発表・掲載日:2015/05/18

牛の霜降り状態を計測できる核磁気共鳴スキャナーを開発

-生きている牛の計測が可能に-

ポイント

  • 肉用牛の霜降りを、生きたまま計測できる非侵襲タイプの核磁気共鳴スキャナーを開発
  • 約10秒で、筋肉中の水分量と脂肪量を±約10 wt%の誤差で計測可能
  • 牧場での牛の肥育プログラムの改善や競り市での正確な価格評価に貢献


概要

 国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)地圏資源環境研究部門【研究部門長 中尾 信典】中島 善人 上級主任研究員は、肉用牛の僧帽筋脂肪交雑(霜降り)の程度を、牛が生きたままの状態で計測できる核磁気共鳴装置のプロトタイプを開発した。このプロトタイプは、従来技術では困難であった、肉用牛の霜降り状態を生きたまま計測できる。今回開発した技術は、牧場でのより効率的な肥育プログラムの改善や競り市でのより正確な価格評価への応用が期待される。

 なお、この技術の詳細は、2015年3月18日に学術誌Applied Magnetic Resonanceで公開された。

今回開発したプロトタイプによる肉用牛の霜降り状態の計測イメージ図
今回開発したプロトタイプによる肉用牛の霜降り状態の計測イメージ


開発の社会的背景

 黒毛和牛に代表される肉用牛では、脂肪交雑の程度(図1)が、肉質等級、ひいては取引価格を決める重要な指標の一つである。飼料の種類や量が脂肪交雑にどのような影響を及ぼしてるかを正確に評価するには、牧場で牛の脂肪交雑の経年変化を追う必要がある。また、競り市に出た肉用牛の適正な価格を正確に把握するには、と畜前に脂肪交雑の程度を計測しなければならない。これらのニーズに応えるため、短時間に牛の脂肪交雑を非侵襲計測できる装置が求められている。現状では、超音波画像診断装置で脂肪交雑をスキャンする手法が主流であるが、脂肪と筋肉の混合比率を定量的に計測することは原理的に困難であり、新しい原理による脂肪交雑の計測法が望まれていた。

黒毛和牛の僧帽筋の写真
図1 黒毛和牛の僧帽筋
画像寸法は、約4 cm x 10 cm。筋肉(赤)と脂肪(白)の交雑が確認できる。

研究の経緯

 産総研では、資源開発・地盤工学に応用するため、片側開放型という特殊な形状の磁石を採用したプロトン核磁気共鳴スキャナーを開発してきた。これにより、大きな物体でもその表面から数cm内部の部位を非侵襲スキャンできる(図2)。例えば、油田から採取した岩石試料中の原油と海水の識別や、重油で汚染された土壌試料中の重油と地下水の識別である。これらの応用では、水分子と油分子をプロトン緩和時間の長短で識別している。

 幸いなことに、この緩和時間による物質識別の原理は、肉用牛の脂肪交雑計測にも適用できる。すなわち、脂肪組織中の脂肪分子と筋肉組織中の水分子を、プロトン緩和時間の違いから定量的に識別できる。筋肉は、タンパク質などの水以外の物質も含むが、水とタンパク質の比は一定なので、水分量から筋肉量が推定できる。今回、産総研ハイテクものづくりプロジェクトにより、肉用牛の脂肪交雑計測用の片側開放型プロトン核磁気共鳴スキャナーを開発することにした。

磁石と高周波コイルからなるセンサーユニット概略図
図2 磁石と高周波コイルからなるセンサーユニットの概略図
探査深度は3 cm、感度領域サイズは1.9 x 1.9 x 1.6 cm3(画面に垂直方向に1.9 cm)。

研究の内容

 元来、脂肪交雑は、ロース芯(胸最長筋)の霜降り状態で決まるが、牛のロース芯は体表から10 cm以上も深いところにあり、片側開放型のプロトン核磁気共鳴スキャナーで計測するのは技術的に困難である。今回は、代替案として、より体表に近い筋肉である僧帽筋(牛の体表から約3 cmの距離にある)を対象に開発を行った。片側開放型用の希土類永久磁石と高周波コイルを設計・製作し、高周波ノイズ対策を施して、図3に示すプロトタイプを製作した。感度領域のサイズは、1.9 x 1.9 x 1.6 cm3の直方体で、探査深度(センサー表面から感度領域の中心までの距離)は3 cmである(図2)。

