発表・掲載日:2010/12/01

白金に代わる色素増感型太陽電池用対極材料

- コア・シェル型構造の三元系材料を開発 -

ポイント

  • 多層カーボンナノチューブ/イオン液体/導電性高分子からなる三元系材料
  • 白金電極と同等の光電変換効率が得られることを確認
  • 省資源、色素増感型太陽電池の低コスト化、大面積化に期待

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ナノシステム研究部門【研究部門長 八瀬 清志】清水 博 招聘研究員、李 勇進 研究員、趙 麗萍 産総研特別研究員らは多層カーボンナノチューブイオン液体、導電性高分子からなるコア・シェル型構造の三元系材料を開発し、色素増感型太陽電池用対極材料として用いると、白金とほぼ同等の光電変換効率を示すことを見出した。

 

 色素増感型太陽電池は現在開発段階にあり、その対極材料としては、レアメタルである白金が有力視されている。しかし、白金は自動車用触媒や燃料電池などへの用途が急激に増大しており、需給バランスが崩れることが懸念されている。今回開発した三元系材料は簡便なプロセスで作製できるが、白金を代替することができれば、省資源であるだけでなく、色素増感型太陽電池の低コスト化、大面積化にも貢献できると期待される。

 なお、この技術の詳細は、アメリカ化学会の学術誌Chemistry of Materials 2010年11月9日号に掲載され、2010年11月10~12日に東京ビッグサイトで開催された第13回産業交流展にて発表された。

図1
図1 開発したコア・シェル型構造の三元系対極材料

開発の社会的背景

 近年、再生可能エネルギーとして太陽光発電が注目されている。すでにシリコンを用いた太陽電池が実用化され普及しているが、原材料のシリコンの供給不足が懸念されている。このような状況において、近年シリコン以外の材料による太陽電池開発が活発化している。例えば、有機系の材料を用いた太陽電池は、製法が簡便で、生産コストを安くでき、軽量化・大面積化が可能で、さらには柔軟性を付与できるといった特長があり大きな注目を集めている。有機系の太陽電池としては、色素増感型、有機薄膜型量子ドット型の発電セルが研究段階にある。

 通常、有機系太陽電池のひとつである色素増感型電池の製造は、まず透明電極付きガラス基板上に二酸化チタンの多孔質膜を作製する。この多孔質膜に色素を吸着させた後、白金がコーティングされたガラス基板を対極として、ガラス基板間の隙間に電解液を注入し、封止剤などで封止して太陽電池セルを作製する。

 ところが、対極に用いられている白金は、レアメタルであり、生産量が有史以来4000トン強で金の30分の1に過ぎず、原鉱石1トンからわずか3グラムしか採取できないため、白金は金よりも高価なものとなっている。近年、世界の白金需要は自動車の触媒用や燃料電池向けに急激に増大しているが、現在でも白金の生産量は180トン/年のレベルに留まっており、需給バランスが崩れることが懸念されている。そのため省資源とコスト低減化の観点から、白金に代わる対極材料の開発が求められている。

研究の経緯

 白金に代わる対極材料として、導電性に優れ大量合成も可能になってきたカーボンナノチューブに着目し、多層カーボンナノチューブ(MWNT)を用いた研究開発を開始した。MWNTを用いて太陽電池用対極を形成するに当たって、MWNT単体では粉末状であり成形が困難なので何らかの基材高分子に分散させなければ、太陽電池用対極を形成できない。しかし、MWNTは非常に凝集力が強く、有機溶媒を用いても分散は容易でない。

 これまで、産総研は高分子材料同士のナノ混合化や各種ナノサイズ粒子やフィラー(充填材)を高分子にナノ分散させて、新規なナノコンポジット材料を創製する研究開発を先導してきた。この研究開発で培った技術を活用して、MWNTを分散させた高分子材料を作製し、太陽電池用対極材料とすることを試みた。

