国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)フレキシブルエレクトロニクス研究センター【研究センター長 鎌田 俊英】フレキシブル材料基盤チーム 堤 潤也 主任研究員、同研究センター 長谷川 達生 総括研究主幹らは、松岡 悟志 産総研 テクニカルスタッフ(兼)国立大学法人 筑波大学 数理物質科学研究科 博士課程学生の協力のもと、産総研が独自に開発した薄膜トランジスタ(TFT)の電荷を可視化するゲート変調イメージング技術の、空間解像度を810 nmから430 nmにするとともに、時間分解能を3 µsから50 nsに大幅に向上させた。この技術により、多結晶性半導体中の結晶粒界付近で電荷が不均一に分布する様子や、結晶粒界が電気伝導を阻害する様子を可視化できた。
ディスプレーやセンシングデバイスなどの情報入出力機器の大面積・軽量・フレキシブル化や、製造工程の簡略化・省エネルギー化に向けて、多結晶性半導体薄膜を用いたTFTの性能向上が課題となっている。多結晶性半導体の課題は、結晶粒界などに起因する不均質な構造が、性能低下の要因となることである。今回、TFT内に蓄積した電荷を可視化するゲート変調イメージング法の空間解像度と時間分解能を向上させ、多結晶性半導体の結晶粒界に起因するマイクロメートルスケールの不均一な電荷分布を可視化するとともに、結晶粒界付近の電気伝導の様子を50ナノ秒の時間分解能で捉えた。この成果は、多結晶性半導体内の電気伝導を可視化できる技術として、TFTの特性改善や高品質化に大きく貢献すると期待される。
この成果の詳細は米国科学誌Journal of Applied Physics, vol.123, 135301 (2018) とPhysical Review Applied, vol.9, 024025 (2018) に相次いで掲載された。
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多結晶性半導体中の不均一な電荷分布を可視化する技術
Reproduced from J. Appl. Phys. 123, 135301 (2018) with the permission of AIP Publishing. |
電子デバイスのスイッチング制御を担うTFTは、あらゆる電子機器の制御に必要な基本デバイスであり、さまざまな形態のものが用いられている。とりわけ近年のInternet of things (IoT)化の高まりにより、ディスプレーやセンシングデバイスなどの情報入出力機器の大面積・軽量・フレキシブル化や、製造工程の簡略化・省エネルギー化が強く求められている。そのためには、製造工程の簡易化に適した多結晶性半導体薄膜を用いることが有効であり、これらを用いたTFTの開発、性能向上、製造技術の確立が課題となっている。しかし、多結晶性半導体薄膜は無数の微結晶で構成されて不均質なため、素子の動作性能の低下や、素子性能の再現性などに悪影響を与えることが懸念されている。そのため、結晶粒界などが電気伝導に及ぼす影響を調べる必要があり、新しい評価技術が求められていた。
産総研は、プリンテッドエレクトロニクス技術の実用化を目指した研究の一環として、印刷法による情報入出力機器の製造技術と、高品質化に向けたデバイス評価技術の開発を進めてきた。特に、情報入出力機器のベースとなるTFTの高品質化のため、TFTの駆動状態を可視化して評価できるゲート変調イメージング技術の開発に注力してきた。2018年1月には、この技術を大幅に高速化・大面積化し、数百万個のTFTがアレイ状に配置された情報入出力機器の駆動回路の非破壊インライン検査が可能なことを報告した。今回、TFT素子内の電気伝導の様子をマイクロメートルスケールで捉え、結晶粒界などの不均質性が素子特性に及ぼす影響を明らかにするため、ゲート変調イメージング技術の空間解像度と時間分解能の向上に取り組んだ。
なお、この開発の一部は、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費助成事業若手研究(A)(研究課題番号:16H05976)と、国立研究開発法人 科学技術振興機構の戦略的イノベーション創出推進プログラム(S-イノベ)の研究開発テーマ「研究開発テーマ「有機材料を基礎とした新規エレクトロニクス技術の開発」の研究課題「新しい高性能ポリマー半導体材料と印刷プロセスによるAM-TFTを基盤とするフレキシブルディスプレーの開発」の助成を受けて行った。
図1に、ゲート変調イメージング装置の概略を示す。TFTのゲート電極に電圧をかけると、半導体層に蓄積した電荷により、光反射率・透過率がごくわずか(~0.01 %)変化する。ゲート電圧をかけた状態(駆動状態)とかけていない状態(停止状態)の光学イメージをそれぞれ撮影し、画像の演算により両者の差分イメージを求める。これを繰り返し行い、差分イメージを積算して、微小なイメージの変化(ゲート変調イメージ)を得る。今回、高い開口数(NA = 0.95)の対物レンズを導入し、波長670 nmの入射光を用いて約430 nmの空間解像度を得た。さらに、大気環境によるTFTの劣化を防ぐため、入射光に対して透明な高分子薄膜でTFTを封止する方法を導入した。これにより、大気に対して不安定な半導体でも、レンズ前面から試料表面までの距離(作動距離)が著しく短い高開口数の対物レンズを用いた測定が可能になる(今回用いた対物レンズの作動距離は0.2 mm)。
