発表・掲載日:2018/02/21

海洋環境の情報が正しく記録された化石サンゴを見分ける手法を開発

-過去の海洋環境の解明を加速-

ポイント

  • 気候変動の的確な予測には、過去の海洋環境を正確に記録している化石サンゴの選定が必須
  • サンゴ骨格のアラレ石から方解石への変質の程度を正確に測定して適切な化石サンゴを選定可能
  • 骨格の変質度の少ない化石サンゴを効率よく高精度に選定できる手法を開発


概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)機能化学研究部門【研究部門長 北本 大】光材料化学研究グループ 高田 徳幸 主任研究員、地質情報研究部門【研究部門長 田中 裕一郎】海洋環境地質研究グループ 鈴木 淳 研究グループ長らは、株式会社 上島製作所【代表取締役 佐藤 親弘】の協力を得て、過去の海洋環境情報が正しく記録されている化石サンゴを効率的に選定できる新しい熱ルミネッセンス評価法を開発した。

現生サンゴの骨格はアラレ石からなるが、化石サンゴでは骨格の一部が方解石に変質している。その変質度が少ないほど、より多くの過去の海洋情報を留めている(下図)。そのため、変質度をいかに高精度に見極めるかが課題であった。従来法では1~2 %以上の変質度しか判別できなかったが、今回開発した技術は1 %以下の変質度も判別できるため、信頼性の高い海洋情報を持つ化石サンゴの選定が可能となり、過去の海洋環境を解明する研究の推進に貢献できる。なお、この成果は、平成29年12月21日(英国時間)に国際科学誌Scientific Reportsにオンライン掲載された。

化石サンゴの変質度と海洋環境情報量の相関イメージ図
化石サンゴの変質度と海洋環境情報量の相関イメージ


開発の社会的背景

将来の気候変化を正しく予測するには、人間活動により引き起こされた近年の気候変動や、過去の大気・海洋系の変動を正しく理解することが重要である。化石サンゴには、過去の海水温・塩分などの海洋環境情報がさまざまな形(例えば、海水温は酸素同位体比やストロンチウム/カルシウム比から推定)で記録されており、過去の大気・海洋系の変動の理解に役立つと期待されている。

しかし、多くの化石サンゴ骨格のアラレ石は、その一部が続成作用によって方解石に変質しており、数万年以上前の未変質の化石サンゴの産出は稀である。アラレ石と方解石の含有元素の成分比は異なるため、変質が進むに従って、サンゴ生育当時の海洋環境情報が失われていく。そのため、より変質度の少ない化石サンゴをいかに正確に選定するかがポイントであった。

1~2 %の変質度(方解石の含有率)までしか判別できない従来の評価法(粉末X線回折法(XRD))では、正確な情報を多く留めている化石サンゴの選定が極めて困難なため、海洋環境の解明には大きな制約があった。そのため、変質度1 %以下の化石サンゴにも適用できる高感度で迅速な新しい選定法の開発が求められていた。

研究の経緯

上島製作所は微弱光計測に優れたフーリエ変換型スペクトロメーター(図1)を開発し、材料・食品化学・生化学分野などへの応用を進めてきた。産総研 機能化学研究部門は、各種材料が放つ微弱発光から得られる情報に興味を持ち、上島製作所と共にルミネッセンス評価技術の開発を進めてきた。一方、地質情報研究部門は、化石サンゴの変質度を高感度で迅速に評価できる手法を模索していた。

今回、三者はサンゴの骨格が放つ微弱発光に着目し、連携して技術開発を進め、変質度を評価できる新たな熱ルミネッセンス評価法の開発に取り組んだ。

なお、この開発は、産総研 戦略予算(平成26年度)と独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費助成事業 「基盤研究(B)(平成27~30年度)」による支援を受けて行った。

フーリエ変換型スペクトロメーター(上島製作所製)の写真
図1 フーリエ変換型スペクトロメーター(上島製作所製)

