独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)サステナブルマテリアル研究部門【研究部門長 中村 守】物質変換材料研究グループ 冨田 衷子 研究員、多井 豊 研究グループ長と、国立大学法人 北海道大学【総長 佐伯 浩】(以下「北大」という)触媒化学研究センター【センター長 福岡 淳】清水 研一 准教授は、白金触媒の活性をけた違いに向上させる触媒調製技術を開発した。
この技術は、助触媒として酸化鉄を用いて白金触媒を調製する際に、水を作用させて(水賦活処理)反応に有効な白金と助触媒との界面を形成させるもので、得られた触媒は、マイナス80 ℃でも一酸化炭素(CO)を酸化できるなど、低温でも極めて高い活性を持っている。今回開発した触媒調製技術とその普及により、触媒用途の白金の使用量削減への貢献が期待される。
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図1 水賦活処理による触媒構造変化の模式図とCO酸化活性の比較(白金担持量5 重量%)
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白金は自動車の排ガス浄化用触媒や
固体高分子形燃料電池の電極触媒をはじめ、さまざまな触媒に使用されている。今後、排ガス規制が厳しくなることや高効率エネルギー変換デバイスが求められることは必至であり、白金需要の増大が見込まれるが、白金は高価であり、また、資源が極端に偏在することから供給リスクが懸念されている。そのため、白金需要の大半を占める触媒用途での使用量の削減が望まれている。触媒による低温酸化は、
固体高分子形燃料電池電極の劣化防止(燃料中のCO除去)、暖房器具などからのCO除去、冷蔵(凍)庫内の作物の腐敗防止(エチレンガスの酸化)などの需要があるが、十分な触媒性能を得るためには多量の白金が必要である。このため、白金触媒の性能を向上させて使用量を減らすことが求められている。
産総研は、資源供給の不安定化対策の一環として、レアメタルの省使用・代替材料技術の開発を行っており、触媒用の
白金族の省使用・代替材料技術開発はその重要なテーマとなっている。サステナブルマテリアル研究部門物質変換材料研究グループでは、触媒調製技術や材料評価技術を活かして、触媒用白金族の省量化に取り組んでいる。一方、北大清水准教授のグループは、触媒反応評価や反応機構解析に高いポテンシャルを持っている。両者は以前から、お互いのポテンシャルを活かし協力して研究を進めている。
これまで、触媒の調製段階で残存する水分は、白金の移動を促進し互いに凝集させることがあるため、触媒調製にとっては邪魔ものであると考えられていた。今回、逆にこの現象を白金と助触媒である酸化鉄からなる触媒の調製に利用した。触媒の調製段階で水を作用させることで、白金を酸化鉄の近くに移動させ、触媒反応に有効な白金と酸化鉄との界面を作り出した(図1中のイメージ)。図2に今回開発した触媒の粉体を反応管(内径6 mm)に充填した写真(右上)と、触媒の
高角度散乱暗視野走査透過顕微鏡(HAADF-STEM)像を示す。HAADF-STEM像に見られる白い輝点は白金であり、サイズのよく揃った直径1.5 nm程度の白金ナノ粒子が、担体上に分散していることが分かる。
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図2 開発した触媒のHAADF-STEM像と光学写真(右上)
HAADF-STEM像中の白い輝点が白金ナノ粒子
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図3に開発した触媒(白金1重量%)と市販のアルミナ担持白金触媒(白金5重量%)、低温で高いCO酸化活性を示すことで知られるチタニア担持金触媒(金1.5重量%、World Gold Council配布触媒)についてCO酸化活性試験(反応ガス:CO 1 % + 酸素 0.5 % + 窒素 98.5 %、 空間速度:20000 ml・g-1・h-1)を行った結果を示す。開発した触媒は、貴金属量が少ないにもかかわらず、マイナス40 ℃から100 ℃の広い温度範囲でも100 %に近いCO反応率を示すのに対して、市販の白金触媒では100 ℃以上でないと、CO反応率の向上が見られない。また、金触媒も0 ℃以下では、CO反応率は低い。図3に示したように、開発した触媒は、特に低温領域における優位性が高く、マイナス40 ℃では、貴金属量あたりの反応速度は、市販の触媒に対してはほぼ二けた、金触媒に対しても一けた以上高かった(表1)。
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図3 今回開発した触媒と他の酸化触媒のCO酸化反応率の温度依存性
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表1 各種触媒の貴金属量あたりの反応速度(Rm)の比較
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開発した触媒を反応ガス条件下におき、赤外吸収分光測定を行ったところ、図4に示すように、水賦活処理の有無にかかわらず、白金表面にはCOが吸着していることが分かった。図5はガス流通条件下での、鉄のK吸収端における、X線吸収端近傍微細構造(XANES)の立ち上がり附近の拡大図である。比較のために載せた酸化第二鉄(Fe2O3、鉄原子はすべて3価)、および、四酸化三鉄(Fe3O4、鉄原子の33%が2価。残りは3価)のデータから分かるように、鉄の価数が上がるほど、立ち上がりは高エネルギー側に位置する。ヘリウム(He)で希釈したCOガスの流通状態(He+CO)から酸素の流通状態(He+O2)に切り替えると、立ち上がりが高エネルギー側にシフトし、再びCOガスの流通状態(He+CO)に戻すと低エネルギー側にシフトする。白金を担持しない場合には、このような変化は起こらないことから、開発触媒では、白金と酸化鉄の界面で、鉄の酸化還元に伴って酸素が白金に供給され、表面に吸着したCOの酸化反応が効率よく進むものと考えられる。
なお、この技術の詳細は、2012年3月28日~29日に東京工業大学大岡山キャンパス(東京都目黒区)で開催される第109回触媒討論会において報告した。
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図4 開発した触媒の反応ガス流通下での赤外吸収スペクトル
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図5 開発した触媒のガス流通下での鉄K吸収端における、X線吸収端近傍微細構造(XANES)の立ち上がり附近の拡大図
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さらなる性能の向上と実用化に向け、触媒活性の発現機構の解明に注力し、より少ない量の白金で高い活性を示す触媒の開発を進めるとともに、今回開発した触媒調製技術の適用領域の拡大を目指す。