国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)地圏資源環境研究部門【研究部門長 中尾 信典】中島 善人 上級主任研究員は、肉用牛の僧帽筋の脂肪交雑(霜降り)の程度を、牛が生きたままの状態で計測できる核磁気共鳴装置のプロトタイプを開発した。このプロトタイプは、従来技術では困難であった、肉用牛の霜降り状態を生きたまま計測できる。今回開発した技術は、牧場でのより効率的な肥育プログラムの改善や競り市でのより正確な価格評価への応用が期待される。
なお、この技術の詳細は、2015年3月18日に学術誌Applied Magnetic Resonanceで公開された。
|
今回開発したプロトタイプによる肉用牛の霜降り状態の計測イメージ |
黒毛和牛に代表される肉用牛では、脂肪交雑の程度(図1)が、肉質等級、ひいては取引価格を決める重要な指標の一つである。飼料の種類や量が脂肪交雑にどのような影響を及ぼしてるかを正確に評価するには、牧場で牛の脂肪交雑の経年変化を追う必要がある。また、競り市に出た肉用牛の適正な価格を正確に把握するには、と畜前に脂肪交雑の程度を計測しなければならない。これらのニーズに応えるため、短時間に牛の脂肪交雑を非侵襲計測できる装置が求められている。現状では、超音波画像診断装置で脂肪交雑をスキャンする手法が主流であるが、脂肪と筋肉の混合比率を定量的に計測することは原理的に困難であり、新しい原理による脂肪交雑の計測法が望まれていた。
|
図1 黒毛和牛の僧帽筋
画像寸法は、約4 cm x 10 cm。筋肉(赤)と脂肪(白)の交雑が確認できる。 |
産総研では、資源開発・地盤工学に応用するため、片側開放型という特殊な形状の磁石を採用したプロトン核磁気共鳴スキャナーを開発してきた。これにより、大きな物体でもその表面から数cm内部の部位を非侵襲スキャンできる(図2)。例えば、油田から採取した岩石試料中の原油と海水の識別や、重油で汚染された土壌試料中の重油と地下水の識別である。これらの応用では、水分子と油分子をプロトン緩和時間の長短で識別している。
幸いなことに、この緩和時間による物質識別の原理は、肉用牛の脂肪交雑計測にも適用できる。すなわち、脂肪組織中の脂肪分子と筋肉組織中の水分子を、プロトン緩和時間の違いから定量的に識別できる。筋肉は、タンパク質などの水以外の物質も含むが、水とタンパク質の比は一定なので、水分量から筋肉量が推定できる。今回、産総研ハイテクものづくりプロジェクトにより、肉用牛の脂肪交雑計測用の片側開放型プロトン核磁気共鳴スキャナーを開発することにした。
|
図2 磁石と高周波コイルからなるセンサーユニットの概略図
探査深度は3 cm、感度領域サイズは1.9 x 1.9 x 1.6 cm3(画面に垂直方向に1.9 cm)。 |
今後の展開として、生きた肉用牛の計測を検討中である。また、今回開発した装置は、肉用牛の霜降り計測専用ではなく、牛の筋炎といった大型家畜の病気の非侵襲診断にも使える可能性がある。脂肪交雑が重要視されているブランド豚やマグロ(トロ)などへの適用、さらに、高級食材だけではなく、水と油を含む大きな物体をその場で非破壊計測できる特性を生かして、老朽化したインフラのメンテナンス(トンネル壁をスキャンして水をふくむ空洞を検出)や油汚染土壌試料の計測(石油を含む部位の検出)など土木方面への応用も行いたい。
国立研究開発法人 産業技術総合研究所
地圏資源環境研究部門 物理探査研究グループ
上級主任研究員 中島 善人 E-mail: