独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ナノシステム研究部門【研究部門長 八瀬 清志】フィジカルナノプロセスグループ 越崎 直人 研究グループ長らは、生体に見られるような精緻なマイクロスケールからナノスケールに至る
階層構造をもつ
ナノシステム材料を制御しながら作製する技術を開発した。
特定サイズの球状粒子を規則的に配列させた単層コロイド結晶薄膜を多重積層した構造をテンプレートとして用いると、図1に示すような階層構造をもつ薄膜が得られる。この構造ではマイクロサイズの構造単位が凹凸をもった規則構造を形成し、その中にサブマイクロサイズの規則構造が埋め込まれ、さらにこのサブマイクロサイズの規則構造の中に微細なナノ構造が形成されている。これまで産総研で取り組んできた物理的な手法によるナノ構造作製技術を利用することにより、このような多重階層構造がリソグラフィー技術を使わずに、単純な手法の組み合わせで作製できた。この技術を応用して、これまで作製が困難であった無機物質の多重に階層構造をもったナノシステムを人工的に作製することで、表面のぬれ性制御、多孔質触媒、分離膜、バイオ機能表面など、さまざまな分野への応用展開が期待される。
この技術の詳細はアメリカ化学会の論文誌ACS Nanoにオンライン掲載された。
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図1 マイクロ-サブマイクロ-ナノ階層構造の例(酸化銅(CuO)による3重階層構造)
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生体は、分子・DNAの1~10ナノメートル(nm)レベルから個体のメートルオーダーレベルのサイズの範囲にわたる多段の階層構造体である。構成要素がそれぞれ有機的に組み合わさって上位の階層の構造体を形づくり、これにより生体のような超巨大なシステムが構築されている。
一方で、ナノスケールの機能を実際に手に取って使える大きさにするためには、単純にナノ構造を集めてミリスケールまで大きくしただけでは、多くの場合、ナノ構造に特異的な機能は失われたり弱められたりしてしまう。生体におけるタンパク質や細胞にあたる中間階層構造体を導入して、ナノ構造の機能を保持・安定化しながら、高次の構造を集合・組織化することで、マクロなスケールで効率的にナノ構造の機能が利用できるようになると期待される。有機物質や高分子の世界では、このような生体の機能を模して階層構造体を得ようとする試みは多く進められてきているが、無機物質の世界ではリソグラフィー技術を利用した単純な階層構造の形成に限られていた。そのため、より簡便で安価な方法によって、複雑な階層構造ナノシステムを作製する技術の開発が求められていた。
産総研は、これまでにマイクロサイズ球状粒子の単層コロイド結晶をテンプレートとしてナノ材料を物理蒸着することで、マイクロ-ナノ階層構造が得られることを見出している(
J. Am. Chem. Soc., 130, 14755 (2008))。この手法により、さまざまな酸化物のマイクロ-ナノ階層構造が作製でき、これらの構造は
超親水性、
超親油性、光触媒特性、電界放射特性、センサー特性などで、階層構造のない単純な構造をもつ材料よりも優れた特性を示すことを実証してきた。また、マイクロ-ナノ階層構造はマイクロ構造とナノ構造の利点を併せもつため、光電子材料や微小流体デバイス、バイオメディカルデバイスなどでの応用も期待されている。
しかし、複雑な対象を取り扱うバイオテクノロジーやセンサー、分離膜などへ応用範囲を広げるためには、機能を複合化させて低価格・簡単な操作で複雑な階層構造ナノシステムを設計・作製する必要があるが、これまでの単層コロイド結晶テンプレートを利用した手法では、単純な階層構造しか作製できず、リソグラフィー技術を利用した複雑な階層構造の作製も困難であった。産総研ではこの技術的な限界を打ち破ろうとこれまで取り組んできた。
なお、本研究開発の一部は、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費補助金 挑戦的萌芽研究「ナノ粒子の高速結晶変態現象の解明とこれを利用した高感度センサ(平成21~22年度)」による支援を受けて行ったものである。
