独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 中鉢 良治】(以下「産総研」という)計測フロンティア研究部門【研究部門長 大久保 雅隆】精密結晶構造解析グループ 藤久 裕司 主任研究員らは、国立大学法人 大阪大学【総長 平野 俊夫】(以下「大阪大学」という)極限量子科学研究センター【センター長 戸部 義人】、公益財団法人 高輝度光科学研究センター【理事長 白川 哲久】と共同で、元素中で最高の超伝導転移温度(Tc)を持つ超高圧下のカルシウムの結晶構造を明らかにした。
2011年に大阪大学では210 GPa(約210万気圧)以上の超高圧力下でカルシウムのVII相が存在すること、また、そのTcが元素中で最高の29 Kを示すことを報告していたが、その結晶構造は未確定であった。今回、大型放射光施設SPring-8での粉末X線回折実験と量子化学計算を併用することによりカルシウムVII相の結晶構造を解析し、ユニークで複雑なホスト・ゲスト構造をもつことを明らかにした。
この結晶構造を基にカルシウムが元素最高のTcを示す理由が論理的に解明され、科学的にも産業的にも要望されているTcのより高い物質の設計につながることが期待される。
この成果の詳細は米国科学雑誌 Physical Review Lettersの2013年6月7日号に掲載された。
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今回解析したカルシウムVII相の結晶構造
緑色で示したホスト構造と青色と茶色で示したゲスト構造が組み合わさっている。 |
超伝導物質は低温下で電気抵抗がゼロになる特性により、基礎研究のみでなく電力、情報通信、医療、交通などの広い産業領域で応用が期待されている。そのため高い超伝導転移温度(Tc)をもつ新しい物質の探索は世界中で競争的に行われている。
一方、単一元素の超伝導の研究は物理現象の単純化、とりわけ超伝導機構解明の基礎となるため、重要視されている。100以上ある元素のうち、水銀をはじめとする30元素は低温下で超伝導性を示す。それぞれの元素に圧力を加えていくと、常圧では超伝導にならなかった元素も超伝導になり、現在までに合計53種類もの元素が超伝導性を示すことが確認されており、アルカリ土類金属のカルシウムもその一つである。
大阪大学では、これまでカルシウムについて高圧下での超伝導測定と粉末X線回折実験を行い、圧力変化に伴い逐次相転移して、200 GPa以上の超高圧力でVII相が出現し、それが元素中で最高のTcである29 Kを示すことを見いだしていた(図1)。他のほとんどの元素のTc は数K程度であるのに対し、カルシウムのTcが極めて高い理由は未だ明らかになっていない。また、VII相の結晶構造はカリウム、ストロンチウム、バリウムなどに見られるホスト・ゲスト構造と同じであろうと理論予想されていたが、実験的にはこれが正しいかどうかは確認されていなかった。
産総研では、微小な試料、軽元素化合物、高温、低温、高圧などの特殊環境下における試料の粉末X線回折実験とそれからの結晶構造の解析を行ってきた。通常の理想的な試料での実験、解析とは異なり、微弱な回折強度、制約された回折角の問題を克服しながら試料の結晶構造情報を得ることを目指している。
今回、大型放射光施設SPring-8において測定したカルシウムVII相の結晶構造解析を3機関の共同で行った。結晶構造の確定は超伝導だけでなく物性研究を進める上で最重要課題である。
本研究の一部は、独立行政法人 日本学術振興会 最先端・次世代研究開発支援プログラム (課題番号:GR068)、科学研究費助成金 基盤研究(S) (課題番号:19104009)、グローバルCOEプログラム (物質の量子機能解明と未来型機能材料創出)、SPring-8 (課題番号:2009A1893、 2011B0038)によって行われた。
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図1 カルシウムの遂次相転移の様子
III相から超伝導体となる。TcはV相で一度わずかに低くなるものの再度上昇し、VII相では元素中最高の29 Kに達する。VII相の結晶構造内の「?」は理論予測のみで、未確定であることを示す。 |
