独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)バイオメディカル研究部門【研究部門長 織田 雅直】石田 直理雄 上席研究員および浜坂 康貴 産総研特別研究員、財団法人 日本産業技術振興協会【会長 伊藤 源嗣】鈴木 孝洋 派遣職員は、ショウジョウバエの生物時計(体内時計)のうち、夜時計が求愛行動をつかさどっていることを分子生物学的手法で解明した。
生物の脳の健康維持(老化防止)には、良い睡眠や異性への興味が重要な要素であり、それらには生物時計(体内時計)が深く関わっている。ショウジョウバエは生物時計の研究に適したモデル動物であり、最近の研究から、雄が雌を追いかける求愛行動のリズム(Close-Proximityリズム:近接行動リズム)が生物時計に支配されていることが知られている。そこで、今回私たちはショウジョウバエの近接行動リズムを担う脳内の中枢をつきとめ、近接行動リズムをつかさどる生物時計が夜時計と呼ばれる脳内部位であることを明らかにした。
この成果は、日本分子生物学会の英文誌Genes To Cellsに、平成22年11月28日にオンライン公開され、神戸市で開催される第33回日本分子生物学会年会・第83回日本生化学会大会 合同大会のワークショップ「行動は遺伝子にどこまで規定されるか」で平成22年12月8日に発表される。
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図1 ショウジョウバエ脳の断面図
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良い睡眠は健康な脳の維持に役立つが、睡眠の分子機構には生物時計、すなわち時計遺伝子が深く関わっている。また、異性への興味を失わないことは生物学上大変重要な要素である。生物時計は睡眠だけでなく生殖行動にも深く関わっているので、脳の健康維持を考える上で重要であり、ヒトの脳の老化防止や健康の基本的分子機構の解明に貢献することが期待されている。
産総研ではさまざまな生物を用いて、生物時計の機能、機構などの研究を行ってきている。ショウジョウバエは、生物時計研究に適したモデル動物であり、生殖が成立する過程で雄が雌に求愛するさまざまな行動のリズムをもっている(図2)。産総研は、ショウジョウバエの交尾活動が時計遺伝子により担われることや最終的な交尾の成立には雌が雄を受け入れる日内リズムが存在することを明らかにしてきた(米国科学アカデミー紀要 98, 9221-9225, 2001)。また、雄雌1匹ずつをシャーレに入れたときに雄が雌を追いかける行動のリズム(近接行動リズム)を測定できる装置を開発した。最近、交尾成立の前段階、すなわち雄が雌に求愛する近接行動リズムは雄が主導権を握ることが明らかとなり、近接行動リズムは約24時間の生物時計に支配されていることを見いだした。今回は、この装置を用い分子生物学的手法と組み合わせることで、この近接行動リズムをつかさどる生物時計がショウジョウバエ脳内のどこに存在するか、その分子神経機構を解明した。
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図2 ショウジョウバエの求愛行動の近接行動リズム
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ショウジョウバエ2匹をシャーレの中に入れ、2匹が5 mm以内に近づいているかいないかを10秒ごとにカウントした。そして、カウントを1時間単位(10秒×360回)で集計し、近接行動している時間の割合を算出することで、昼夜1日、恒暗3日の近接行動リズムを測定した(図3)。ショウジョウバエの雄を2匹シャーレに入れて観察しても活発な求愛行動は見られないが(図3上)、雄雌1匹ずつ入れた場合は近接行動リズムがはっきりと観察された(図3中)。ところが、時計遺伝子Periodを変異させたショウジョウバエを用いると近接行動リズムが消失してしまった(図3下)。これは近接行動リズムがショウジョウバエの時計遺伝子に関係していることを示している。
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図3 シャーレにショウジョウバエを2匹入れ、昼夜1日、恒暗3日観察したときの近接行動リズム。雄2匹(上)、雄雌1匹ずつ(中)、時計遺伝子を変異させた雄と通常の雌を1匹ずつ(下)。
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そこで、この近接行動リズムが脳内のどのような中枢に担われているのか解明を試みた。分子生物学的解析手法が進んでいるショウジョウバエではさまざまな脳内部位で時計遺伝子を発現または機能抑制させることができる。夜時計の脳内部位や朝時計の脳内部位、もしくは両方の脳内部位で細胞死を起こす遺伝子を発現させた雄を用意し、これと通常の雌を用いて近接行動リズムを測定した。これにより、どの脳内部位が近接行動リズムをつかさどる中枢なのかがわかる。その結果、図4に示したように夜時計の脳内部位の神経細胞を壊したときに近接行動リズムが消失した。
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図4 夜時計、朝時計それぞれの脳内部位の神経細胞を壊して測定した近接行動リズム
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しかし、この実験だけでは、夜時計の脳内部位が振動体なのか、もしくは中継地点にすぎないのか明確でない。そこで、細胞死を起こさずに、脳内部位の時計機能だけを止める遺伝子操作を行い、再度近接行動リズムの測定を行った。その結果、夜時計脳内部位全体の神経細胞を壊さなくても、夜時計に特異的に働く神経細胞の時計機能を止めただけで近接行動リズムの減衰が確認された。これらの実験から近接行動リズムをつかさどる生物時計が夜時計に依存することが明らかになった。
今後、ショウジョウバエ脳内の夜時計中枢で部位特異的、時刻特異的に発現する分子を遺伝子レベルで解明し、これらの性行動における機能を解明する。さらに脳内時計中枢から性行動神経回路への伝達経路を解明し脳地図を作成したい。さらに雌雄の交尾活動リズムに関わる脳神経回路をイメージング技術により明らかにし、可視化を試みる。
独立行政法人 産業技術総合研究所
バイオメディカル研究部門
上席研究員 石田 直理雄 〒305-8566 茨城県つくば市東1-1-1 中央第6
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