発表・掲載日:2013/03/26

体内時計が肝臓の代謝を制御

-肝臓の糖代謝を制御する鍵となる分子を発見-

ポイント

  • 肝臓の働きの鍵となる分子C/EBPαが、体内時計に制御されることを発見
  • C/EBPαの遺伝子上流に制御タンパク質CLOCKが結合し、発現リズムを形成
  • 体内時計と肝臓の糖代謝の関係解明に貢献

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)バイオメディカル研究部門【研究部門長 近江谷 克裕】石田 直理雄 上級主任研究員らは体内時計に制御される分子C/EBPαをマウスの肝臓で発見した。

 生化学的解析により、C/EBPαは肝臓で24時間活動している遺伝子の産物であり、この遺伝子の上流に、時計遺伝子のひとつ、Clockの産物である制御タンパク質が結合する配列を見つけた。この発見は、体内時計が肝臓でのグリコーゲン貯蔵や脂質代謝制御と関係がある可能性を示す。なお、この発見の詳細は、2013年6月25~30日にアイルランドで開催される第22回国際行動学会議で発表される。また、米国のオンライン雑誌PloS ONEに掲載された(PloS ONE Vol 8 (3), e58221(2013))。

体内時計と肝臓で代謝を制御する鍵となる分子C/EBPαの図
体内時計と肝臓で代謝を制御する鍵となる分子C/EBPα

開発の社会的背景

 現在、先進諸国ではメタボリックシンドロームが問題視されており、日本でもその増加が問題になっている。これまで、食生活の西洋化による摂取カロリーの増加が原因と考えられていたが、最近の研究により、それだけでは説明できないことが明らかにされてきている。現在、原因として注目されているのが日本人の生活の夜型化による生活リズムの乱れである。

研究の経緯

 産総研はこれまでマウスやショウジョウバエの体内時計遺伝子を発見し、その分子機構を研究してきた。その過程で体内時計遺伝子が、肝臓の脂質や糖の代謝に大きな影響を与えていることを発見した。2010年には、時計タンパク質グリコーゲン合成酵素を1日のリズムに合わせて発現させる分子機構を見出している。

研究の内容

 今回、網羅的遺伝子解析と生化学的分析から、時計タンパク質とグリコーゲン合成酵素の間に、肝臓の糖・脂質代謝の中核的な役割を担う鍵分子C/EBPαが存在することを見出した。

 マウスの肝臓における分子C/EBPαの発現の経時的な変化を図1に示す。正常なマウスでは、遺伝子発現に明らかな日内リズムが見られ、日中は発現率が高まっている。一方、時計遺伝子Clockに変異のあるマウスでは、1日を通じて発現にはほとんど変動せず、平坦な発現パターンが見られ、発現率も低かった。これは、肝臓の代謝を担うC/EBPαの発現が時計遺伝子に制御されている可能性を示唆している。

時計遺伝子によるC/EBPαの発現レベルの変化の図

図1 時計遺伝子によるC/EBPαの発現レベルの変化

発現量を相対値として表した。正常なマウスにおける遺伝子の最大発現時(8時間)での平均値を100 %とした。

 そこでC/EBPαの遺伝子配列を調べた結果、E-ボックスと呼ばれる配列が2つ、C/EBPαの遺伝子発現の制御領域に存在することを発見した。そこで、C/EBPαの制御領域の下流にリポーター遺伝子を連結し、リポーター遺伝子の発現が、培養細胞中で時計遺伝子の発現と同様に24時間周期で振動することを確認した(図2(1))。一方、2つのE-ボックス配列に変異を導入し、制御タンパク質CLOCKが結合できなくしたところ、この振動は見られなくなった。これらの事実から、時計遺伝子は、E-ボックスを通じてタンパク質の生産を促進し、C/EBPαの発現を制御していることが確認できた。さらに、時計遺伝子の産物である制御タンパク質CLOCKが、C/EBPαの発現パターンと同期して、これらE-ボックスに直接結合することも確かめた。

