独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ナノシステム研究部門【研究部門長 八瀬 清志】ソフトマターモデリンググループ【研究グループ長 米谷 慎】福田 順一 主任研究員は、スロベニアのリュブリャナ大学およびヨージェフ・ステファン研究所のSlobodan Žumer(スロボダン・ジュマー)教授と共同で、強磁性体などの固体系などでその役割が注目されている
スカーミオン格子を、薄い空間に閉じ込めた液晶という固体系とは全く異なる系が形成しうることを理論的に明らかにした。
この事実は、固体系と液晶という全く異なる系の間の関係について新しい知見をもたらすのみならず、液晶がこれまで知られているよりもはるかに豊かな秩序構造をと ることを示すものである。それらの新しい秩序構造は、液晶の新しい機能、応用の可能性をもたらすことが期待される。
なお、本研究成果は、日本時間の3月22日に英国の科学誌Nature Communications電子版に掲載された。
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ベクトル的に表現される秩序(液晶の配向秩序)が形成する局所的な渦状の構造がスカーミオン構造である。それが規則的に並んだスカーミオン格子を、薄い空間に閉じ込めた液晶が形成している。
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液晶はその光学的特性、および状態の制御の容易さなどから、テレビや携帯電話などのディスプレイなどに極めて幅広く用いられている。その多くでは、ある方向に一様に配向している状態の液晶(
ネマチック相)を電気的に駆動してその光透過特性を変化させることで、その機能を実現している。
それに対し、近年ではコレステリックブルー相と呼ばれる、キラリティをもった液晶が3次元的に形成する複雑な秩序構造(図1)について、ネマチック相とは全く異なる光学的性質を持つことなどから、その応用の可能性が注目されており、ディスプレイの試作やレーザー発振のデモンストレーションが行われている。特にディスプレイについては、コレステリックブルー相がネマチック相よりも速い電場応答を示すこと、液晶パネルの基板表面処理が通常のネマチック相を用いたディスプレイよりも簡単になることなどが、注目を集めている理由である。また、コレステリックブルー相の基礎的な物性の理解もその応用のためには必要不可欠であり、それを目指した研究が盛んに進められている。
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図1 等方相、ネマチック相、コレステリックブルー相の模式図。コレステリックブルー相においては、2重ねじれ円筒と呼ばれる配向構造と 線欠陥が入り組んだ構造をしている。
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産総研はこれまで、コレステリックブルー相の特性の理解と、応用上生じるさまざまな状況(例えば電場の印加)におけるその振る舞いを明らかにすることを目指して、
連続体シミュレーションに基づく理論的研究を行っている。特に2009年からは、リュブリャナ大学およびヨージェフ・ステファン研究所と共同で、コレステリックブルー相を示す液晶が、薄い空間に閉じ込められた中でどのような秩序構造をとるかについての研究を進めてきた。
今回の研究では、ディスプレイなどに用いられている液晶パネルにおける液晶層の厚み(数µm程度)よりもさらに薄い50~200 nm程度の厚さの液晶層に着目し、コレステリックブルー相と
等方相との間の相転移点により近い温度での振る舞いを調べた。より薄い空間に閉じ込められた液晶は擬2次元的に振る舞い、本質的に3次元の構造をもつコレステリックブルー相とは全く異なる構造が期待されること、相転移点に近いところでは、液晶中の欠陥の形成がより容易になり、新しい秩序構造の形成が可能になると考えられた。
実際に計算したところ、私たちの予測通り、既に知られているものとは全く異なる種々の新たな秩序構造が、安定な構造として発見された。どの構造が安定になるかは、液晶層の厚さ、および温度に強く依存する。特に、コレステリックブルー相の格子間隔よりも薄くて温度が相転移点に近い場合には、スカーミオン構造が6回対称性をもつ規則的な2次元格子を形成することが新たにわかった(図2、図3)。
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図2 今回の計算で得られたスカーミオン格子の構造。セルの中心面における配向構造を細い円柱で、液晶中に生じる欠陥の位置を赤の面で示している。
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図3 スカーミオン格子の他に見いだされた種々の秩序構造
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6回対称性を持つスカーミオン格子はキラリティをもった強磁性体の薄膜(ここでは電子スピンが秩序構造の担い手となる)などで観測されており、それらの構造と類似性をもつが、液晶の持つ配向秩序の性質と強磁性体のスピンとの違いによる構造上の違いも存在する。これらの構造上の類似性、および相違は、強磁性体などの固体系と、液晶という固体系とは全く異なる系との関係についての新しい知見をもたらす。
また液晶系は強磁性体などと違い、スカーミオン格子の実現に極端な低温などの条件を必要としないことが研究対象としての大きな利点であり、電場、流れ場といった外的な要因による構造の変化がより容易に観察可能と考えられる。
なお、本研究成果はスロベニアリサーチエージェンシーおよびCOE「ナマステ」(スロベニア)の支援によって、また成果の一部は平成22年度 科学研究費補助金 特定領域研究「非平衡ソフトマター物理学の創成:メソスコピック系の構造とダイナミクス」の支援により得られたものである。
液晶の新たな秩序構造の発見は、液晶の新たな機能、応用の可能性を開くことが期待されるし、液晶を研究することで固体系など異なる系に関する知見が得られるかもしれないということは、興味深いものである。今後は、電場を印加した際に液晶がどのようなダイナミクスを示すか、その結果どのような光学的特性の変化を示すかなどの諸性質は、新たな秩序構造の応用の可能性を探索する基礎づけという点で重要であり、そのような方向性で研究を展開していきたい。
独立行政法人 産業技術総合研究所
ナノシステム研究部門 ソフトマターモデリンググループ
主任研究員 福田 順一 E-mail: