発表・掲載日:2012/11/02

レーザー集中均一加熱を利用した高品質単結晶育成技術

-育成困難な単結晶を安定して育成し、高品質化する-

ポイント

  • レーザーダイオードを用いるため集光度が向上し、加熱域以外での不要な反応を抑制
  • 奇数個のレーザーを用いることで加熱が均一になり高品質単結晶が育成可能
  • 育成困難な新機能を示す結晶の研究開発と製造プロセスの効率化への貢献に期待

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)電子光技術研究部門【研究部門長 原市 聡】強相関エレクトロニクスグループ 伊藤 利充 主任研究員、富岡 泰秀 主任研究員は、株式会社 クリスタルシステム【代表取締役社長 進藤 勇】(以下「クリスタルシステム」という)、ミヤチテクノス 株式会社【代表取締役社長 小宮山 邦彦】(以下「ミヤチテクノス」という)と共同で、奇数個のレーザーダイオード(LD)による集中均一加熱を用いた単結晶育成装置を開発し、従来の手法よりも安定した単結晶育成に成功した。今回開発した装置では、レーザーによって溶融すべき部分を集中的に加熱するため加熱域外の不要な反応が抑制され、溶融部への安定した原料供給を実現できた。さらに、LDを奇数個(7個)用いるので均一に加熱することが可能で、温度の不均一による結晶性の劣化を回避でき、高品質な結晶を作製できる。この装置を用いて、従来は結晶育成が難しかったビスマスフェライト、また、銅酸化物高温超伝導体などの単結晶育成とその高品質化に成功した。

 この技術により、高品質な結晶の作製が可能となり、新機能を示す材料の開発において大幅な効率の向上が期待できる。また、低消費電力で、少量多品種製造に適したオンデマンド型製造プロセスへの貢献も期待される。

 この技術の詳細は、オランダの学術誌Journal of Crystal Growthに近日オンライン掲載される。

開発したレーザー集中均一加熱を利用した高品質単結晶育成装置の写真と概念図
開発したレーザー集中均一加熱を利用した高品質単結晶育成装置(左)と概念図(右)

開発の社会的背景

 シリコン、クオーツ(水晶)、ニオブ酸リチウムなどの単結晶は、集積回路、時計、携帯電話などの電子・光デバイスに活用され、人々の生活に欠かせないものとなっている。また、新機能を示す材料を薄膜化してデバイスとして利用するには、その材料の単結晶を用いた特性評価が重要である。さまざまな単結晶育成法の中でもフローティングゾーン(FZ)法は、汎用性があり、数ミリメートルから百ミリメートル程度の大きさの単結晶が得られるため、材料の研究開発やパワー半導体用シリコンなどのハイスペック用途の単結晶製造に用いられている。

 一方、FZ法の限界も認識されている。近年発見された機能材料では構成元素の種類が増える傾向にあり、そのため分解溶融材料となることが多い。分解溶融材料に従来のFZ法を適用すると融液が原料に深く浸透して、原料が劣化や変形してしまう。これによって、原料供給と単結晶の育成が不安定になって良質な単結晶が得られず、デバイス化のための研究開発が停滞する原因となっていた。そのため、新材料の研究開発の効率向上と、単結晶材料の産業応用を進める上で、結晶育成が難しい材料でも単結晶を安定して育成できる技術が期待されている。

研究の経緯

 産総研では、機能性酸化物を用いた新原理デバイスの研究開発を行っており、新機能を示す材料として近年注目されているマルチフェロイック材料のビスマスフェライトなどの単結晶作製とデバイスの開発に取り組んできた。ビスマスフェライトは分解溶融材料であり、従来のFZ法では単結晶育成が困難であった。そこで、単結晶製造技術を得意分野とするクリスタルシステム、レーザー加工技術を得意分野とするミヤチテクノスと共同で、レーザー集中均一加熱による単結晶育成技術の開発に取り組んだ。今回、奇数個のレーザーを用いた新しい単結晶育成装置を開発し、ビスマスフェライトなどの分解溶融材料の結晶育成と高品質化に成功し、そのような単結晶が再現性良く得られることを実証した。

 なお、この技術開発の一部は、内閣府総合科学技術会議により制度設計された独立行政法人日本学術振興会による最先端研究開発支援プログラム(FIRST)の「強相関量子科学」(中心研究者:十倉 好紀 東京大学大学院工学系研究科教授、平成22~25年度)の助成を受けて行ったものである。また、一部は独立行政法人日本学術振興会の科学研究費助成金(平成22~24年度)による助成を受けて行った。