C/EBPα遺伝子の下流に導入したリポーター遺伝子の発現量の図

図2 C/EBPα遺伝子の下流に導入したリポーター遺伝子の発現量

(1)正常、(2)E-ボックスに変異を導入した。縦軸はベースラインに対する発現量の変動を表し、横軸は培養時間を表す。

 C/EBPαを正常に機能させるには、それを制御する時計遺伝子を正常に機能させる必要がある。体内時計は、朝、光を浴びる事によってリセットされる。C/EBPαが肝臓で制御する遺伝子の中には、朝は食物を分解してエネルギーを得るように機能するが、夜は逆にエネルギーを肝臓内に蓄積するように働いていると考えられるものがある。健康な生活のためには時計遺伝子が正常なリズムを形成し、肝臓などの臓器がそのリズムに伴って働くことが重要であると考える。

規則正しい生活で体内時計を動かす事が健康の要ということを説明した図

図3 規則正しい生活で体内時計を動かす事が健康の要

規則正しい生活で体内時計を動かす事が健康の要である。体内時計は規則正しい生活で正常に働く。体内時計が狂うと、それによってコントロールされる代謝遺伝子も正常に機能しなくなる。

 今回の発見は、肝臓で代謝の中核的な役割を担う分子 C/EBPαが、時計遺伝子によって発現が制御されていることを初めて実証したものである。夜中の飲食や不規則な生活が肥満の原因になるというのは、経験的に知られているが、これが分子生物学的にも関わりがあるという可能性が考えられる。つまり、エネルギーを蓄積するよう代謝が働く夜間に食事を摂れば太りやすくなり、体内時計の変調もまた代謝に悪影響を与えるからである。以上のことからC/EBPαが正常に機能しなくなると、メタボリックシンドロームや肝硬変などの影響を与える可能性がある。

今後の予定

 今後、代謝を制御する鍵となるC/EBPαと肝臓の働きについての研究を進め、関係性を明らかにしていく。

問い合わせ

独立行政法人 産業技術総合研究所
バイオメディカル研究部門
上級主任研究員 石田 直理雄  E-mail:n.ishida*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)



4.用語解説

◆C/EBPα
代謝の中核的な役割を担う転写を制御する因子。肝臓におけるグリコーゲン合成や糖新生、脂肪の蓄積などに関わるさまざまな遺伝子の発現をコントロールしている。[参照元に戻る]
◆生化学的分析
生命現象を化学的な手法によって分析すること。[参照元に戻る]
Clock
体内時計を構成する複数の時計遺伝子の一つ。制御タンパク質CLOCKを生産し、E-ボックスと呼ばれるDNA配列に結合させることで、その下流の遺伝子の発現を制御する。[参照元に戻る]
◆体内時計
ほぼ24時間の周期で振動する、生物が細胞内に持つ自律的な時計機能の事。外部環境と同調するが、これが正常に機能しない場合、時差ボケなどの体調不良が起きる。[参照元に戻る]
◆グリコーゲン
一時的に肝臓で蓄積しておくためにグルコース(ブドウ糖)が重合したもの。必要に応じてブドウ糖に戻る。[参照元に戻る]
◆メタボリックシンドローム
代謝症候群。何らかの原因で体内の糖・脂肪・タンパク質・ビタミンなどの代謝に変調をきたすこと。肥満、糖尿病、高血圧などの原因となる。[参照元に戻る]
◆時計タンパク質
体内時計を構成する遺伝子にコードされる転写因子(タンパク質の一種)。[参照元に戻る]
◆グリコーゲン合成酵素
主に肝臓でグルコースを基質にしてグリコーゲンを合成する酵素。[参照元に戻る]
◆発現
遺伝子の情報にしたがって、RNAやタンパク質が合成され、それが細胞の構造体として、もしくは、酵素や制御因子などとして特有の機能を発揮すること。[参照元に戻る]
◆網羅的遺伝子解析
特定の条件下にある組織や細胞で発現する、ほぼ全ての遺伝子を特定する技術。[参照元に戻る]
◆E-ボックス
時計タンパク質CLOCKが認識して結合するDNAの配列のこと。[参照元に戻る]
◆制御領域
一群の遺伝子の上流のDNA上にある制御因子の結合部位。結合する制御因子の種類により、遺伝子の読み出し(転写)の開始、促進、抑制などが起こり、下流の一群の遺伝子の発現が制御される。調節領域とも呼ばれる。[参照元に戻る]
◆リポーター遺伝子
プロモーターの下流に結合させて、そのプロモーターの働きを調べる事を目的とした遺伝子。リポーター遺伝子は、ある条件下で発光を促すなどの機能があるため、それを測定することによって遺伝子発現量を知ることができる。[参照元に戻る]