国立研究開発法人 産業技術総合研究所と国立大学法人 筑波大学は共同で、マウス乳がん由来細胞4T1Eを、ハイドロゲルに包埋した三次元培養下での形態を指標として複数のサブポピュレーションに分離したところ、形態ごとに異なる性質を示すサブポピュレーションが得られ、得られたサブポピュレーションが異なる薬剤感受性を示すことを確認しました。
本研究成果は、平成29年6月30日付の米国科学誌PLOS One(プロス ワン)オンライン版に掲載されました。
がんの性質は患者ごとに異なり、同じ患者の同じ臓器の腫瘍組織自体も繊維芽細胞などを大量に含む不均一な細胞集団であることが知られており、この「腫瘍内不均一性」ががん治療を困難なものとする原因の1つとして着目されています。一方、「腫瘍内不均一性」を理解するためには、不均一な細胞集団を何らかの手法で分離して解析する必要があります。フローサイトメトリーをはじめとした従来の細胞分離法では、一般的に細胞表面のマーカーを基準として細胞を選別します。これらの方法は表面抗原が特定された免疫細胞などを選別するのに有用な方法ですが、マーカーが特定されていない未知の細胞を選別するのは困難です。
産業技術総合研究所杉浦主任研究員らのグループは、三次元培養環境から特定の形態をしているがん細胞を分離する「ハイコンテンツイメージングセルソーター」の開発を進めています。この細胞分離装置は光照射に応じて溶解する光分解性ゲルを用いており、不均一な細胞集団を光分解性ゲルに包埋し、分離対象とする細胞の周辺に光を照射することで光分解性ゲルを局所的に溶解して特定の細胞のみを回収することができます。開発を進めている自動細胞分離装置は、光分解性ゲルへ包埋した三次元培養の後、 (I) 細胞塊の顕微撮像、(II) 形態情報に基づく細胞塊の選別、(III) 局所光照射によるゲルの溶解、(IV) ピペット操作による細胞塊の分取、の4段階のプロセスを自動的に行うことができます(図1)。
産業技術総合研究所と筑波大学の研究グループは、この光開裂性架橋剤を用いて調整した光分解性ゲルを用いて、不均一な細胞群として知られるマウス乳がん由来細胞株4T1Eからコロニー状の細胞と顆粒状の細胞を分離しました(図2)。分離した細胞を用いて、がんの悪性度に関連する解析を行うと、分離の際に指標とした形状に応じて異なる悪性度を示しました。ヌードマウスにおのおのの細胞を移植すると、コロニー状の細胞は腫瘍サイズの増大が顕著であるが、顆粒状の細胞は増大しにくいことが確認されました。さらに、分取した細胞塊の薬剤応答性を検討した結果、一部の薬剤に対する応答がコロニー状の細胞と顆粒状の細胞とで異なることが確認されました。
本研究開発は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の医療分野研究成果展開事業 先端計測分析技術・機器開発プログラム(開発課題名「腫瘍内不均一性を考慮した癌生細胞検査法の開発」,チームリーダー:国立研究開発法人産業技術総合研究所 創薬基盤研究部門主任研究員 杉浦慎治)の一環として実施しました。本研究の成果は、不均一な細胞集団を分離した上で検査することの重要性を示唆しています。患者ごとのがん治療薬の有効性が事前に確認できるようになり、今後のがんの治療戦略において、個別化医療の推進に寄与することが期待されます。
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図1:光分解性ゲルを用いた細胞分離方法 |
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図2:三次元培養細胞分離装置を用いたマウス乳がん由来細胞株4T1Eの分離の実例 |
雑誌名:PLOS One
タイトル:Morphology-based optical separation of subpopulations from a heterogeneous murine breast cancer cell line
著者:Masato Tamura, Shinji Sugiura*, Toshiyuki Takagi, Taku Satoh, Kimio Sumaru, Toshiyuki Kanamori, Tomoko Okada, Hirofumi Matsui,
DOI:10.1371/journal.pone.0179372
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
創薬基盤研究部門 医薬品アッセイデバイス研究グループ
上級主任研究員 杉浦 慎治 E-mail:shinji.sugiura*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)