 僧帽筋、サーロイン、テンダーロイン、赤身、脂肪塊など計17個の牛肉ブロックの試料(約8 x 8 x 8 cm3)を今回開発した装置で計測した。計測したプロトン緩和波形データの例を図4に示す。脂肪をほとんど含まない赤身試料(モモ肉)の緩和時間は短く(61 ms)、いっぽう赤身(筋肉)をほとんど含まない脂肪塊の試料の緩和時間は長かった(141 ms)。霜降り肉である僧帽筋試料は、脂肪と赤身の混合物なので緩和波形は、緩和時間61 msの波形と緩和時間141 msの波形の混合と考えられる。その混合比を最小二乗法によるカーブフィッティングにより求めると、図1の僧帽筋試料の脂肪交雑は、脂肪57 wt%、筋肉39 wt%と推定された(誤差があるので和は100 wt%にはならない)。別の計測手法との比較により評価した、脂肪量と水分量の推定誤差は±約10 wt%であった(図5)。また、1試料の計測に要する時間は約10秒と短時間であり、牛を静止させるための鎮静剤や麻酔剤は不要と思われる(動物福祉の観点に沿っている)。このように今回開発した片側開放型プロトン核磁気共鳴スキャナーは、僧帽筋の位置(センサー表面から約3 cmの深度)の脂肪交雑を短時間・高精度で非侵襲計測できる。

 このプロトタイプは、時間領域型(イメージングを行わない)であり、また、永久磁石を用いているので、低コストで小型・ポータブルなシステムである。そのため、可搬性が要求されるニーズ(例えば牧場から牧場に装置を移動して計測を繰り返す)にも対応できるであろう。

開発したプロトタイプの装置全体写真

開発したプロトタイプのセンサーユニット写真
図3 開発したプロトタイプ
(a)装置全体。PC、高周波増幅器、送受信機を搭載したコンソール(制御卓)とセンサーユニットがBNCケーブルで接続されている。(b)青いプラスチックカバー(直径約30 cm)のついた希土類永久磁石と平面型の高周波コイルからなるセンサーユニット。

開発したプロトタイプによる牛肉試料のプロトン緩和波形計測結果例の図
図4 開発したプロトタイプによる牛肉試料のプロトン緩和波形計測結果例

17試料の脂肪量の計測結果の図

17試料の水分量の計測結果の図
図5 17試料の(a)脂肪量と(b)水分量の計測結果
水分量を1.37倍して換算した筋肉量を、bの座標軸に示した。縦軸は、図3の装置で計測した数値。横軸は、従来の計測手法による真の値。赤い矢印は図1の僧帽筋試料のデータを示している。なお、実線は誤差ゼロを示し、点線は誤差±10 wt%を示している。

今後の予定

 今後の展開として、生きた肉用牛の計測を検討中である。また、今回開発した装置は、肉用牛の霜降り計測専用ではなく、牛の筋炎といった大型家畜の病気の非侵襲診断にも使える可能性がある。脂肪交雑が重要視されているブランド豚やマグロ(トロ)などへの適用、さらに、高級食材だけではなく、水と油を含む大きな物体をその場で非破壊計測できる特性を生かして、老朽化したインフラのメンテナンス(トンネル壁をスキャンして水をふくむ空洞を検出)や油汚染土壌試料の計測(石油を含む部位の検出)など土木方面への応用も行いたい。

問い合わせ

国立研究開発法人 産業技術総合研究所
地圏資源環境研究部門 物理探査研究グループ
上級主任研究員   中島 善人  E-mail:nakashima.yoshito*aist.go.jp(*を@に変更して使用して下さい。)



用語の説明

◆僧帽筋
牛の背中の首・肩付近の体表から約3 cm奥にある筋肉。僧帽筋とロース芯とは脂肪交雑の程度に相関があるので、ロース芯のかわりに僧帽筋を計測して脂肪交雑を評価できる。[参照元へ戻る]
◆脂肪交雑
図1のように、脂肪組織(サシ)が筋肉組織(赤身)の間に不規則で細かい網の目のようになって混ざっている状態。霜降りともいう。脂肪交雑が発達している肉は、霜降り肉とよばれ高い経済的価値を生む。[参照元へ戻る]
◆核磁気共鳴
Nuclear Magnetic Resonance(略称はNMR)とよばれる分光法の一種。静磁場中に置かれた原子核のスピンの歳差運動を、共鳴周波数に相当するラジオ波を用いて計測する。今回は、水分子や脂肪分子にふくまれる水素原子の核(プロトン)をターゲットとしている。[参照元へ戻る]
◆と畜
牛などの家畜を殺すこと。[参照元へ戻る]
◆超音波画像診断装置
超音波を体表から照射して、音響インピーダンスが異なる器官・組織の境界で反射してきた超音波を検出することで、体内を映像化する診断装置。[参照元へ戻る]
◆片側開放型
核磁気共鳴装置の一種。通常の核磁気共鳴装置では、例えば2つの磁石の磁極間に試料を設置して計測する。この配置では精密な計測が可能であるが、牛やトンネル壁のような磁極間に収まらない大きな物体は計測できない。磁石を1つに減らして磁石の反対側を開放し、大きな物体でも表面を非破壊計測できるように工夫したのが、片側開放型の核磁気共鳴装置である。[参照元へ戻る]
◆緩和時間
核磁気共鳴法では、共鳴周波数のラジオ波で励起された原子核のスピンは、その後熱平衡状態に向かって緩和する。その緩和の時定数を緩和時間という。[参照元へ戻る]