国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)地質調査総合センターと国立大学法人 金沢大学【学長 山崎 光悦】は、平成28年6月、産総研 活断層・火山研究部門【研究部門長 桑原 保人】火山活動研究グループ 石塚 治 主任研究員らがとりまとめた「母島列島地域の地質」(5万分の1の地質図幅)を刊行した。これは、平成22~25年度に実施した小笠原諸島の南部を構成する母島列島の詳細な地質調査を基にまとめた資料である。
これにより、平成19年度に刊行した「父島列島地域の地質」(5万分の1の地質図幅)、平成21年度に刊行した「小笠原諸島」(20万分の1の地質図幅)と合わせ、小笠原諸島全域の地質図幅の整備がすべて完了した。これらにより、世界自然遺産である小笠原諸島の地質が初めて詳細に分かったほか、小笠原諸島が誕生してから成長するまでの歴史が高精度で特定された。世界自然遺産である小笠原諸島の地質情報を整備することにより、環境保全や観光産業の発展に貢献すると同時に教育などへの活用が期待される。
なお、これら3つの地質図幅は、産総研が提携する委託販売店(https://www.gsj.jp/Map/JP/purchase-guid.html)で購入できるほか、産総研のウェブサイトからダウンロードできる。
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平成28年6月に刊行した「母島列島地域の地質」(5万分の1の地質図幅) |
地質図は、資源開発や防災、土木・建設、地球環境対策など幅広い分野で基礎資料として必要な国土の基本情報である。また、日本列島の成り立ちや歴史を探るための学術資料としても重要である。産総研 地質調査総合センターは国より付託された公的機関として、全国各地域の地質を調査・研究し、過去に刊行された地質図幅の精度向上や、公開されていない地域の地質図幅の作成を進めている。小笠原諸島地域は1830年まで住民がおらず、日本列島から約1000 ㎞も離れた位置にあるため、これまで体系的な調査がされてこなかった。
産総研 地質調査総合センターは平成15~25年度の11年間にわたり、小笠原諸島を構成する父島列島、母島列島を中心に詳細な現地調査と岩石の年代測定を実施した。その成果を地質図幅と説明書にまとめあげ、平成19年度に、「父島列島地域の地質」(5万分の1の地質図幅)を、平成21年度に、「小笠原諸島」(20万分の1の地質図幅)を、そして、平成28年度に「母島列島地域の地質」(5万分の1の地質図幅)を刊行するに至った。
平成23年に世界自然遺産に登録された小笠原諸島は、日本列島の南方約1000 ㎞の北西太平洋に位置する島々の総称である。東京都小笠原村に属し、父島列島、母島列島、聟島列島の3列島から成る(図1)。どの島も、誕生以来、一度も大陸と陸続きになったことがない「海洋島」であり、1830年までは住民もいなかったことから、小笠原諸島にしか生息していない固有の生物が数多く見られる貴重な場所である。
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図1 小笠原諸島の位置。伊豆大島、三宅島などを含む火山列である七島硫黄島海嶺の東側に位置する小笠原海嶺上に分布する島々である。 |
また、生物だけではなく、地質学的にも極めてユニークである。太平洋プレートとフィリピン海プレートの境界に位置し、約5200万年前、フィリピン海プレートの下に太平洋プレートが沈み込み始めたことに伴って起きた一連の火山活動により誕生した島々である。この火山活動を記録した地層が海面上に露出しているため、伊豆諸島のような、プレートの沈み込み帯に形成される火山島の列(島弧)が、海洋プレート上に誕生し、成長していく過程を観察できる、地球上で極めてまれな場所となっている。プレートの沈み込みが始まって間もない時期にできた「無人岩(むにんがん、英語名はボニナイト)」という火山岩は、父島で最初に発見され、世界最大規模で島内に露出しており、伊豆小笠原島弧の成り立ちの初期段階を示す重要な手がかりとなっている。
そのため、産総研は、火山噴出物の年代を1%程度以下の誤差で精密に測定できる「アルゴン―アルゴン(Ar-Ar)法」と呼ばれる放射年代測定法を新たに開発・採用し、小笠原諸島全域と周辺海底で採集した火山岩の年代測定を行った。その結果、約5200万年前に始まったプレートの沈み込みにより海底火山活動が開始され、その後約4800万年前に無人岩をつくるマグマが発生し、このマグマの噴火は4500万年前まで続き、それにより、父島列島と聟島列島が海底で誕生したことが判明した(図2)。
一方、プレートの沈み込みが進行する中、母島列島は、父島列島、聟島列島とは異なり、主に浅海や陸上で、約4500万年前から約3800万年前の数百万年の間に起きた火山活動によって形成されたことが判明した。この頃には、発生するマグマの化学組成が無人岩質から玄武岩-安山岩質に変化していたため、母島列島には玄武岩-安山岩が多く見られるが、無人岩は存在しないことも確かめられた。
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図2 伊豆小笠原地域におけるプレート沈み込みとそれに引き続く島弧火山形成モデル。 A.約5200万年前に、古いプレートが新しいプレートの下に潜り込む。これが沈み込みの開始に相当する。潜り込まれたプレート上で海底拡大がおきて、玄武岩質マグマの活動が起きた。B.引き続いて、4800-4500万年前の期間、プレートの沈み込みに起因するマントルの上昇と、沈み込み始めたプレートの脱水、融解がおき、通常よりマントルの浅い部分でかつ高温下でボニナイトマグマが生成され、火山の成長が始まる、C.プレートの沈み込みとマントルウェッジ(沈み込むプレートと海洋地殻の間にはさまれたくさび状のマントル)でのマントルの対流が次第に安定し、通常の島弧火山活動へ変化していく(4500万年前以降)。火山は成長し、海面上にまで到達した。 |
3800万年前頃に母島列島の火山活動が終息し、周辺に広がる熱帯の浅瀬の海の中には、多くの貝類や、直径5㎝にもなる丸い有孔虫類(貨幣石)が生息していたことも、化石によって確認された(図3)。
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図3 左図:父島石浦に露出する無人岩溶岩。右図:母島御幸之浜にみられる大型有孔虫化石「貨幣石」を含む砂岩・礫岩(れきがん)層 |
今回の調査・研究により、小笠原諸島が形成された年代が初めて高い精度で明らかになった。しかしながら、プレートの沈み込みがどのようにして始まるのかについては、依然わかっておらず、今なおプレートテクトニクス理論における第一級の問題である。そのため、今後も小笠原諸島の地質調査・研究を行い、この問題に取り組んでいく計画である。
地質調査総合センター 活断層・火山研究部門 火山活動研究グループ
主任研究員 石塚 治 E-mail:o-ishizuka*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)