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図1ゲート変調イメージング装置の(a)概略と(b)測定手順
Reproduced from Phys. Rev. Appl. 9, 024025 (2018) with the permission of APS. |
図2は、ペンタセン多結晶膜を半導体層に用いたTFTの光学顕微鏡像とこれに対応するゲート変調イメージである。ゲート電圧をかけてからTFT駆動状態イメージを撮影するまでの遅延時間と、ゲート電圧を切ってからTFT停止状態イメージを撮影するまでの遅延時間(図1bを参照)を十分に長くとり、駆動状態と停止状態ともにTFT内部の電荷の分布が定常状態に達してからゲート変調イメージの測定を行った。ゲート変調イメージでは、正(赤)と負(青)のゲート変調信号の分布は不均一であり、微結晶の形状と相関していた。なお、ゲート変調信号は、光学顕微鏡像から求めた反射率で規格化して、薄膜表面凸凹のゲート変調信号への影響を除外してある。
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図2 ペンタセン多結晶膜を半導体に用いたTFTの光学顕微鏡像(左)とゲート変調イメージ(右)
ゲート変調イメージは670 nmのプローブ光波長で測定したもの
Reproduced from J. Appl. Phys. 123, 135301 (2018) with the permission of AIP Publishing. |
正と負のゲート変調信号の起源を明らかにするため、それぞれの位置で入射光の波長を変えてゲート変調信号を測定した(図3)。負の信号が得られた位置(図3領域B)では、半導体層に電荷が蓄積したことを示す吸収スペクトルの2次微分のような形状のゲート変調信号のスペクトルが観測された。一方、正の信号が得られた位置(図3領域A)では、半導体層内にゲート電界が漏れ出していることを示す1次微分のような形状のスペクトルが観測された。2次微分のような形状が観測されないのは、蓄積した電荷の密度が低いことを示し、そのためゲート電界が遮蔽(しゃへい)されずに漏れ出したと考えられる。従来、半導体層に均一に電荷が蓄積した理想的なTFTでは、ゲート電界は電荷によって遮蔽され漏れ出さないと考えられてきた。今回、高い空間分解能で測定することで、多結晶性半導体の不均質な構造に起因して、電荷分布が著しく不均一であることがわかった。また、光学顕微鏡像とゲート変調イメージとの比較から、微結晶の内部よりも結晶粒界に近い部分の電荷密度が相対的に高いことがわかった。結晶粒界には電荷の流れを妨げる効果があるため、電荷が捕捉されて電荷密度が高くなっていると考えられる。
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図3 ゲート変調イメージの領域Aと領域Bでのゲート変調信号の入射光波長依存性
左下は、各領域における電荷蓄積の様子を示す模式図
Reproduced from J. Appl. Phys. 123, 135301 (2018) with the permission of AIP Publishing. |
ナノ秒オーダーのスナップショットを撮影できるイメージインテンシファイアを測定装置に導入し、ゲート電圧をかけてから撮影するまでの遅延時間(図1b参照)を変えて、TFTが定常状態に達する前の過渡状態のゲート変調イメージを測定した。図4に、時間分解能100ナノ秒で測定したゲート変調イメージの時間変化を示す。ゲート電圧をかけた直後にソース電極から半導体層に電荷が流れ込み、時間経過とともに電荷がドレイン電極に向かって広がっていく様子が観測できた。電荷の広がる距離が経過時間の平方根に比例していたことから、電荷が拡散的に伝導していると分かった。詳しく解析すると、電荷の流れが結晶粒界や微結晶内部の電荷トラップによって過渡的にせき止められていた。これは、結晶粒界や電荷トラップが電気伝導を阻害することを初めて直接捉えたものである。
今回開発した技術の特長を生かし、TFTだけではなく太陽電池や二次電池など、多様なデバイスへの展開を進めていく。
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
フレキシブルエレクトロニクス研究センター フレキシブル材料基盤研究チーム
主任研究員 堤 潤也 E-mail:junya.tsutsumi*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)