発表・掲載日:2011/07/08

生理的濃度のホルモンFGF19への応答には糖鎖が不可欠なことを発見

ポイント

  • 生理的濃度でのホルモンFGF19に対する細胞応答には、硫酸化グリコサミノグリカンが不可欠であることを新規測定系で発見
  • このホルモンは、肝臓における胆汁酸やグリコーゲンの合成を調節
  • このホルモンの異常による下痢、便秘、糖尿病など疾病の予防や治療へ向けた貢献を期待

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)バイオメディカル研究部門【研究部門長 織田 雅直】シグナル分子研究グループ 今村 亨 研究グループ長、鈴木 理 主任研究員は、愛知医科大学の分析支援を得て細胞表面などに存在する糖鎖である硫酸化グリコサミノグリカンがホルモンFGF19の作用を規定する重要な役割を果たしていることを明らかにした。

 FGF19は胆汁酸グリコーゲンの合成を調節するホルモンである。食後、胆汁の刺激により腸管で産生され、血流にのって肝臓に到達し、肝臓における胆汁酸の合成を抑制したり、グリコーゲンとして糖を貯蔵する肝臓機能を調節したりする。しかしこれまで、生理的濃度のFGF19に対する細胞の応答は検出できず、その仕組みは不明だった。本研究ではこの濃度で特異的活性を発揮するためにはFGF受容体4と補助受容体β-クロトーだけでなく、硫酸化グリコサミノグリカンが必要であることを初めて示した。これらの成果により、FGF19ホルモンの異常による、下痢や便秘などの消化器疾病や、ある種の糖尿病などの代謝疾患の治療に向けた創薬への展開が期待される。

 本成果の詳細は、米国生化学分子生物学会誌Journal of Biological Chemistry 2011年7月29日号に掲載される。(電子版に6月8日に掲載された。)

図
図 ホルモンFGF19の細胞応答の概略

開発の社会的背景

 FGF19は、ヒトの体内で合成されるホルモン(内分泌因子)である。そして人体最大の化学工場と呼ばれる肝臓における胆汁酸やグリコーゲン合成の調節など代謝を調節する重要な因子である。代謝に関わるさまざまな疾病によって肝臓に異常を来した場合に、肝臓機能を改善・補填する技術が治療に有用である。このため、FGF19の活性を利用することを目指した研究開発が活発に行われているが、これまでは生理的濃度のFGF19では活性が検出できず、多くの研究では生理的濃度の数百倍(10 nM程度)以上の濃度のFGF19が用いられてきた。そこで、ヒトの血液中濃度(0.03 nM~0.1 nM程度)での活性の検出と、これを可能にするための必要条件の解明が求められていた。
研究の経緯
 産総研では細胞や個体の働きを制御するシグナル分子の機能を明らかにし、それらの知見をもとに新たな機能分子の創製や創薬のターゲット分子の同定を行っている。これまでにシグナル分子の一種であるFGF21が血糖低下作用などの活性を発揮する際に受容体に加えて必要な補助受容体β-クロトーを同定し、FGF21の近縁分子であるFGF19の作用にもβ-クロトーが関わることを明らかにしてきた(Molecular Endocrinology 22, 1006-1014, 2008)。

研究の内容

 FGF19は、繊維芽細胞増殖因子(fibroblast growth factor; FGF)ファミリーという分子群に属するホルモンである。FGFの活性は、標的となる細胞表面のFGF受容体を介して細胞内に伝達されるが、通常研究に使用される培養細胞は、もともと複数種のFGF受容体やグリコサミノグリカン糖鎖をもつため精密な解析が困難であった。本研究では、FGF受容体やグリコサミノグリカン糖鎖を持たない細胞株を利用し、これに解析すべきヒトFGF受容体やヒト補助受容体を発現させたり、糖鎖を加えたりすることで、細胞反応に必要な分子を決定した。  

 この新規測定系を用いて調べたところ、補助受容体β-クロトーと共にFGF受容体4が存在している細胞に対して、生理的な濃度のFGF19は、細胞応答をほとんど引き起こさなかった。これに対し、図1に示すように、FGF19の標的器官である肝臓の成分である硫酸化グリコサミノグリカンなどの糖鎖を測定系に共存させると、強い細胞応答を引き起こすことが分かった。

図1
図1 FGF19濃度と細胞応答の関係

 なお、FGF受容体4以外のFGF受容体と補助受容体β-クロトーの組み合わせでは、硫酸化グリコサミノグリカンによる細胞応答の増強作用は認められず、硫酸化グリコサミノグリカンがFGF19の標的の選択と感度の両方をコントロールしていることが明らかとなった。

 これらの結果から、図2に示すように、生理的濃度のFGF19が細胞応答を引き起こすためには、硫酸化グリコサミノグリカン・FGF19・FGF受容体4・補助受容体β-クロトーの複合体形成が必要であるという新たな分子機構のモデルを考えた。