 なお、この研究はイノベーション推進のための特定研究加速予算による支援を受けて行ったものである。

研究の内容

 MWNTとイオン液体(IL)は親和性が高い。そこでILを用いてMWNTの表面を改質することとした。ILとしてヒドロキシ基を2つ含むイミダゾール系のものを選び、MWNTにこのILを加えて機械的に混練したところ、ゲル化が起こり、MWNT同士の凝集が解けて、剥離分散した。ゲル化により、MWNTが親水性となって分散性が向上したと考えられる。しかしながら、この二元系組成物(IL-MWNT)だけを色素増感型太陽電池の対極に用いても、光電変換効率は白金を対極にした場合に及ばなかった。

 そこで、導電性をさらに向上させるために、このIL-MWNTと、チオフェン骨格を持ちスルホン酸塩と対になって親水性を示す導電性高分子、ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン):ポリスチレンスルホニウム(PEDOT:PSS)と混合することとした。まず、PEDOT:PSSの水溶液にIL-MWNTを添加して超音波によって分散させる。その後、遠心分離すると、三元系導電性材料(IL-MWNT/ PEDOT:PSS)が得られた。このIL-MWNT/ PEDOT:PSSの構造を調べたところ、表面にIL分子がついたMWNTが核(コア)となり、PEDOT:PSSが殻(シェル)となっているコア・シェル型構造が形成されていることが分かった。IL-MWNT/ PEDOT:PSSの作製スキームを図2に示す。

図2
図2 今回開発した三元系導電性材料の作製スキーム

 図2のスキームにより形成された、それぞれの構造の透過電子顕微鏡(TEM)写真を図3(a)~(c)に示す。図3(a)から、MWNTとILが混練されて、MWNTの外壁にILが吸着しIL-MWNTが形成されていることが分かる。図3(b)はさらにIL-MWNTに対し、PEDOT:PSS水溶液が添加され超音波分散とその後の遠心分離により、IL-MWNTの外側にPEDOT:PSSが形成され、コア・シェル型構造をとっている写真である。これに対して、図3(c)は、MWNTとPEDOT:PSS水溶液とを直接混合しても、PEDOT:PSSはMWNTの外表面に吸着することなく、粒子状となってMWNT周囲に散らばっていることを示している。すなわち、このような二元系では分散性が悪く、安定な電極材料を形成することは困難であり、大面積化も不可能だと考えられるが、ILが介在することにより、MWNTとPEDOT:PSSとの親和性が高まり、コア・シェル型の三元系では分散性、成形性が飛躍的に改善された。

(a) 図3(a)
(b) 図3(b)
(c) 図3(c)
図3 (a)IL-MWNTのTEM写真、(b)コア・シェル型構造を形成している三元系材料(IL-MWNT/PEDOT:PSS)のTEM写真、(c)MWNT/PEDOT:PSS系のTEM写真

 このようなコア・シェル型構造のIL-MWNT/ PEDOT:PSSを対極に用いて色素増感型太陽電池を作製し、その特性を測定した。表に示したように、白金電極とほぼ同等の特性を得た。すなわち、二元系組成物では達成できなかった著しい光電変換効率の向上が見られた。

表
表 色素増感型太陽電池用対極材料の比較

今後の予定

 今後、対極材料としては大面積化を検討する。さらに、対極材料以外の応用も検討し、積極的に製品化を進めていく予定である。これらの製品化も含め、産総研 イノベーション本部 ベンチャー開発部と共に来年度のベンチャー創業を目指している。

問い合わせ

独立行政法人 産業技術総合研究所
ナノシステム研究部門
招聘研究員 清水 博 E-mail:shimizu-hiro*aist.go.jp(*を@に変更して使用ください。)

