独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)バイオメディカル研究部門【研究部門長 近江谷 克裕】脳機能調節因子研究グループ 大塚 幸雄 主任研究員と国立大学法人 大阪大学大学院 医学系研究科 岡村 康司 教授、国立大学法人 東北大学大学院 医学系研究科 勝山 裕 講師は、海のパイナップルと呼ばれているホヤの感覚神経がヒトの目や耳などの感覚器とほとんど同じ仕組みによって作られることを明らかにした。これは、ホヤと脊椎動物の祖先が分かれた約5億年前にさかのぼる感覚器の進化の謎を解く重要な成果であり、ホヤが脊椎動物の感覚器の形成過程を研究するための単純なモデル系であることを示した。この成果は、今後ヒトの先天的な感覚器の障害が発症する仕組みを解明することにもつながると期待される。
本研究成果の詳細は平成26年10月7日に英国の学術誌Developmentに掲載された。
感覚器の奇形や欠損などの原因として、神経堤とプラコードと呼ばれる構造の形成不全が知られている。そのため、神経堤やプラコードの形成過程の解明は障害の発症メカニズムの理解や治療法の開発に貢献すると期待される。しかし、形成過程が複雑であるため解明されていない点が数多く残されている。そこで、神経堤とプラコードの形成過程を研究するための単純なモデル系の創出が期待されている。
産総研では、脊椎動物と共通の祖先をもつホヤを使って、神経系が形成される仕組みの解明に取り組んできた。これまでに、ホヤ幼生の感覚神経が分化したことを示す分子マーカーを同定し、ホヤ幼生の頭部に機械的な刺激を感じる10個の感覚神経があることを明らかにしている。
なお本研究は、独立行政法人 日本学術振興会 科学研究費補助金 若手研究Bによる支援を受けて行った。
ヒトの頭には脳があり、顔には目、耳、鼻といった感覚器があるが、このような構成の神経系は脊椎動物にしか見られない。脊椎動物の神経系は、後期嚢胚の神経板と呼ばれる構造から脳などの中枢神経系が作られ、神経板と表皮領域の境界部分(神経板境界)にある神経提とプラコードからは頭部感覚神経や感覚器が作られている(図2)。神経板はホヤなどの無脊椎動物にもあるが、神経提とプラコードは脊椎動物にしかなく、神経提とプラコードの形成過程の解明は脊椎動物の進化を解く重要な鍵と考えられている。この研究では、神経堤とプラコードがない無脊椎動物のなかで進化的に最も脊椎動物に近いホヤを使って幼生の感覚神経が作られる初期段階の仕組みを解明することで、神経堤とプラコードの進化的起源を探ることに取り組んだ。
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図2 ホヤと脊椎動物の神経誘導の比較 |
ホヤ幼生頭部の10個の機械的な刺激を感じる感覚神経が後期嚢胚の神経板境界から作られるかどうかを調べるため、神経板境界の細胞を蛍光色素で標識し、標識された細胞が幼生のどの細胞になるかを追跡した。その結果、神経板境界にある6個の細胞から幼生頭部の感覚神経が作られることが分かった(図3)。
さらに、これらの感覚神経が作られるには神経板から分泌されるBMPというシグナル分子の量が適切でなければならないことが分かった。これは脊椎動物の感覚神経の形成過程と同じであることから、感覚神経形成の初期過程はホヤと脊椎動物で共通であると言える。
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図3 ホヤ幼生頭部の感覚神経が作られる仕組み |
後期嚢胚(上)の神経板境界に存在する6個の細胞(緑色)が適切な量のBMPシグナル分子を受け取ることにより幼生頭部の10個の感覚神経(下)ができる。 |
今回の成果により、脊椎動物の神経系を作り出す基本的なしくみはホヤと脊椎動物の祖先が分かれた約5億年前のカンブリア紀に確立されていたが、その後の進化の過程で現在の「脊椎動物らしい」神経系に進化したことが分かってきた。神経堤とプラコードの形成過程や進化的起源の解明に向けて今後さらなる進展が期待される。
今後、ホヤ幼生の感覚神経ができる仕組みをさらに解明し、ホヤが神経堤とプラコードの形成過程を研究するのに適したモデル系であることを立証していく。
独立行政法人 産業技術総合研究所
バイオメディカル研究部門 脳機能調節因子研究グループ
主任研究員 大塚 幸雄 E-mail:y-ohtsuka*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)