国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)活断層・火山研究部門【研究部門長 桑原 保人】海溝型地震履歴研究グループ 松本 弾 研究員ら、筑波大学、南ミシシッピ大学は、2015年9月の関東・東北豪雨によって氾濫した鬼怒川の洪水堆積物の緊急調査を実施し、今回の洪水による氾濫流と洪水堆積物の特徴を明らかにした。
地質情報に基づく災害履歴の研究では、地層に残された過去の堆積物の研究は多いが、災害の直後に気象現象や人為で地層が乱される前に調査した例は非常に少ない。鬼怒川の氾濫による堆積物を、詳しく調査することで、洪水堆積物がどのように形成されるのか、また洪水の流れの速さや向きが堆積物にどう記録されているのかを明らかにした。鬼怒川の氾濫後、堤防が決壊する前後の洪水の流速の変化に対応して堆積物の特徴が変化していた。したがって、地層には、洪水の流速の変化などが記録されていると考えられる。こうした調査を重ねていくことで、洪水の頻度や規模の推定などに活用が見込まれ、より正確な自然災害のリスク評価につながると期待される。
なお、この研究の詳細は、2016年9月28日に国際誌Scientific Reports誌で発表された。
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決壊した堤防から氾濫した流れの向きと変化(D. Matsumoto et al. (2016) Sci. Rep. の図を改変) |
巨大津波や大規模な洪水のような自然災害は数十年に一度、あるいはもっとまれな事象であるため、記録自体が少ない。このことが防災対策を困難にする一因となっている。人の記憶や文字による記録を補い、あるいはさらに古い時代までさかのぼって、過去の大災害の記録を研究することが2011年東北沖地震以降、以前にもまして重視されるようになった。こうした研究の発展には、実際に洪水や津波で形成された堆積物をしらべ、その特徴を解明することが欠かせないが、こうした堆積物は、災害救助や復旧などのために急速に失われる。このため、災害発生直後の調査が、まれな情報を得るために必要とされている。
日本ではこれまでも大規模な洪水がたびたび発生してきた。このような水害の際には、主に河川工学的な観点から堤防の決壊や地面の浸食などの調査が行われてきたが、水害によって形成された洪水堆積物については詳細な調査がなされてこなかった。2015年9月に産総研つくばセンターに隣接する自治体で洪水が発生したことから、その直後に現地に入り、緊急調査を行ったものである。
「2015年9月関東・東北豪雨」に伴って発生した鬼怒川の氾濫に際し、堤防が決壊した常総市(じょうそうし)三坂(みさか)地区周辺で、氾濫した水の流れる方向や深さの計測を行った。また、氾濫した水の流れによる浸食・堆積の痕跡の観察を行った。
氾濫した水の流れる方向については、54地点で植物の倒れた向きや堆積物表面の微小な凹凸地形から、測定を行った(図1 左)。浸水した深さについては、34地点で壁に残った水の痕跡や浮遊物の高さから計測した。浸食や土砂の堆積の痕跡については、氾濫流に沿った2本の測線を設定し、合計23地点で観察を行った(図1 右)。
粒度分析と堆積構造の観察によって明らかになった特徴から、洪水堆積物は3つの部分(基部、下部、上部)に分類され、それぞれの部分は河川の氾濫する過程に応じて形成されたことが分かった。基部は河川の水が堤防を越えた氾濫初期の濁り水の段階の堆積物で、調査範囲の南側測線付近にのみ分布していたことから、初期の氾濫流は南側測線に沿って流れていたと考えられる。下部は越水後、堤防が決壊するまでの間の、流れが強まっていく過程で堆積したもので、決壊現場から比較的遠くまで広がっていた。上部は堤防が決壊後,強い流れが徐々に収まっていく過程で堆積したもので、決壊現場の近くにのみ分布していた。このように、洪水堆積物の広がり方から氾濫流の流れ方の変化を確認できた(図2)。
今回の研究事例のような、大水害の際に実際に起きた現象を科学的に記載する研究を継続・蓄積することによって過去に発生した洪水や津波による堆積物を正確に判別できるようになる可能性がある。それにより、過去の地質分析の精度が向上し、大規模な自然災害の正確なリスク評価につながることが期待される。さらに将来的な教訓や防災意識の向上にもつながると考えられる。
活断層・火山研究部門 海溝型地震履歴研究グループ
研究員 松本 弾 E-mail:dan-matsumoto*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)