研究の内容

 図1に従来のランプ集光加熱式のFZ装置の概念図を示す。このような装置の問題点は以下の3点に集約される。

(1)試料上下方向への広範囲な加熱:斜め入射光やフィラメントのサイズが原因となって集光が悪くなってしまう。そのため、溶融ゾーン以外の原料棒も加熱されて、融液が原料棒上部にまで深く浸透してしまい、原料棒の劣化や変形を引き起こし、原料供給や結晶育成が不安定になって良質な単結晶が得られない。

(2)試料回転方向での不均一な加熱:ランプに面した方向では照射強度が強くなるため、回転方向に温度の不均一が生じる。温度不均一の緩和と融液の撹拌のため、原料棒や育成結晶を回転させる必要があり、急激な温度変化や融液の一時固化によって結晶が劣化する原因となる。

(3)試料の偏心による温度変化:原料棒が中心軸からずれると、照射強度が弱くなって温度が降下する。それによって、結晶育成が不安定になったり、急激な温度変化が生じて結晶が劣化する原因となる。

ランプ集光加熱式のFZ法による単結晶育成法の概念図
図1 ランプ集光加熱式のFZ法による単結晶育成法の概念図

 これらの問題を解決するために、レーザー集中均一加熱を利用した高品質単結晶育成技術を考案した。図2にその概念図を示す。試料位置を中心とする水平な円周上にレーザーを等間隔に配置し、試料に向けてレーザービームを照射する。レーザービームはライトパイプを用いて、断面が長方形で内部では均一強度となるように成形され、ビームがほぼ平行に進行する。このような装置の特徴を以下に示す。

(1)溶融ゾーンを集中的に加熱:レーザービームを用いているので集光性が良く、試料上部(原料部分)への融液の浸透が抑制され、安定した原料供給や結晶育成が可能になる。

(2)試料回転方向での均一な加熱:レーザービームの数を増やして加熱の均一性を向上させる。ビーム数と均一度の関係をシミュレーションした結果(図3)、特にビームが奇数本の場合に均一性が高く、5本以上の奇数であれば実用上均一となった。融液の撹拌のために試料を回転させても、急激な温度変化による結晶の劣化や融液の一時固化を避けることができ、単結晶の高品質化が期待される。

(3)試料の偏心による温度変化の回避:レーザービーム幅を試料の径よりも大きくとることにより、偏心しても試料はレーザービーム内に留まり照射強度は変わらない。これによって安定した結晶育成が可能になり、急激な温度変化による結晶性劣化も回避できる。

レーザー集中均一加熱を利用した高品質単結晶育成技術の概念図
図2 レーザー集中均一加熱を利用した高品質単結晶育成技術の概念図
破線は試料を中心とした水平な円周。

レーザービームの本数と照射強度の均一度の関係図
図3 レーザービームの本数と照射強度の均一度の関係
均一度は、試料回転方向に沿った照射強度の最小値と最大値の比で定義した。

 以上の考察を基にして単結晶育成装置を開発した。レーザー光源として、高出力化が進み、価格が低減傾向にあるLDを7個用いた。出力は各最大50 Wで、合計で最大350 Wの出力となり、均一度は98 %と見積もられる。LDの出力はそれぞれ校正した上で、個別の電源で制御する。また、出力を安定させて、安定な結晶育成を実現するため、ペルチェ素子でLDの温度を精密に管理している。従来型の装置(例えば最大出力3 kW)に比べて出力がかなり低いにもかかわらず、融点が約2000 ℃のルビーも溶融することができる。これは、レーザーの良好な集光性のためと考えられ、エネルギー変換効率が非常に良いことを示している。LDを用いたFZ法であることから、この新しい単結晶育成技術をLDFZ法と命名した。

 開発した装置を評価するため、ビスマスフェライトの単結晶育成を行った。ビスマスフェライトは分解溶融材料であるため、従来のランプ集光加熱によるFZ法では、結晶育成時の原料棒への融液の浸透が深刻で、安定な結晶育成は困難であった。図4にLDFZ法による結晶育成の様子を示す。試料の原料棒と溶融ゾーンの境界は明瞭で、原料棒への融液の浸透はほとんど見られず、安定した原料供給・結晶育成が可能であった。また、溶融ゾーンと育成結晶の境界も水平で融液の一時的な固化なども見られず、育成結晶には単結晶特有の光沢があった。さらに従来に比べて再現性良く結晶育成が可能であり、育成した結晶の物性評価から、高品質の単結晶であることが確認できた。他にも、銅酸化物高温超伝導体やFZシリコンなどの高品質結晶が作製でき、今後、さらに多くの材料への適用が期待できる。同一装置で多種多様な結晶を再現性良く育成できるので、少量多品種製造に適した方法である。