研究の内容

化石サンゴの変質度の評価における従来法と開発技術の検出感度の違いの図
図2 化石サンゴの変質度の評価における従来法と開発技術の検出感度の違い

現生サンゴは100 %アラレ石の骨格であるが、化石サンゴの多くは方解石へ変質した部位を含んでいる。従来法である粉末X線回折法(XRD)では、1~2 %を越える変質度(方解石の含有率)の化石サンゴからは方解石に由来する回折ピークが観測されるが、1 %以下になると観測できない(図2)。すなわち、変質度が1 %以下の化石サンゴの場合、その海洋情報量の正確な見極めは困難であった。

今回開発した熱ルミネッセンス評価法は、フーリエ変換型スペクトロメーターを用いて、サンゴの骨格内に含まれる微量元素であるマンガンからの発光を測定して評価する方法で、マンガンの発光の波長がアラレ石と方解石で大きく異なることを利用している。この評価法は従来法に比べ検出感度が高く、これまで評価ができなかった変質度が1 %以下の化石サンゴでも評価できる(図2)。この技術により、信頼性の高い海洋環境情報を留める化石サンゴを見分けることが可能となる。

さらに、今回開発した評価法の測定時間は1分程度と、従来法の約15~30分に比べてはるかに短く、選定作業の迅速化にも大きく貢献できる。

今後の予定

過去の海洋環境の解明に向け、光計測系の改良を進めて、熱ルミネッセンス評価法をより高精度化すると共に、化石サンゴの標準的な変質度評価法としての確立を目指す。さらに、化石サンゴだけでなく各種の海洋・地質試料に広く適用できる微量元素分析法としての開発も進める。

問い合わせ

国立研究開発法人 産業技術総合研究所
機能化学研究部門 光材料化学研究グループ
主任研究員   高田 徳幸  E-mail:n-takada*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)

地質情報研究部門 海洋環境地質研究グループ
研究グループ長  鈴木 淳  E-mail:a.suzuki*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)



用語の説明

◆熱ルミネッセンス
試料に放射線・電子線・紫外線などの刺激を与えて試料内部に捕捉された電荷を発生させ、その後の昇温過程で捕捉電荷が解放され、再結合したときに生じる発光を検出する手法。鉱物中の遷移金属元素からの発光観測や年代測定などにも利用されている。[参照元へ戻る]
◆サンゴの骨格
サンゴの骨格は炭酸カルシウムから出来ており、結晶形は主にアラレ石。
アラレ石 [アラゴナイト]:低温高圧で安定。現生サンゴの骨格はアラレ石だけから成る。
方解石 [カルサイト]:常温常圧で安定。化石サンゴの多くは続成作用によって生じた方解石成分を含む。[参照元へ戻る]
◆酸素同位体比
サンゴ骨格中の酸素同位体比(18O/16O)は、骨格生成時の水温と海水の酸素同位体比(塩分に相関)に依存する。[参照元へ戻る]
◆続成作用
サンゴ生育時のアラレ石構造が、数年~数万年の時間の経過と共に、方解石に変化すること、あるいは再結晶化すること(アラレ石→アラレ石)。その際、ストロンチウム(Sr)濃度や酸素や炭素の同位体比が変化するため、化石に記録された海水温などの海洋環境情報が失われる。淡水が炭酸カルシウムの変質に重要な役割を果たしているのではないかと考えられている。[参照元へ戻る]
◆粉末X線回折法 (XRD)
粉末試料を用いてX線回折を測定する手法。単結晶が得られにくい材料や鉱物試料の結晶構造解析に利用。[参照元へ戻る]
◆フーリエ変換型スペクトロメーター
下図に示すように、サバール板、偏光子、集光レンズを組み合わせた光学系とCCD検出器から構成される干渉分光光度計。汎用の回折格子を用いた分光器に必須のスリットが不要なので、光の取り込み効率が2~3桁高く、微弱光の分光計測に有利である。
https://www.ueshima-seisakusho.co.jp/product/product_pickup/pickup01.html (上島製作所製) [参照元へ戻る]
フーリエ変換型スペクトロメーターの説明図