国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)地質情報研究部門【研究部門長 田中 裕一郎】 池原 研 首席研究員、国立研究開発法人 海洋研究開発機構【理事長 平 朝彦】(以下「JAMSTEC」という)地震津波海域観測研究開発センター 金松 敏也 グループリーダーらの研究チームは、インスブルック大学、ニューヨーク市立大学、ブレーメン大学海洋環境科学センター、スイス連邦工科大学チューリッヒ校と共同で、2011年東北地方太平洋沖地震(以下「2011年東北沖地震」という)に伴って膨大な量の有機炭素が日本海溝の海底に供給されたことを解明した。
2011年東北沖地震では、有機物に富んだ表層堆積物が、地震動に伴って水深7 km以深の日本海溝の海底に広く再堆積したことがわかっていた。今回、2012~2016年に取得された海底地形、サブボトムプロファイラーのデータ、堆積物コア試料を用いて、巨大地震により日本海溝の海底に再堆積した堆積物の体積計算を初めて行った。この結果から、2011年東北沖地震によって少なくとも100万トンの有機炭素が海溝底に供給されていたことが明らかになった。これらの結果は超深海では初めての報告例であり、また、2011年東北沖地震が日本海溝での炭素循環や短期的な底生生物活動に与えたインパクトが想像以上に大きいことを示唆する。
なお、今回の成果は英国のオープンアクセス電子学術誌「Scientific Reports」に2019年2月7日(イギリス時間)に掲載された。
論文へのリンク:https://www.nature.com/articles/s41598-019-38834-x
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日本海溝の小海盆に2011年東北沖地震により再堆積した有機炭素の質量
質量はサブボトムプロファイラーで得られた2011年東北沖地震による堆積物(黄色の部分)の厚さと海盆の面積、赤線の位置から採取された堆積物コアの有機炭素濃度から求めた。赤矢印は再堆積した堆積物の推定される移動経路を示す。
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2011年東北沖地震では、津波や強震動によって多くの人命が失われ、東日本全体に甚大な被害を引き起こした。こうした巨大地震では、強震動によって堆積物が懸濁し、最終的に日本海溝などの水深の深い場所へ移動して再堆積し、この懸濁・再堆積が海底の生物活動に影響を与えたことも報告されている。しかし、地球上で超深海の海底は全海域のわずか2 %の面積しか占めておらず(日本海溝の他に15ほどの海溝しか存在しない)、月や火星よりも探査機会が少ない未知の場所である。そのため、これまで地球の気候変動や生命圏での炭素循環の役割の理解は進んできたが、有機炭素が超深海に供給されるメカニズムに関する理解は非常に限られている。これは、多くの研究調査船の調査能力が限られており、現状では超深海の詳細な調査が難しいことが主な原因である。日本海溝の最深部の堆積物を詳細に調べることは、海底の生命圏の理解の一助となるだけでなく、過去の巨大地震の規模・発生分布の履歴を解明する有用な手段であり、将来の地震・津波への防災対策に資する。
2011年東北沖地震の際、堆積物コア試料の分析から有機物に富んだ年代の若い陸側斜面の表層細粒堆積物は地震動に伴うじょう乱・再移動によって水深7 km以深の日本海溝の海底に広く再堆積したという報告例※はあったが、供給された有機炭素の厳密な定量化はされていない。
そこで、今回、日本海溝をはじめとした超深海での再堆積プロセスとその炭素循環への寄与について解明するため、超深海での調査能力が高い調査船である東北海洋生態系調査研究船「新青丸」(JAMSTECが運用)とドイツ研究調査船「ゾンネ号」を用いて2012年~2016年に日本海溝底に沿って堆積物コア試料採取、サブボトムプロファイラーによるデータ取得、高分解能の海底地形データ取得を行い、これらから2011年東北沖地震により供給された有機炭素量の定量化を試みた。
今回取得した試料やデータのうち最初に海底地形データを解析し、日本海溝の地形的な最深部に複数の閉鎖的な小さい海盆(小海盆)が断続的に存在することと、それらの空間分布を明らかにした。次に、海底地形データから明らかになった小海盆のサブボトムプロファイラーのデータを解析・イメージングして、海底面直下の堆積層最上部に音響的に透明な層が見られることを確認した(図1)。
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図1 (a) 調査海域図 (b)~(d)は小海盆で取得した高分解能海底地形図(左)とサブボトムプロファイラーのイメージ図(右)