用語の説明

◆カーボンナノチューブ、多層カーボンナノチューブ
カーボンナノチューブ(Carbon nanotube、略称CNT)は炭素によって作られる六員環ネットワーク(グラフェンシート)が単層あるいは多層の同軸管状になった物質。炭素の同素体で、フラーレンの一種に分類されることもある。単層のものをシングルウォールカーボンナノチューブ(SWNT)、多層のものをマルチウォールカーボンナノチューブ(MWNT)という。[参照元に戻る]
◆イオン液体
通常、“塩”は食塩のように常温下では固体だが、塩を構成するイオンを比較的大きなサイズの有機イオンに置換した場合、融点が低くなり、室温付近でも液体状態で存在するようになることがある。従来は、イオン性液体と呼ばれていたが、“ionic”の対訳をイオン性としている学術用語が無いこと、さらには定義上の整合性からイオン液体と呼ばれるようになった。また、融点が低い塩という意味で“常温溶融塩”という呼称も一般的に用いられている。[参照元に戻る]
◆コア・シェル型構造
異なる構造や機能を持つ2種類以上の物質の一方が、内側で核(コア)を形成し、他方がその外側に殻(シェル)を形成した構造をコア・シェル型構造と呼ぶ。このような構造を作ることにより、コアとシェルとで異なる機能を付与し、特異的な機能を発揮させることができ、多くの分野で利用されている。[参照元に戻る]
◆色素増感型太陽電池
色素増感型太陽電池は、酸化物半導体と色素を用いて、半導体の表面に塗った色素により光エネルギーを電気エネルギーに変換する新しいタイプのものである。代表的なものはグレッツェル型(湿式太陽電池)と呼ばれる型式のもので、2枚の電極の間に微量の色素を吸着させた二酸化チタン層と電解質を挟み込んだ単純な構造を有している。[参照元に戻る]
◆光電変換効率
太陽電池の光電変換効率(η(%))は以下の式で定義される。
 η=[Jsc(mA/cm2)×Voc(V)×FF×100]/100(mW/cm2
  =Jsc×Voc×FF(%)
ここに、JscVoc、FF は、それぞれ短絡光電流密度、開放電圧、形状因子である。これらのパラメータは太陽電池の光照射時の電流-電圧特性と出力特性から算出することができる。これらの物理量は太陽電池の性能を表す重要な因子であり、いずれも大きいほど、変換効率が高くなる。[参照元に戻る]
◆シリコンの供給不足
太陽電池向けシリコン原料は、長い間単結晶シリコンのスクラップと半導体用の規格外品で賄われてきた。太陽電池に対する意識が低かった時代は、この状態で需給バランスが取れていたが、2000年頃からエネルギー安定確保の問題がクローズアップされ、世界各国の政策により太陽電池の需要が急激に高まってきた。ところがシリコンの供給が需要の急激な増加についていけず、2004年以降は太陽電池産業が成長する上でのボトルネックになっている。[参照元に戻る]
◆有機薄膜型
有機薄膜型太陽電池は導電性高分子やフラーレンなどを組み合わせて用いるタイプのものであり、色素増感型太陽電池よりも構造や製法が簡便になるといわれている。また、電解液を用いないために、より柔軟性に優れ、寿命向上の面でも大きなメリットがある。しかしながら、このタイプでは光電変換効率が低いため、変換効率向上に向けて積極的に材料探索が進められている。[参照元に戻る]
◆量子ドット型
量子ドット型太陽電池は量子効果を利用するもので、例えばp-i-n構造を持つセルの1層中に数nm程度の量子ドットを規則的に並べた構造が提案されている。これらの構造を構築できれば極めて高い変換効率が期待できる。このような構造を実現できる微細加工プロセスの開発が急務となっている。[参照元に戻る]
◆ゲル化
ゲル(gel)はドイツ語で、英語ではジェルという。分散系の一種で、液体の分散媒体中に分散質があるものをゾルというが、この分散質同士が化学的(共有結合)もしくは物理的(分子間力の作用)にネットワークを形成することにより、高い粘性を持ち、流動性を失うことで固体状になったものをゲルと呼ぶ。ゲルの典型例としてはゼリー、豆腐、こんにゃくなどがある。[参照元に戻る]

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