化の影響を定量的に評価して、心電計測ウエアの電極構造や配置の設計指標を得る手法は、産総研と名大が新たに考案した独自の手法である。
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図2. MA評価装置を用いた起毛ドライ電極のMA評価
(a)MA評価装置の概念図、(b)呼吸や深呼吸による体の動きを再現した際の心電図、(c)MA評価の結果 |
得られた指標に基づき、電極の構造や配置を最適化し、起毛ドライ電極ウエアを試作した。試作した起毛ドライ電極ウエアでは、皮膚と起毛ドライ電極間の局所的着圧が適切に設計されているため、着るだけでMAの小さな心電図の計測が期待できる。名大医学部において、実証試験(医工学応用実験倫理審査第71120030-A-20181002-001号)を行った結果、図3に示すように、最適化した起毛ドライ電極ウエアを用いて、MAの小さな胸部誘導の心電図を計測できた。
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図3. 今回開発した起毛ドライ電極ウエアを用いた胸部誘導の心電図計測結果
(a)最適化前 (b)最適化後 |
今後は、今回開発した起毛ドライ電極ウエアの皮膚安全性試験や電気安全性試験などを実施し、ボランティアによる臨床試験を実施して医療機器としての認可取得を目指す。さらに今回開発した起毛ドライ電極とMA評価装置は心電図のほかにも、筋電図、脳波、体内インピーダンス計測などにも応用できるため、バイタルサイン計測を行うスマートウエアへ幅広く展開する。
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
センシングシステム研究センター ハイブリッドセンシングシステム研究チーム
研究員 竹下 俊弘 toshihiro-takeshita*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)
センシングシステム研究センター ハイブリッドセンシングシステム研究チーム
研究チーム長 小林 健 takeshi-kobayashi*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)
センシングシステム研究センター スマートインタフェース研究チーム
研究チーム長 吉田 学 yoshida-manabu*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)