発表・掲載日:2016/03/08

光照射で効率的に発熱するナノコイル状の新素材を開発

-近赤外レーザーによるがん光熱療法への応用に期待-

ポイント

  • 生体透過性の近赤外レーザーで効率的に発熱するナノコイル状の新素材を簡便に合成
  • 培養したがん細胞へ添加し、レーザー照射すると、6割以上の細胞が死滅
  • 近赤外レーザーを用いた生体深部のがん治療への応用に期待


概要

 国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)機能化学研究部門【研究部門長 北本 大】 界面材料グループ 丁 武孝 研究員とナノ材料研究部門【研究部門長 佐々木 毅】 CNT機能制御グループ 都 英次郎 主任研究員らは、優れた光発熱効果を示すナノコイル状の新素材を開発した。

 この素材は、有機ナノチューブの表面に、ポリドーパミン(PDA)がコイル状に結合したもので、生体透過性の高い近赤外レーザーを照射すると、高効率で発熱する。培養したがん細胞に少量添加し、レーザー照射すると、60 %以上の細胞が死滅した。近赤外レーザーを利用した生体深部のがん治療用材料への応用が期待される(図1)。

 なお、この研究の詳細は、ドイツ化学誌Chemistry – A European Journalに2016年2月5日(日本時間)オンライン掲載された。また、2016年3月24日~27日に同志社大学京田辺キャンパス(京都府京田辺市)で開催される日本化学会第96春季年会で発表される。

光発熱効果を利用したナノコイル複合体によるがん細胞の死滅の概念図
図1 光発熱効果を利用したナノコイル複合体によるがん細胞の死滅(概念図)


開発の社会的背景

 がんの三大療法は手術療法、化学療法、放射線療法であるが、さらに安全で患者への負担の少ない新たな治療法が切望されている。このため第四の治療法として、正常細胞に比べて、相対的に熱に弱いがん細胞だけを死滅させるために、がん細胞近くでの光発熱効果を利用した温熱療法(光熱療法)が、注目を集めている。この治療法の実用化のため、生体深部まで透過できる近赤外光を吸収し、少量でも効果的に発熱する安全な材料が望まれてきた。代表的な材料として、これまでにカーボンナノチューブ金ナノロッドインドシアニングリーンポルフィリン誘導体、PDAなどが開発されてきた。特に、体内分泌物質であるドーパミンが自発的に重合してできるPDAは、優れた生体適合性を示し、簡便に量産できるため、次世代の光熱療法に向けた有力材料と考えられている。しかし、PDAは他の材料に比べて光発熱効果が低いことが課題であった。

研究の経緯

 ある種の無機導電材料では、形状を粒子状からコイル状に変えることで、電磁波や光を効果的に吸収して発熱することが知られている。そこで、PDAの形状を従来の粒子状からコイル状へと変換すれば、光発熱効果を改善できるのではと考え、研究に着手した。

 これまで、産総研では、ナノサイズの中空シリンダー構造を持つ各種の有機ナノチューブを開発し、徐放性カプセル材料などへの用途展開を進めてきた。今回、PDAが吸着しやすい有機ナノチューブを選択し、コイルの「鋳型」として用いてナノコイル状のPDAを作成することに取り組んだ。

 なお今回の研究開発の一部は、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費助成事業「挑戦的萌芽研究(平成27年度)」、「若手研究(A)(平成25~27年度))」、公益財団法人 新世代研究所の2014年度研究助成による支援を受けて行った。

研究の内容

 電荷を持たない有機ナノチューブをドーパミン水溶液に添加してドーパミンを重合させても、コイル状のPDA(ナノコイル状PDA)は得られなかった。そのため、負電荷を持つ分子が少量混入した有機ナノチューブ(外径約190 nm、内径約70 nm、長さ800 nm~4 μm)を鋳型としたところ、ドーパミンが有機ナノチューブ表面に吸着して重合が進行し、PDA(太さ約100 nm)が有機ナノチューブにコイル状に巻き付いたナノコイル状PDAが作製できた(図2)。有機ナノチューブの外表面では負電荷がらせん状に局在化しており、そこにある割合で正電荷を帯びたドーパミンが吸着しながら重合が選択的に進行するためと考えられる。