今回開発した技術では、マイクロ構造とサブマイクロ構造を階層的に作製し、これをナノ構造作製法と組み合わせることで、さまざまな機能性物質のマイクロ-サブマイクロ-ナノ多重階層構造システムを作製する(図2)。
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図2 マイクロ-サブマイクロ-ナノ階層構造の作製手順の模式図
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まず、シリコンなどの平滑な表面に自己集合プロセスで、マイクロサイズのポリスチレン(PS)球の単層コロイド結晶(mm~cmの大きさ)を作製し、これを加熱により基板に固定した。サブマイクロサイズの単層コロイド結晶はより小さなPS球を使って別の基板上に作製した(図2上)。これを基板ごと水中にゆっくり浸すことでサブマイクロサイズのコロイド結晶は基板からはがれて液面に浮いた状態になる。これをマイクロサイズの単層コロイド結晶が固定された基板ですくいあげることで、マイクロ-サブマイクロ2重階層コロイド結晶が作製できる(図2中)。最後に、ナノ構造をレーザーアブレーション法(スパッタ法など他の物理的手法でも可能)により2重階層コロイド結晶上に蒸着することで、マイクロ-サブマイクロ-ナノ3重階層規則構造を得ることができる(図2下)。
図1はこのマイクロ-サブマイクロ-ナノ3重階層構造システムを酸化銅(CuO)を用いて作製した時の典型的な走査型電子顕微鏡(SEM)写真である。マイクロサイズの球(2 µm)は六方最密充填構造を形成している(図1左)。それぞれのマイクロ構造単位は350 nmの六方最密充填サブマイクロ構造からできており、それぞれのサブマイクロ構造単位はナノ構造(20~50 nm)からできている(図1右)。
図3左はこのような構造の断面のSEM像である。マイクロ構造単位はマイクロサイズのPS球を反映し、サブマイクロ構造はマイクロサイズ球の上のサブマイクロサイズのPS球を反映し、さらにナノ構造はサブマイクロサイズ球の上に形成されている。また、マイクロサイズPS球と基板の間や、マイクロサイズPS球同士が面で接触していることがわかる。これはPS球の固定のための加熱の際に変形したものである。この接触により、マイクロサイズ単層コロイド結晶が基板に強く固定され、はがれ落ちにくくなる。
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図3 酸化銅マイクロ/サブマイクロ/ナノ階層規則構造の断面FE-SEM像(左)と構造を壊して得た一部のTEM像(右)
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この手法では、マイクロサイズ球を基板上に自己集合的に形成させるが、この時に六方最密充填構造をとる。第2層のサブマイクロサイズ球は同様に自己集合的に作製して、これをあらかじめ作っておいたマイクロスケール規則構造上に乗せることで六方最密充填構造が保たれる。ナノ構造はサブマイクロサイズ球の配列上に形成させた。このような複雑な階層構造ナノシステムの一部を壊して撮った透過型電子顕微鏡(TEM)像を示す(図3右)。構造は、マイクロサイズとサブマイクロサイズの球から構成され、SEMによる断面像(図3左)とよく対応している。小さなサブマイクロサイズPS球上のナノ構造では放射状のナノロッドが球の表面に垂直に成長している。このナノロッドは比較的高い圧力による等方性蒸着により形成されると考えられる。また、電子線回折パターンから多結晶のCuOが生成していることが確認でき、X線回折の結果とも一致した。
この手法では、マイクロ-サブマイクロ-ナノ3重階層構造システムの最下層と第2層の周期性はPS球の粒子サイズを変えて調整でき、レーザー蒸着の条件を変えることで第3層の構造を調整できる。例えば、第2層のコロイド結晶の粒子サイズを350 nmから200 nmに変えるだけで、同じマイクロサイズとナノサイズの構造をもつがサブマイクロサイズの構造だけが異なる階層構造ナノシステムを作製できる(図4左)。また、マイクロサイズの単層コロイド結晶の周期性を2 µmから5 µmに変えたときはサブマイクロサイズとナノサイズの構造は変わらないがマイクロサイズの構造だけが変わった階層構造システムが得られる(図4中)。さらに、マイクロサイズとサブマイクロサイズの単層コロイドの両方の周期性を変えたときも、同様な周期構造を作ることができる(図4右)。ナノ構造は蒸着時の圧力や蒸着時間を変えることで変化させることができる。
