独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】セルエンジニアリング研究部門【研究部門長 三宅 淳】組織・再生工学研究グループ大串 始主幹研究員(研究グループ長兼務)、小田泰昭らは、親知らず(歯胚)の歯胚由来間葉系細胞からiPS細胞を樹立した。
京都大学山中伸弥教授のiPS細胞樹立の報告以後、この細胞の増殖能と分化能が非常に優れていることは証明されつつあるが、実際の応用、特に臨床応用への展開は不明の点が多い。多くの患者に適応するためには、細胞を得やすく、保存でき得るヒト細胞からiPS細胞への誘導技術の確立が求められていた。
今回、我々はiPS細胞の再生医療への実用化を目指し、患者の同意の下に得られ、産総研で数年間冷凍保存されていた歯胚由来間葉系細胞を融解し、この細胞にSOX2, OCT3/4, KLF4遺伝子を導入することにより、iPS細胞を樹立することに成功した(図1)。
これまで抜歯時に捨てられていた親知らずの歯胚組織が、iPS細胞樹立の源となることが明らかになり、広範囲な再生医療に利用できる可能性を示した。
本技術の詳細は、2008年8月21日に東京大学で開催された再生医療を目指したナノバイオテクノロジーのシンポジウムで発表された。
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図1 樹立したiPSの活発な増殖能(同一コロニー)
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京都大学山中教授の人工多能性幹細胞(iPS細胞)の樹立により再生医療は次の時代へ入りつつある。当初のiPS細胞は癌の発生が懸念されるMYCを含む4遺伝子が使用されていた。その後、MYCを含まない3遺伝子で作製可能であることも山中教授より報告された。しかし、現在発表されているヒト細胞を用いてのiPS細胞作製の多くはMYCを用いている。また、細胞ソースとしては幼弱な細胞が多く、ほとんどが皮膚細胞で一部骨髄細胞等であり、成人の細胞からのiPS細胞の報告はまれである。
iPS細胞を臨床応用するには細胞ソースの年齢や種類が問題となる。もし、成長したヒトより得られる組織でかつ捨てられる組織からiPS細胞が誘導されれば、iPS細胞作製が容易になるのみならず、バンキングも可能となる。特に若年者の組織からiPS細胞を樹立できれば、将来の疾病に自身のiPS細胞が利用可能となる。また、HLAのタイプをマッチングすることで、他家移植も可能となる。すなわち、iPS細胞を臨床応用にむけて実現化するためには、適切なヒト組織の選択と、それを用いてのiPS細胞の樹立方法確立が希求されている。
以上の背景をふまえ、我々は歯科医で抜歯されている親知らず(歯胚)に注目し、歯胚からiPS樹立が可能かの検討を行なった。
冷凍保存されている患者の歯胚由来間葉系細胞を解凍して、間葉系細胞を増殖させた。増殖した細胞にOCT4, SOX2およびKLF4遺伝子をレンチウイルスを用いて導入し(図2)、6日間牛胎児血清を用いて培養をおこなった。その後、細胞を剥離してマウスフィーダー細胞の上に播種しさらにb-FGF蛋白を培地に添加して約30日間培養を行うと、図1にみられるようなコロニーが検出できた。
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図2 歯からiPSの樹立
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このコロニーは扁平な形状(図3A)で、日が経過するとともに中心部が分化細胞へ転化した(図3B)。コロニーを分散し、他のシャーレに播種することにより、数日で多くのコロニーを形成した(図3C)。繰り返し同様の操作ことを行うことにより一個の歯胚由来間葉系細胞から約17日間で1万個、25日間で100万個のiPS細胞が得られた。このように、非常に増殖能と分化能の高い細胞である。さらに、ES細胞や胚性癌腫細胞(EC)に発現している遺伝子の発現も確認でき、さらにテロメラーゼ逆転写酵素の高い活性も検出できた(図4)。
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図3 iPSのコロニー
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図4 テロメラーゼ逆転写酵素活性
階段状にDNAが伸張され、熱処理(heat +)により酵素活性は失活する。
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このコロニーをES細胞に多く発現している蛋白に対する免疫染色を行なったところ、コロニーの中の未分化細胞が含まれている領域にNANOG、SSEA3およびTRA-1-60等の蛋白が検出できたが、一部分化が始まっている領域(図5星印)にはこれらの蛋白が検出できなかった。このことより、未分化の状態を維持しながら増殖するが、条件によって一部分化を開始することが判明した。 また、NANOGやREX1遺伝子のプロモーター領域のDNAは脱メチル化されている傾向にあった。さらに、浮遊培養をおこなうことにより多数のボール状の細胞塊(Embryoid body)が得られた(図6)。これらの結果は、歯胚由来間葉系細胞がリプログラミングを起こし、胚性幹細胞(ES細胞)様の細胞にもどり、iPS細胞になったことを示している。
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図5 未分化および分化(星印)領域のES細胞関連蛋白発現
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図6 胚様体(embryoid body)
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以上、これまで抜歯時に捨てられていた親知らずの歯胚組織が、iPS細胞樹立の源となることが明らかになり、広範囲な再生医療に利用できる可能性を示した。
本技術の詳細は、2008年8月21日に東京大学で開催された再生医療を目指したナノバイオテクノロジーのシンポジウムで発表された。