 ナノコイル状PDAとの特性比較のため、幅約7.5 nmのナノファイバー状のPDA(外径約17 nm、長さ3 μmのナノチューブに内包されたもの)や、ナノ粒子状のPDA(粒径約400 nm)も同時に作製した(図2)。

ナノコイル状PDA、ナノファイバー状PDAとナノ粒子状のPDAの電子顕微鏡像の図
図2 ナノコイル状PDA、ナノファイバー状PDAとナノ粒子状のPDAの電子顕微鏡像

 光発熱性能を比較するためナノコイル状PDA、ナノファイバー状PDA、ナノ粒子状PDAをそれぞれ含む水分散液0.3 ml(PDA濃度:0.08 wt%)に、波長785 nmの近赤外レーザーを10分間照射した。照射後、ナノコイル状PDAの分散液では、ナノファイバー状やナノ粒子状に比べて、2倍以上の温度上昇が見られた(図3A)。このナノコイル状PDAの顕著な温度上昇は、コイル形状のPDAがアンテナの役割をすることで、ファイバー状あるいは粒子状に比べてより効果的に近赤外光を吸収し、発熱するためと考えている。さらに、ナノコイル状PDAを、培養したヒト子宮頸部(けいぶ)がん細胞(HeLa)に添加し近赤外レーザーを照射すると、約65 %の細胞が死滅した(図3B)。ナノコイル状PDAが細胞表面に多数吸着し、細胞の近くが高温になることで、がん細胞が死滅したと考えられる。有機ナノチューブだけでは、細胞の死滅率が低いことから、ナノコイル状PDAが優れた光発熱効果を示すことがわかった。

ナノコイル状PDAの発熱作用と培養がん細胞に対する死滅効果の図
図3 ナノコイル状PDAの発熱作用と培養がん細胞に対する死滅効果

 

今後の予定

 今後は、光発熱効果の効率向上や、各種のがん細胞に選択的に吸着させるための最適化とともに、正常細胞への安全性評価なども進める。また、今回発見したナノコイル状PDAの優れた光熱変換効果を活用し、太陽電池などの省エネルギー分野への応用も検討していく。

問い合わせ

国立研究開発法人 産業技術総合研究所
機能化学研究部門 界面材料グループ
研究員   丁 武孝  E-mail:ding-wuxiao*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)

ナノ材料研究部門 CNT機能制御研究グループ
主任研究員   都 英次郎  E-mail:e-miyako*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)



用語の説明

◆ポリドーパミン(PDA)
ポリドーパミン(PDA)は、酸素雰囲気中、アルカリ性条件下でドーパミンが酸化しながら自己重合した高分子であり、不活性で人体に無害とされている。現在、医療用コーティング材などへの利用が進められている。[参照元へ戻る]
ポリドーパミン(PDA)説明図
◆有機ナノチューブ(ONT)
中空シリンダー構造をもつナノサイズのチューブで、主に低分子量の有機分子の自己組織化で得られる。産総研では、サイズや特性の異なる各種の有機ナノチューブを開発しており、一部は、既に量産化と機能化にも成功している。[参照元へ戻る]
◆近赤外レーザー
レーザーとは、光を増幅して放射するレーザー装置、またはその光のことである。レーザー光は指向性や収束性に優れており、発生する光の波長を一定に保つことができる。特に、700~1500 nm(1400~1480 nmの水の吸収帯を除く)の近赤外領域の波長の光は皮下まで到達し、生体透過性が高いことが知られている。[参照元へ戻る]
◆カーボンナノチューブ
飯島澄男博士らのグループが1998年に発見したカーボンナノチューブ(CNT)は、炭素によって作られる六員環ネットワーク(グラフェンシート)が単層あるいは多層の同軸管状になったナノ物質である。[参照元へ戻る]
◆金ナノロッド
棒状構造を有する金ナノ粒子のこと。その特徴的な光学特性から、生物学や工学的分野において広く応用されている。[参照元へ戻る]
◆インドシアニングリーン
多数の二重結合を有する蛍光色素であり、眼科での蛍光眼底造影検査、発熱を利用した色素増強光凝固が行われている。[参照元へ戻る]
インドシアニングリーン説明図
◆ポルフィリン誘導体
ピロールが4つ組み合わさってできた環状構造を持つ有機化合物の誘導体。[参照元へ戻る]
ポルフィリン誘導体説明図