国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)機能化学研究部門【研究部門長 北本 大】光材料化学研究グループ 高田 徳幸 主任研究員、地質情報研究部門【研究部門長 田中 裕一郎】海洋環境地質研究グループ 鈴木 淳 研究グループ長らは、株式会社 上島製作所【代表取締役 佐藤 親弘】の協力を得て、過去の海洋環境情報が正しく記録されている化石サンゴを効率的に選定できる新しい熱ルミネッセンス評価法を開発した。
現生サンゴの骨格はアラレ石からなるが、化石サンゴでは骨格の一部が方解石に変質している。その変質度が少ないほど、より多くの過去の海洋情報を留めている(下図)。そのため、変質度をいかに高精度に見極めるかが課題であった。従来法では1~2 %以上の変質度しか判別できなかったが、今回開発した技術は1 %以下の変質度も判別できるため、信頼性の高い海洋情報を持つ化石サンゴの選定が可能となり、過去の海洋環境を解明する研究の推進に貢献できる。なお、この成果は、平成29年12月21日(英国時間)に国際科学誌Scientific Reportsにオンライン掲載された。
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化石サンゴの変質度と海洋環境情報量の相関イメージ |
将来の気候変化を正しく予測するには、人間活動により引き起こされた近年の気候変動や、過去の大気・海洋系の変動を正しく理解することが重要である。化石サンゴには、過去の海水温・塩分などの海洋環境情報がさまざまな形(例えば、海水温は酸素同位体比やストロンチウム/カルシウム比から推定)で記録されており、過去の大気・海洋系の変動の理解に役立つと期待されている。
しかし、多くの化石サンゴ骨格のアラレ石は、その一部が続成作用によって方解石に変質しており、数万年以上前の未変質の化石サンゴの産出は稀である。アラレ石と方解石の含有元素の成分比は異なるため、変質が進むに従って、サンゴ生育当時の海洋環境情報が失われていく。そのため、より変質度の少ない化石サンゴをいかに正確に選定するかがポイントであった。
1~2 %の変質度(方解石の含有率)までしか判別できない従来の評価法(粉末X線回折法(XRD))では、正確な情報を多く留めている化石サンゴの選定が極めて困難なため、海洋環境の解明には大きな制約があった。そのため、変質度1 %以下の化石サンゴにも適用できる高感度で迅速な新しい選定法の開発が求められていた。
上島製作所は微弱光計測に優れたフーリエ変換型スペクトロメーター(図1)を開発し、材料・食品化学・生化学分野などへの応用を進めてきた。産総研 機能化学研究部門は、各種材料が放つ微弱発光から得られる情報に興味を持ち、上島製作所と共にルミネッセンス評価技術の開発を進めてきた。一方、地質情報研究部門は、化石サンゴの変質度を高感度で迅速に評価できる手法を模索していた。
今回、三者はサンゴの骨格が放つ微弱発光に着目し、連携して技術開発を進め、変質度を評価できる新たな熱ルミネッセンス評価法の開発に取り組んだ。
なお、この開発は、産総研 戦略予算(平成26年度)と独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費助成事業 「基盤研究(B)(平成27~30年度)」による支援を受けて行った。
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図1 フーリエ変換型スペクトロメーター(上島製作所製) |
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図2 化石サンゴの変質度の評価における従来法と開発技術の検出感度の違い |
現生サンゴは100 %アラレ石の骨格であるが、化石サンゴの多くは方解石へ変質した部位を含んでいる。従来法である粉末X線回折法(XRD)では、1~2 %を越える変質度(方解石の含有率)の化石サンゴからは方解石に由来する回折ピークが観測されるが、1 %以下になると観測できない(図2)。すなわち、変質度が1 %以下の化石サンゴの場合、その海洋情報量の正確な見極めは困難であった。
今回開発した熱ルミネッセンス評価法は、フーリエ変換型スペクトロメーターを用いて、サンゴの骨格内に含まれる微量元素であるマンガンからの発光を測定して評価する方法で、マンガンの発光の波長がアラレ石と方解石で大きく異なることを利用している。この評価法は従来法に比べ検出感度が高く、これまで評価ができなかった変質度が1 %以下の化石サンゴでも評価できる(図2)。この技術により、信頼性の高い海洋環境情報を留める化石サンゴを見分けることが可能となる。
さらに、今回開発した評価法の測定時間は1分程度と、従来法の約15~30分に比べてはるかに短く、選定作業の迅速化にも大きく貢献できる。
過去の海洋環境の解明に向け、光計測系の改良を進めて、熱ルミネッセンス評価法をより高精度化すると共に、化石サンゴの標準的な変質度評価法としての確立を目指す。さらに、化石サンゴだけでなく各種の海洋・地質試料に広く適用できる微量元素分析法としての開発も進める。
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
機能化学研究部門 光材料化学研究グループ
主任研究員 高田 徳幸 E-mail:n-takada*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)
地質情報研究部門 海洋環境地質研究グループ
研究グループ長 鈴木 淳 E-mail:a.suzuki*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)