LDFZ法によるビスマスフェライトの単結晶育成の様子の写真
図4 LDFZ法によるビスマスフェライトの単結晶育成の様子

今後の予定

 今後は、LDFZ法を使って、他の新機能を示す材料の高品質単結晶作製に取り組んでいくとともに、新機能を示す材料の物性解明や機能向上を実現して、新原理デバイスの研究開発基盤を構築していく。また、今回開発した高品質単結晶育成装置は今年度中に事業化される予定である。

問い合わせ

独立行政法人 産業技術総合研究所
電子光技術研究部門 強相関エレクトロニクスグループ
主任研究員  伊藤 利充  E-mail:t.ito*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)



用語の説明

◆レーザーダイオード(LD)
微細な共振器構造を伴った一種のダイオード(LED)であり、内部で光を増幅させてレーザー発振させる。半導体レーザーともいう。電力から光へのエネルギー変換効率が非常に良く、最大出力付近では50 %を越える効率となる。温度を一定に保った場合、LDの出力安定性は非常に良く、他のタイプのレーザーよりも高い安定性を示す。[参照元に戻る]
◆ビスマスフェライト
強誘電性と磁気秩序が共存することによって新機能を示す材料で、室温でその両方の特性を示す。両方の特性が絡み合うことにより、電場によって磁性を制御したり、磁場によって電気分極を制御できることから、新型メモリーやスピントロニクスへの利用が期待されている。化学式はBiFeO3[参照元に戻る]
◆フローティングゾーン(FZ)法
原料棒と単結晶の間に加熱された溶融ゾーンを挟み、原料棒を溶融ゾーンに溶かし込み、それと同量の単結晶を引き出して結晶を育成する方法。原料棒と単結晶に支えられてはいるが、るつぼなどを用いずに溶融ゾーンが浮遊しているように見えることから、フローティングゾーン法と呼ばれる。加熱法としては、ランプからの光をミラーで集光する光学加熱法、電磁誘導を用いた高周波加熱法が用いられてきた。今回用いたレーザー方式も光学加熱法の一種である。[参照元に戻る]
◆分解溶融材料
シリコンなどは温度を上昇し溶融させた後に冷却すると元のシリコンに戻る。それとは対照的に、温度上昇させると部分溶融して他の化合物に分解し、冷却しても元に戻らない材料もある。そのような材料のことを分解溶融材料という。構成元素の種類が多い場合に分解溶融材料となりやすい。そのような材料は組成の異なる融液と共存させると高温でも分解しないことが知られ、融液から結晶化させることが多い。そのような結晶育成法では一般に融液と結晶が共存できる温度範囲が広いため、融液が原料の比較的低温部にまで深く浸透し、原料が劣化したり変形したりして、結晶育成が不安定になる原因となる。[参照元に戻る]
◆機能性酸化物
酸化物には多様な性質を示すものがあり、セラミックに代表される電気絶縁性だけでなく、金属のような電気伝導性、電気抵抗がゼロになる超伝導、磁石として利用される強磁性、コンデンサーに利用される誘電性などのさまざまな機能をもつものがある。そのような酸化物のことを総称して機能性酸化物という。産総研ではそのような機能を利用した新原理デバイスの開発を進めている。[参照元に戻る]
◆マルチフェロイック材料
強誘電性と磁気秩序が共存する材料のこと。一般に、強誘電性は電場で制御でき、磁気秩序は磁場で制御できることはよく知られている。強誘電性と磁気秩序が絡み合ったマルチフェロイック材料では、強誘電性を磁場で制御したり、磁気秩序を電場で制御したりできることが期待される。ビスマスフェライトもマルチフェロイック材料の一種である。[参照元に戻る]
◆ライトパイプ
内面がミラーになった多角柱に光を導入して内部で光を多重反射させることによって、均一強度の光に調整する機能をもつ。本研究では四角柱のライトパイプを用いて長方形形状の均一なレーザービームに調整した。[参照元に戻る]
◆ペルチェ素子
ホール型半導体(金属)と電子型半導体(金属)の接点に電流を流したときに熱の移動が起こる効果(ペルチェ効果)を利用して、温度調節を行う素子。ワインクーラーなどにも利用されている。温度差から電圧を生じる熱電効果を利用した熱電素子と逆の働きをする。本研究ではLDの精密温度制御に用いた。[参照元に戻る]
◆FZシリコン
集積回路のためのシリコン単結晶はるつぼ中の融液に結晶を接触させ上方へ回転させながら引上げる手法(引き上げ法)により製造される。ハイブリッドカーなどに用いられるパワー半導体の場合には、引き上げ法によって作製した単結晶を用いても、結晶中に酸素が多く含まれるため耐電圧が下がり十分な性能を発揮できない。そこで酸素の混入を防止できるFZ法によるシリコン単結晶が利用される。FZ法により作製されたシリコンはFZシリコンと呼ばれる。[参照元に戻る]