高圧下での粉末X線回折実験を行うため、ダイヤモンドアンビルセルを用いて高圧を発生させた。ダイヤモンドアンビルセルの試料サイズは直径40 µm、厚さ15 µmと極めて小さく、回折強度が弱い。そのため、X線源として大型放射光施設SPring-8のビームラインBL10XUの高輝度放射光を用い、また、検出器にはイメージングプレートを用いることで粉末X線回折パターンを測定することができた。カルシウムは210 GPaからVII相への相転移が始まる。相転移が完了した241 GPaでの粉末X線回折パターンを用いて結晶構造解析を行った。カリウムなどの既知のホスト・ゲスト構造(図2(a))や理論予測されている構造モデルを使ってリートベルト解析を行ったが、実測の回折パターンには十分に一致しなかった。そこで、既知のホスト・ゲスト構造の格子を4倍にしたモデルを作成し、ゲスト原子の位置を最適化するリートベルト解析を行ったところ、実測の回折パターンと良く一致する回折パターンを示す構造モデルが得られた(図2(b))。そしてカルシウムVII相の結晶構造は、既知のホスト・ゲスト構造や理論予測された構造モデルとは異なった新しいものであることが分かった。
試料サイズが極めて小さいため、高輝度放射光を用いても回折強度は微弱であった。また、今回の構造モデルは結晶格子中に128個の原子を含んでおり、リートベルト解析だけでは高精度に原子の位置を決定することは難しい。そこで、リートベルト解析で得られた原子の位置を初期値とした量子化学計算の一種である密度汎関数理論(DFT)計算による構造最適化を行ったところ、構造最適化前後での原子の位置は良く一致した。また、得られた構造について内部圧力計算を行ったところ、実験に用いた圧力を良く再現することができた。このようにリートベルト解析とDFT計算の双方の利点を生かして、構造を解析することができた。
図2(a)下で示すように、ホスト・ゲスト構造では茶色で示したゲスト原子は縦方向にチェーン状につながっている。図2(b)下のカルシウムVII相の構造では、チェーン方向に異なる高さを持つ2種類のゲスト分子が存在する。これらをA(茶色)、 B(青色)と区別してある。A同士、B同士を結ぶと実線正方形で示したユニークなパターンが表れる(図2(b)上)。このようなチェーンの規則正しい配列はホスト・ゲスト原子間距離がホスト・ホスト原子間距離と同程度にまで近づいたことにより出現したと考えられる。得られた構造から241 GPaでの1原子あたりの体積を求めると、常圧時の体積の約5分の1になっていた。つまり密度は約5倍になっていたことになる。
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図2 (a)カリウムなどで出現する既知のホスト・ゲスト構造
上下の図は異なる2方向から見た様子を示す。
(b) 今回解析されたカルシウムVII相の241 GPaでの結晶構造
どの球もカルシウム原子であるが、緑色はホスト構造、青色と茶色はゲスト構造を構成する原子を表す。 |
この研究成果から得られた結晶構造を元にTcの計算をすることで、超伝導と結晶構造の関連性解明に重要な情報を与えることが可能となる。さらに、従来よりも高いTcを持つ物質、つまり新たな高温超伝導体の設計に成功すれば、高性能マグネット用線材や、送電ロスの極めて少ない送電ケーブルへの応用が期待される。
今回、優れた高圧力実験技術、高輝度放射光源、結晶構造解析技術を持った3機関の連携により、カルシウムVII相の構造解析の成功に至った。
200 GPaを超える高圧力下での複雑な結晶構造を解明したことにより、他の元素についても新しい相の探索と結晶構造の解明を進めてゆく予定である。また、われわれの結晶構造解析技術は高圧力に関連した分野のみでなく、合成されたばかりの新物質でも微量な粉末のまま適用が可能であるので、超伝導体、リチウムイオン電池材料、水素吸蔵材料などの構造解析にも役立ててゆく予定である。
独立行政法人 産業技術総合研究所
計測フロンティア研究部門 精密結晶構造解析グループ
主任研究員 藤久 裕司 E-mail:hiroshi.fujihisa*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)