国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)無機機能材料研究部門 【研究部門長 淡野 正信】 機能調和材料グループ 神 哲郎 研究グループ長、鎌田 賢司 上級主任研究員は、ダイキン工業株式会社【代表取締役社長 兼 CEO 十河 政則】(以下「ダイキン工業」という)と共同で、大幅な多層化と高速な記録が可能な長期間保存用光ディスク向け記録材料を開発した。
この技術では、多段階多光子吸収とホログラム技術を用いて、時間幅8ナノ秒のレーザーパルスを1回照射するだけで記録ピットを形成でき、従来の光ディスクの問題であった記録速度を大幅に向上できる。この記録材料では1枚のディスクで最大10テラバイトの記録容量が可能になると見込まれ、長期保存記録に用いることで、ハードディスクや磁気テープなどの現行記録媒体で必要な空調や定期的なデータの移行が不要になり、約4割の消費電力削減と二酸化炭素排出量低減への貢献が期待される。なお、この技術の詳細は、2016年08月30日(日本時間)に論文誌Japanese Journal of Applied Physicsにオンライン掲載された。
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大幅な多層化が可能な光ディスク材料における、今回開発した材料と従来の材料での記録時間の違い |
クラウド化やモバイルデバイスの普及により生み出されるデジタルデータは日々増加しており、長期間保管しておくべきデータもまた増加の一途をたどっている。長期保管データの増大の流れは今後ますます加速すると予想され、低消費電力で、維持管理に手間のかからない大容量の長期保存媒体が必要となりつつある。現状のハードディスクや磁気テープは消費電力や維持管理コストの面で今後増大する長期保存データに対応するには十分とは言えず、光ディスクの活用が期待されている。しかし、それらを置き換えるには光ディスクは記録容量や記録速度の点に問題があった。
産総研は、化合物の化学構造と二光子吸収特性との関係の研究を行ってきており、次世代の大容量光ディスクなど、高感度光機能材料への応用を目指している。光ディスクの大容量化を進めるにはディスクの厚み方向に多数の記録層を持ち記録容量を増やした超多層光ディスクが従来の光ディスク技術の資産を活用でき、有望である。超多層光ディスクでは特定の深さの記録層に光記録を形成する必要があるが、二光子吸収を用いて特定の深さの記録層を選択する手法が知られている。しかし、これまでの二光子吸収を用いた超多層光ディスク向け記録材料では感度不足のため、光記録を形成するにはピコ秒といった極めて短いレーザーパルスを繰り返し100ナノ秒の間照射し続ける必要があり、これが記録速度を制限する要因となっていた。
今回の技術は、実効的に二光子吸収の強度を増加させる多段階多光子吸収を用いて高感度化し、あらかじめ記録材料にホログラムを形成しておくことで記録信号の再生のコントラストを高めて、光記録形成に必要な照射時間を短くして、高速な記録を実現した。図1に今回の技術の原理図を示す。従来の技術ではピコ秒、フェムト秒レーザーなど、ごく短い時間幅を持つレーザーパルスを何回も連続照射していたが、今回開発した技術ではそれらよりも長い時間幅のナノ秒パルスを1回だけ照射する。ピコ秒、フェムト秒レーザーパルスでは二光子吸収だけが起こり、その後に発生する熱量が限られていたため、何回も繰り返しての照射が必要となり照射時間が長くなっていた。一方、ナノ秒パルスでは二光子吸収の後に一光子吸収である励起状態吸収が起こる多段階多光子吸収が生じる。励起状態吸収と熱を発生する緩和とが繰り返し起こるので実効的な二光子吸収の強度が増加し、発熱量は桁違いに増加する。今回の技術では記録材料中にあらかじめ再生用のレーザー光を高効率で反射するようにホログラムが形成されており、多段階多光子吸収で発生する熱によりこのホログラムを乱すことで記録が形成される。ホログラムはわずかに乱されただけでも反射光の強度が大きく低下するので高コントラストの再生ができ、記録に必要な時間をさらに短縮できる。この結果、8ナノ秒パルスの1回照射でも光記録を形成でき、これは100 Mbps(Mbps 毎秒百万ビット)の書き込み速度(Blu-rayディスクの記録速度の3.5倍)に相当する高速な記録速度である。
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図1 従来のピコ秒・フェムト秒パルス照射に比べて効率的な、汎用ナノ秒レーザーパルス照射による多段階多光子吸収の熱発生のメカニズムと、この1点での発熱によって記録層に形成されたホログラムが乱されることによる光記録と信号再生の原理図 |
この原理に基づき、Blu-rayに用いられる波長405 nmのレーザーで記録と再生を行った結果を図2に示す。記録材料にあらかじめホログラムを作成してあるので再生光を照射すると強い反射光が得られるが(顕微鏡画像:記録ピットなし)、8ナノ秒のレーザーパルス照射により記録を形成すると(同:記録ピットあり)反射光の強度が低下した。材料中の観測する位置を変えながら反射光を測定すると記録が形成された場所では反射光の強度が低下し、反射光強度の差として、実用的なレベルのシグナル-ノイズ比(15デシベル)で記録を再生できた。
形成された記録ピットのサイズは深さ方向で2.7マイクロメートルであり、100マイクロメートル厚の記録層では20層の多層化が可能である。面内方向のサイズは0.7マイクロメートルで現状ではDVD程度の記録密度であるが、もしBlu-rayディスクのレベルまで記録密度を向上できれば100マイクロメートル厚の記録層で50層1.25テラバイトの記録が可能となる。さらに今回開発した記録材料の透過特性から800マイクロメートル厚の記録層が可能と考えられ、400層、10テラバイトの保管記録向け超多層光ディスク記録(現行Blu-ray 400枚分が1枚)が可能になると見込まれる。
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図2 今回開発した記録材料の試料からの記録がない時(0)と記録がある時(1)の反射光(再生光信号光)の顕微鏡画像(左)と、試料内の記録ピットを横切るように観測位置を変えた際の反射光強度の変化(右) |
今後は高密度記録と超多層化の実証を進めるとともに、無機材料との複合化による耐久性向上も含めたディスクとしての実用耐久性の評価、光源の小型化、ドライブ開発など他企業の参画も募り実用化に向けた研究開発を進める。
無機機能材料研究部門 機能調和材料研究グループ
上級主任研究員 鎌田 賢司 E-mail:k.kamada*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)