調査海域図の星印は2011年東北沖地震の震央(黄色:本震、ピンク色:最大余震)。サブボトムプロファイラーのイメージ図では、海底面直下の最上層部に黄色で示した音響的透明層が見られる。赤色は堆積物コアの採取場所。サブボトムプロファイラー記録の深度(縦軸)にあるTWT( two way time)は 往復走時(秒)のこと。
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取得した堆積物コア試料の分析結果から、サブボトムプロファイラーでイメージングされた海底面直下の音響的に透明な層が、2011年東北沖地震で再堆積した層であることが明らかになった。海底地形とサブボトムプロファイラーのデータを統合解析して、2011年東北沖地震によって再堆積した堆積物がそれぞれの小海盆に占める面積を算出した。日本海溝最南部の小海盆(図1b)では29 km2であった。これは東京都品川区の面積より大きい。マッピングされた全ての小海盆に再堆積した2011年東北沖地震起源の堆積物の体積を算出すると、合計で少なくとも0.19 km3にもなることがわかった。また、小海盆に再堆積した堆積物の体積は、2011年東北沖地震の本震のすべり量が大きかった日本海溝中部の小海盆よりも、すべり量の小さかった南部の小海盆の方が大きいことがわかった(図2)。これは堆積物の量は地震のすべり量の大小ではなく、小海盆の規模に依存するためと考えられた。また、茨城県沖の日本海溝南部に接続している那珂湊海底谷系の陸側始点付近では本震の約30分後に最大余震が発生しており、この余震による強震動も日本海溝南部の海溝底への再堆積を促した可能性が考えられる。
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図2 (a) 2011年東北沖地震によって各小海盆に再堆積した堆積物(イベント堆積物)の体積量、(b)イベント堆積物中に含まれる有機炭素の質量
面積が1 km2未満の小海盆でのイベント堆積物の体積と有機炭素質量はプロットしていない。波線は、モデリング・観測研究によって算出された、2011年東北沖地震本震に伴うすべり量を表す。
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さらに堆積物コア試料で測定した有機炭素濃度のデータを用いて、それぞれの小海盆に再堆積した堆積物中の有機炭素量を算出したところ、少なくとも1 Tg(テラグラム=100万トン)の有機炭素が2011年東北沖地震によって日本海溝の海底に供給されていた(図2)。この値は世界有数の陸源堆積物の供給量を誇るガンジス・ブラマプトラ河川系システムから海洋に供給される年間有機炭素量の4分の1以上に相当する。また、それぞれの小海盆での2011年東北沖地震起源の有機炭素質量は、他の超深海海溝で推測される年代の比較的新しい表層堆積物中の有機炭素質量より1桁近く大きい値である。すなわち巨大地震が、超深海の中・長期的な炭素循環や短期的な底生生物活動に与えるインパクトは、われわれの想像以上に大きいと考えられる。
国際深海科学掘削計画(IODP)の枠組みで2020年に日本海溝での研究航海「Expedition 386 Japan Trench Paleoseismology」が予定されており、長い堆積物コアが日本海溝全域の多くの地点から採取される見込みである。これらの長い堆積物コア試料を用いて、東北沖での過去の巨大地震の時空間強度分布や、長い時間スケールでの巨大地震の炭素循環への寄与度の解明に取り組む。
※引用文献
Ikehara, K., Kanamatsu, T., Nagahashi, Y., Strasser, M., Fink, H., Usami, K., Irino, T. & Wefer, G. (2016) Documenting large earthquakes similar to the 2011 Tohoku-oki earthquake from sediments deposited in the Japan Trench over the past 1500 years. Earth Planet. Sci. Lett., 445, 48-56.
池原 研・宇佐見和子(2018)海底の地震・津波堆積物:巨大地震・津波による海底の擾乱と擾乱記録を用いた巨大地震・津波履歴の解明.シンセシオロジー,11,12-22.
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