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図4 マイクロサイズ球とサブマイクロサイズ球の粒子サイズを変えることで得られる2層コロイド結晶を利用して得られた規則3重階層構造
マイクロサイズ球/サブマイクロサイズ球:(左)2 μm /200 nm、(中)5 μm /350 nm、(右)5 μm /200 nm。図中のスケールは5 μm。
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さらに、このような3重階層構造システムでは、高温での熱処理によってコロイド粒子を取り除いて、元のマイクロ-サブマイクロ-ナノ構造をほぼ維持した構造システムを作製することもできる。図5は、2 µm/350 nmの組み合わせの階層構造コロイド結晶から作製した3重階層構造システムを熱処理した後のSEM写真である。マイクロサイズ構造単位は六方最密充填構造を維持し、その上のサブマイクロサイズ構造単位も六方最密充填構造を保っていた。しかし、ナノ構造は熱処理前の構造とは少し異なり、熱処理後は尖った先端をもった放射状ナノロッド(図3右)から先端が丸みをもったナノ突起へと変化した(図5右上)。また、熱処理によって階層構造膜は基板に強固に接着し、水中で超音波を20分間かけても基板からはがれ落ちなかった。なお、蒸着物質を変えることによりこの方法を利用してさまざまな物質で同様の構造を作製することができる。CuO以外では、酸化亜鉛(ZnO)、酸化鉄(Fe2O3)、酸化チタン(TiO2)、酸化ニッケル(NiO)、酸化タングステン(WO3)、酸化スズ(SnO2)などで適切な蒸着条件を利用することで同様の構造が得られることを確認している。
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図5 CuOの規則3重階層構造を空気中で600℃、3時間熱処理したあとのSEM写真
(マイクロサイズ/サブマイクロサイズ:2 µm/350 nm)
右上は熱処理後の高倍率電子顕微鏡像。図中のスケールは500 nm。
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このようにして得られたマイクロ-サブマイクロ-ナノ階層構造システムのもつ特性の一例として接触角が小さい点がある。CuOのさまざまな階層構造を作製して接触角を比較したのが図6である。単層コロイド結晶をテンプレートとして使わないで得られた通常のナノ構造基板(水に対する接触角22.9°)と比較して、サブマイクロ-ナノやマイクロ-ナノの2重階層構造システムにすると表面の粗さが大きくなって接触角は小さくなる(19.2°と15.3°)が、今回作製が可能となったマイクロ-サブマイクロ-ナノの3重階層構造システムではさらに大きく表面粗さを増加させることで、接触角が5.2°となり超親水性を示した。従来は化学的・物理的な手法による表面官能基の導入によるぬれ性制御がよく行われてきたが、本手法では表面の階層構造制御だけで接触角を大きく変化させることができる。このような超親水性は微小流体デバイスや自己洗浄表面の作製に有効と考えられる。よく知られているTiO2の超親水性表面は紫外線処理が必要だが、今回開発した階層構造システムでは前処理は特に必要ないことも特徴である。
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図6 CuOのさまざまな構造と接触角の関係(スケールは1 μm)
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今後は、開発した多重階層構造の特徴を活かした機能性の表面あるいは界面を利用したさまざまな応用分野の開拓を目指していく。
表面増強ラマン分光法(SERS)による分子計測用の基板として高い性能をもつこともわかってきているが、それに加えて、高い比表面積、ナノサイズ空孔径が制御可能、規則的な配列、などの特徴を活かした応用を目指した研究に取り組んでいく予定である。