図2
図2 今回の発見をもとにしたFGF19認識機構のモデル

 胆汁酸下痢や慢性特発性便秘症などの疾病では、FGF19フィードバック異常による胆汁酸合成調節の不全などが示唆されている。さらにFGF19は、食後にブドウ糖をグリコーゲンとして肝臓に貯蔵する活性が示唆されている。これらの細胞応答に係る分子が今回のモデルで明らかになったと言える。このモデルの利用法の一つとして、細胞アッセイ系を構築してスクリーニングに用いることにより、下痢、便秘、糖尿病など疾病の予防や治療に用いる創薬に貢献することが期待できる。また別の利用法として、患者において、モデルに関与する分子に関連する遺伝子やその発現を、病態と合わせて解析することで、疾病の診断・予防・治療に役立てることも期待できる。

今後の予定

 今後、どのような硫酸化グリコサミノグリカンの構造が認識されるのかなどをより詳細に解析するとともに、硫酸化グリコサミノグリカン・FGF19・FGF受容体・補助受容体β-クロトーの複合体形成における分子間相互作用部位などを明らかにすることにより、FGF19認識機構のモデルの妥当性を検証したい。

問い合わせ

独立行政法人 産業技術総合研究所
バイオメディカル研究部門 シグナル分子研究グループ
研究グループ長/主幹研究員 今村 亨 E-mail:imamura-toru*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)

バイオメディカル研究部門 シグナル分子研究グループ
主任研究員 鈴木 理 E-mail:suzuki-m*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)



用語の説明

◆糖鎖
約10種類の単糖(ブドウ糖など)が鎖状につながった物質で、生体の細胞内外のタンパク質や脂質についている。通常は複雑に枝分かれしていて、人体には数百種類以上の多様な構造の糖鎖があると予想されている。単糖の配列によって機能が異なり、細胞間での分子・細胞認識機能などタンパク質や脂質が生体内で果たす高次機能に関係している。[参照元に戻る]
◆硫酸化グリコサミノグリカン
動物の成体内で細胞表面や細胞間隙に存在する糖鎖の一群。主に、ヘパラン硫酸、ヘパリン、コンドロイチン硫酸などからなる。糖鎖にはこの他、N型糖鎖、O型糖鎖などが細胞表層などに多種類存在し、いずれもさまざまな生命現象の制御に関与している。[参照元に戻る]
◆FGF19
FGF19は、もともと培養細胞の増殖を促進する因子群(fibroblast growth factor; FGF)ファミリーの一員として発見された。その後、細胞増殖調節因子ではなく、ホルモンとして血流を介して身体の離れた場所に位置する肝臓の細胞に作用して、胆汁酸やグリコーゲンの合成を調節する働きを持つことが明らかになった。[参照元に戻る]
◆胆汁酸
肝臓でコレステロールを原料として合成され、一旦胆嚢に蓄えられた後、腸内に分泌され、食物中の脂質や脂溶性ビタミンをミセル化して吸収するために働く。分泌された胆汁酸の大部分は再吸収され再利用される。[参照元に戻る]
◆グリコーゲン
ブドウ糖が重合して高分子化した物質。余剰の血液中グルコースを一時的に保管するために、主に肝臓と骨格筋で合成される。[参照元に戻る]
◆シグナル分子
細胞と細胞の間で情報を伝達する役割を持つ、多数の生体分子の総称。産生する細胞から放出され、近位または遠位の標的細胞に到達する。標的細胞において、多くの場合、水溶性のシグナル分子は細胞膜表面の受容体に認識され、脂溶性のシグナル分子は細胞内の受容体に認識されて、細胞の機能的変化を起こす。[参照元に戻る]
◆受容体
細胞膜などにあって、細胞外からの刺激を感知し、細胞内で利用可能な情報に変換する一群の分子の総称。FGF受容体には、大別して7種類の受容体が知られている。[参照元に戻る]
◆補助受容体
細胞膜などにあって、受容体が細胞外からの刺激を感知する際に、その機能を選択性や感度などの面から補助する分子。FGF19やFGF21については、β-クロトーが知られている。[参照元に戻る]
◆繊維芽細胞増殖因子(FGF)ファミリー
1970年代に細胞培養系で、細胞の増殖を促進する因子として発見された分子と、それに類似する構造を持つ分子が構成する分子群(ファミリー)。ヒトやマウスでは22種類の遺伝子によりコードされ、細胞の増殖分化の調節、個体発生の調節、生体の高次神経機能調節、代謝調節など、その生理機能は多岐にわたる。このうち、ヒトでは、FGF19, FGF21, FGF23が、ホルモンとしてさまざまな代謝調節に働く。[参照元に戻る]