独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ナノシステム研究部門【研究部門長 八瀬 清志】清水 博 招聘研究員、李 勇進 研究員、趙 麗萍 産総研特別研究員らは
多層カーボンナノチューブ、
イオン液体、導電性高分子からなる
コア・シェル型構造の三元系材料を開発し、
色素増感型太陽電池用対極材料として用いると、白金とほぼ同等の
光電変換効率を示すことを見出した。
色素増感型太陽電池は現在開発段階にあり、その対極材料としては、レアメタルである白金が有力視されている。しかし、白金は自動車用触媒や燃料電池などへの用途が急激に増大しており、需給バランスが崩れることが懸念されている。今回開発した三元系材料は簡便なプロセスで作製できるが、白金を代替することができれば、省資源であるだけでなく、色素増感型太陽電池の低コスト化、大面積化にも貢献できると期待される。
なお、この技術の詳細は、アメリカ化学会の学術誌Chemistry of Materials 2010年11月9日号に掲載され、2010年11月10~12日に東京ビッグサイトで開催された第13回産業交流展にて発表された。
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図1 開発したコア・シェル型構造の三元系対極材料
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近年、再生可能エネルギーとして太陽光発電が注目されている。すでにシリコンを用いた太陽電池が実用化され普及しているが、原材料の
シリコンの供給不足が懸念されている。このような状況において、近年シリコン以外の材料による太陽電池開発が活発化している。例えば、有機系の材料を用いた太陽電池は、製法が簡便で、生産コストを安くでき、軽量化・大面積化が可能で、さらには柔軟性を付与できるといった特長があり大きな注目を集めている。有機系の太陽電池としては、色素増感型、
有機薄膜型、
量子ドット型の発電セルが研究段階にある。
通常、有機系太陽電池のひとつである色素増感型電池の製造は、まず透明電極付きガラス基板上に二酸化チタンの多孔質膜を作製する。この多孔質膜に色素を吸着させた後、白金がコーティングされたガラス基板を対極として、ガラス基板間の隙間に電解液を注入し、封止剤などで封止して太陽電池セルを作製する。
ところが、対極に用いられている白金は、レアメタルであり、生産量が有史以来4000トン強で金の30分の1に過ぎず、原鉱石1トンからわずか3グラムしか採取できないため、白金は金よりも高価なものとなっている。近年、世界の白金需要は自動車の触媒用や燃料電池向けに急激に増大しているが、現在でも白金の生産量は180トン/年のレベルに留まっており、需給バランスが崩れることが懸念されている。そのため省資源とコスト低減化の観点から、白金に代わる対極材料の開発が求められている。
白金に代わる対極材料として、導電性に優れ大量合成も可能になってきたカーボンナノチューブに着目し、多層カーボンナノチューブ(MWNT)を用いた研究開発を開始した。MWNTを用いて太陽電池用対極を形成するに当たって、MWNT単体では粉末状であり成形が困難なので何らかの基材高分子に分散させなければ、太陽電池用対極を形成できない。しかし、MWNTは非常に凝集力が強く、有機溶媒を用いても分散は容易でない。
これまで、産総研は高分子材料同士のナノ混合化や各種ナノサイズ粒子やフィラー(充填材)を高分子にナノ分散させて、新規なナノコンポジット材料を創製する研究開発を先導してきた。この研究開発で培った技術を活用して、MWNTを分散させた高分子材料を作製し、太陽電池用対極材料とすることを試みた。
なお、この研究はイノベーション推進のための特定研究加速予算による支援を受けて行ったものである。
MWNTとイオン液体(IL)は親和性が高い。そこでILを用いてMWNTの表面を改質することとした。ILとしてヒドロキシ基を2つ含むイミダゾール系のものを選び、MWNTにこのILを加えて機械的に混練したところ、
ゲル化が起こり、MWNT同士の凝集が解けて、剥離分散した。ゲル化により、MWNTが親水性となって分散性が向上したと考えられる。しかしながら、この二元系組成物(IL-MWNT)だけを色素増感型太陽電池の対極に用いても、光電変換効率は白金を対極にした場合に及ばなかった。
そこで、導電性をさらに向上させるために、このIL-MWNTと、チオフェン骨格を持ちスルホン酸塩と対になって親水性を示す導電性高分子、ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン):ポリスチレンスルホニウム(PEDOT:PSS)と混合することとした。まず、PEDOT:PSSの水溶液にIL-MWNTを添加して超音波によって分散させる。その後、遠心分離すると、三元系導電性材料(IL-MWNT/ PEDOT:PSS)が得られた。このIL-MWNT/ PEDOT:PSSの構造を調べたところ、表面にIL分子がついたMWNTが核(コア)となり、PEDOT:PSSが殻(シェル)となっているコア・シェル型構造が形成されていることが分かった。IL-MWNT/ PEDOT:PSSの作製スキームを図2に示す。
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図2 今回開発した三元系導電性材料の作製スキーム
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図2のスキームにより形成された、それぞれの構造の透過電子顕微鏡(TEM)写真を図3(a)~(c)に示す。図3(a)から、MWNTとILが混練されて、MWNTの外壁にILが吸着しIL-MWNTが形成されていることが分かる。図3(b)はさらにIL-MWNTに対し、PEDOT:PSS水溶液が添加され超音波分散とその後の遠心分離により、IL-MWNTの外側にPEDOT:PSSが形成され、コア・シェル型構造をとっている写真である。これに対して、図3(c)は、MWNTとPEDOT:PSS水溶液とを直接混合しても、PEDOT:PSSはMWNTの外表面に吸着することなく、粒子状となってMWNT周囲に散らばっていることを示している。すなわち、このような二元系では分散性が悪く、安定な電極材料を形成することは困難であり、大面積化も不可能だと考えられるが、ILが介在することにより、MWNTとPEDOT:PSSとの親和性が高まり、コア・シェル型の三元系では分散性、成形性が飛躍的に改善された。
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図3 (a)IL-MWNTのTEM写真、(b)コア・シェル型構造を形成している三元系材料(IL-MWNT/PEDOT:PSS)のTEM写真、(c)MWNT/PEDOT:PSS系のTEM写真
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このようなコア・シェル型構造のIL-MWNT/ PEDOT:PSSを対極に用いて色素増感型太陽電池を作製し、その特性を測定した。表に示したように、白金電極とほぼ同等の特性を得た。すなわち、二元系組成物では達成できなかった著しい光電変換効率の向上が見られた。
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表 色素増感型太陽電池用対極材料の比較
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今後、対極材料としては大面積化を検討する。さらに、対極材料以外の応用も検討し、積極的に製品化を進めていく予定である。これらの製品化も含め、産総研 イノベーション本部 ベンチャー開発部と共に来年度のベンチャー創業を目指している。