国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)バイオメディカル研究部門【研究部門長 近江谷 克裕】バイオアナリティカル研究グループ 佐々木 章 主任研究員と野田 尚宏 研究グループ長は、国立大学法人 北海道大学【総長 山口 佳三】先端生命科学研究院 金城 政孝 教授らと共同で、RNAの濃度を絶対定量する方法を開発した。
今回開発した技術は、1分子イメージング法の一つである蛍光相関分光法(FCS)で蛍光染色したRNAの分子数を直接数えてRNAの濃度を定量化できる技術である。また、認証標準物質(SRMとCRM)を利用して、この定量分析法の妥当性評価を行った。この技術は、今まで重量ベースで行われていたRNA濃度の定量を、分子の配列や長さによらず直接定量できる画期的な分析技術であり、RNAの定量分析法を高精度化させる基盤技術となると期待される。
なお、この技術は、2018年9月18日にアメリカ化学会の学術誌Analytical Chemistry誌に掲載された。
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開発したRNA定量分析法の位置付け
PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)は核酸を増幅し、その増幅曲線から核酸の量を定量する方法。HPLC(高速液体クロマトグラフィー)はカラムに液体を加圧して通過させて分離し検出する方法。 |
近年、遺伝子診断やオーダーメード医療が注目されてきている。遺伝子関連検査は急速に進歩しているが、検査システムの品質保証やデータの標準化が未整備なままで、これらの標準化は遺伝子関連検査の普及や信頼性保証の上で重要な課題となっている。標準化の課題の一つに、品質の保証された標準試料が未整備という問題がある。現在用いられている遺伝子の定量法は、濃度既知の標準試料で検量線を作成して、試料濃度を相対的に算出するものがほとんどである。しかし、診断対象は多様化しており、全ての検査対象の標準試料を用意することは現実的ではない。このような状況のため、検査機関や検査日によって定量値がばらばらになり、比較できないことが遺伝子診断の信頼性確保の問題となっている。そのため、配列も長さも異なるターゲット核酸の数を簡便に直接絶対定量する技術と、その技術を適用した核酸標準物質の開発が望まれていた。
産総研は、生体分子や細胞の機能を理解・解明するための新しい創薬基盤技術の開発を推進してきた。さらに、国家計量標準機関である産総研は国の基準となる「標準物質」を開発し頒布している。今回北海道大学と共同でFCSを利用したRNAの絶対定量化方法の開発に取り組んだ。
なお、この開発は「平成26年度・経済産業省 工業標準化推進事業委託費(戦略的国際標準化加速事業(国際標準共同研究開発・普及基盤構築事業:標準物質を用いた臨床検査機器の測定妥当性評価に関する国際標準化・普及基盤構築))」と「国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発/高生産性微生物創製に資する情報解析システムの開発」の事業の一環として行った。
FCSは、微小な測定領域にレーザーを照射し、その領域に蛍光分子が出入りすることで生じる『蛍光強度のゆらぎ』を解析して分子の数や、分子の拡散速度を測定できる手法である。原理的には生体分子の分子数を数えることが可能である。しかし、分子数を普遍的な単位である「濃度」に変換するには、測定領域の正確な体積が必要である。これまで、レーザー照射領域の形状を仮定し、拡散速度が既知の蛍光色素のFCS測定結果から測定領域の体積を推定していた。しかし、レーザー照射領域の形状の仮定は装置の種類によってしばしば実際と異なることが報告されており、校正方法として十分ではなかった。今回、濃度の認証値をもつ認証標準物質(SRM、CRM)を利用して、正確な測定領域を求めた(図1)。(特開2016-217887)
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図1 標準物質によるFCS校正法の概要
1 fL(フェムトリットル)は0.000000000001(1兆分の1)mLである。 |
今回の技術では、認証標準物質(蛍光色素)で厳密に校正されたFCS測定装置を用い、蛍光染色したRNA分子を水溶液内で直接カウントして分子数を絶対定量する。さらに、産総研で開発された核酸認証標準物質を用いて、認証値とFCSによる実測値を比較したところ、今回開発した絶対定量分析法が妥当であることが確認できた(図2)。
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図2 本技術によるRNA分子数の絶対定量 |
産総研は日本の国家計量標準機関として計測に用いる標準物質(一次標準物質)を開発し頒布している。しかしながら、標準物質の開発には年単位の時間と多大なコストがかかることから、遺伝子関連検査の多数のターゲットごとに標準物質をラインアップすることは現実的でなかった。今回開発した技術を応用し、今まで標準物質がなかった多数のターゲットに対し各試験機関で実験ごとに使用する「実用標準物質」を値付けすることで、遺伝子検査の品質保証や検量線を用いる従来の定量法の高精度化が達成され、国際単位系(SI)に関係付けることも可能になると期待される(図3)。
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図3 さまざまな実用標準の値付けへの応用
今までは産総研などによって1次標準物質が開発された対象でしかトレーサビリティーは確保できなかったが、本技術によって広い検査対象に対する実用標準物質のトレーサビリティーが確保できるようになることが期待される。 |
今回開発した技術を用いて、遺伝子検査などに利用できるRNAの実用標準物質を作製する。また、対象がRNAに限定されていないので、汎用(はんよう)の分子数定量技術となることが期待され、DNAやタンパク質などの計測に応用する。また、FCSは共焦点蛍光顕微鏡と全く同じシステム構成なので、蛍光顕微鏡画像と濃度の定量値の精密な関連付けが可能となるので、今回開発した技術をベースに蛍光イメージング技術の標準化を目指す。
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
バイオメディカル研究部門 バイオアナリティカル研究グループ
主任研究員 佐々木 章 E-mail:akira.sasaki*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)