国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)機能化学研究部門【研究部門長 北本 大】バイオベース材料化学グループ 花岡 寿明 主任研究員、藤本 真司 主任研究員は、製紙工程で副生するリグニンを含む液体(黒液)から1,3-ブタジエン(1,3-BD)を合成する経済性の見込めるプロセスを考案した。
ナフサ由来のエチレンの減産に伴い、副生物である1,3-BDは供給量の低下が懸念されている。一方、地球温暖化防止の観点から、石油からバイオマスへの原料転換が求められており、バイオマスからの1,3-BDの合成プロセスが望まれている。今回、製紙工程で副生するリグニンに着目し、ガス化を経由して、1,3-BDを効率的に合成するプロセスを複数シミュレーションした。その結果、ジメチルエーテル(DME)を経由するルートが最も収率が高く、1,3-BDの流通価格が一定以上になった場合、高い利益が見込めることもわかった。
このプロセスの詳細はアメリカの科学誌「Energy & Fuels」(T. Hanaoka, S. Fujimoto et al., Energ. Fuel., 2017, 31, 12965–12976)、およびオランダの科学誌「Renewable Energy」(T. Hanaoka, S. Fujimoto et al., Renew. Energ. DOI: 10.1016/j.renene.2018.09.050)に掲載済みである。また2019年1月16~17日に東広島芸術文化ホール くらら(広島県東広島市)で開催される第14回バイオマス科学会議で発表される。
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本研究で提案するリグニンから1,3-BDへの変換ルートと従来の1,3-BD製造ルート |
C4化学品を代表する1,3-BDは、汎用(はんよう)性の高いゴムや樹脂の原料として幅広い用途を持ち、今後輸送機器の軽量化に伴い、需要の増加が予想される。現在C4化学品は、主に石油由来のナフサからエチレンを合成する際の副生物として得られている。しかし、国内ではエチレンプラントの縮小に伴い、C4化学品の供給量低下が危惧されている。一方、海外では、近年、シェールガス由来のエチレンの生産量が急増している。しかし、シェールガスはメタンが主成分であるため、エチレン製造時のC4化学品の副生は困難である。それゆえ、世界的にもC4化学品の供給量の低下や値上がりが懸念されている。例えば、ここ数年で1,3-BDの流通価格は、1500から3000 $/tと大きく変動しつつ、上昇傾向にある。
一方、地球温暖化防止の観点から、バイオマス由来の化学品を製造する技術開発が注目されている。中でも製紙工程で副生するリグニンはバイオマス資源の1つであり、有効に活用する技術が模索されてきた。しかし、リグニンは構造が複雑で、単一の製品への変換が困難であり、決定的な利用法が見いだされていなかった。
リグニンを化学品へ利活用するこれまでの研究では、その構造を生かしたフェノール樹脂などへの応用が主体であった。例えば産総研では、リグニンの自動車内外装部品への利用を報告している(2018年10月23日産総研プレスリリース)。一方、産総研では、木質系バイオマスをガス化し、得られた合成ガスから、燃料やさまざまな基礎化学品への変換技術の開発を行ってきた。特にリグニンは、他のバイオマス原料と比較し、炭素含有率が高く、CO2よりCOが生成しやすくなるため、合成ガスが高収率で得られる。そこで本研究では、リグニンをガス化し、合成ガス経由で1,3-BDを合成するプロセスを着想し、シミュレーションによる効率性(利益)の調査研究に取り組んだ。
まずリグニンをガス化して得られる合成ガスを、(1)DME経由、(2)直接合成、(3)メタノール経由でn-ブテンへ変換した後、1,3-BDを合成する3つのプロセスを提案した(図1)。各化学反応での収率が理論値に達した場合(理想ケース)におけるプロセスの利益を計算した。その結果、図1に示すように、DMEを経由するプロセスが1,3-BDの収率が最も高く、1,3-BD価格が現状レベルの1500 $/tとした場合、経済性が見込まれることがわかった。さらに、このプロセスでは、未反応ガスであるメタンなどの可燃性ガスを発電に利用することで、売電による収入が追加され、利益がさらに50 %以上増加することがわかった。
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図1 リグニンからの1,3-BD合成プロセスと利益のシミュレーション結果 |
現状の製紙プロセスでは、リグニンを含む液体(黒液)が副生するが、そのほとんどは発電や熱の原料として使用されている。そこで、リグニンを全量発電に利用した場合と、DMEを経由する1,3-BD合成プロセスに利用した場合の利益を比較した。なお、1,3-BD合成プロセスの未反応ガスは既に技術が確立されている発電に利用すると設定した。ここで売電価格は、固定価格買取制度の下で黒液あるいは建設資材廃棄物を用いた場合、それぞれ0.17 $/kWh、0.13 $/kWh($1 = \100で換算)とした。1,3-BD価格は1500から3000 $/t(2016年の最高値)とした。
図2に各プロセスの利益に及ぼす売電価格、1,3-BD価格の影響を示す。図2(a)、(b)は、それぞれ黒液、建設資材廃棄物の売電価格の場合である。(a)では1,3-BD価格が2100 $/t以上で、(b)では、1600 $/t以上で、1,3-BD合成プロセスの理想ケース(収率:14 wt%)が、発電利用よりも経済性が見込めることが明らかとなった。ただし、実際のプロセスでは、各化学反応において収率を理論値に近づけるために、触媒が使用される。DMEを経由するプロセスに、現在利用できる触媒を用いて1,3-BDを合成した場合(現状ケース)、収率は3 wt%で、経済性は見込めない。しかし、図2は触媒性能が向上すれば、利益は理想ケースに近づき、発電を上回ることを示している。すなわち、経済的な1,3-BD合成プロセスの実現には、触媒の改良が不可欠である。今後売電価格の低下、1,3-BD価格の上昇が予想されることから、リグニンを含む液体(黒液)から1,3-BDを合成するプロセスの実現可能性は十分あると思われる。
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図2 リグニンを用いる各プロセスの利益に及ぼす売電価格、1,3-BD価格の影響 |
1,3-BD合成プロセス実現のボトルネックである触媒性能に対し、実験検討を進め、1,3-BD収率の向上を図る。同時にシミュレーションによるプロセス改良を反復し、企業連携を通して早期の実用化を図る。また、1,3-BD以外の変換プロセスも検討し、新しいバイオマス利用プロセスの設計、提案を行っていく予定である。
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
機能化学研究部門 バイオベース材料化学グループ
主任研究員 花岡 寿明 E-mail:t.hanaoka*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)
機能化学研究部門 バイオベース材料化学グループ
主任研究員 藤本 真司 E-mail:s.fujimoto*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)