発表・掲載日:2008/06/05

ヒートアイランド現象によりもたらされる環境影響の定量化

-東京23区の環境影響 年間44億円と推定-

ポイント

  • ヒートアイランド現象による環境影響を、ライフサイクルアセスメント(LCA)の影響評価手法の一つである日本版被害算定型影響評価手法(LIME)の枠組みで定量化
  • 1982年を基準として2002年のヒートアイランドによりもたらされた東京23区内の環境影響は、年間で睡眠障害114億円、熱ストレス8.7億円、熱中症1.8億円、寒冷ストレス-80億円、冷房エネルギー消費0.28億円、暖房エネルギー消費-0.47億円、合計約44億円と推定
    (この値は健康被害等を回避するのに支払うことができる費用に相当し、治療費などの実際に損失を回復するための費用とは異なることと、ヒートアイランド問題の一部の定量化結果であることに注意)
  • 今回の手法を用いて、様々なヒートアイランド対策の気温緩和効果や温室効果ガス排出削減効果を定量的に比較することで、環境影響を効果的に削減できる対策の設計が可能

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)安全科学研究部門【部門長 中西 準子】社会とLCA研究グループ 玄地 裕 研究グループ長、井原 智彦 研究員は、ヒートアイランド現象による環境影響を、ライフサイクルアセスメント(LCA)の影響評価手法の一つである日本版被害算定型影響評価手法(LIME)の枠組みを用いて定量化した。

 具体的には、東京23区を対象として、睡眠障害、熱ストレス、熱中症、寒冷ストレス、冷暖房エネルギー消費の5つのカテゴリーにおける影響を定量化した。その結果、考慮したカテゴリーの中では睡眠障害の環境影響が最も大きいことが明らかになった。この枠組みを用いて様々なヒートアイランド対策の気温緩和効果や温室効果ガス排出削減効果を評価するとともに、対策導入および製造・運用に伴う環境影響をもLCAによって定量的に比較することで、ヒートアイランドによる環境影響を低減させ、かつ地球温暖化防止にも貢献できる対策案の立案に寄与できる。

 なお、この成果は2008年5月18日-21日に横浜で開催された日本気象学会2008年度春季大会専門分科会「持続可能で安全な都市環境への気象研究の役割」で発表された。

開発の社会的背景

 大都市において、ヒートアイランド現象は既に顕在化しており、熱中症、睡眠障害やエネルギー消費の増大など様々な影響を社会に与えている。しかし、熱中症を緩和する対策、睡眠障害を緩和する対策、他のカテゴリーの影響を緩和する対策はそれぞれ異なるにもかかわらず、どのカテゴリーの影響がどの程度問題であるのか定量化されていなかった。また、通年にわたり気温を低下させるヒートアイランド対策は暖房エネルギー消費を増大させるため、地域によっては年間エネルギー消費を増加させ、地球温暖化に寄与してしまう場合があるが、夏季の気温低減効果しか議論されていなかった。効果的なヒートアイランド対策設計のためには、ヒートアイランド現象による環境影響を地球温暖化や大気汚染など他の環境問題と同じ基準で定量化する枠組みを作り、その枠組みを用いて対策の導入効果を評価することが必要であった。

研究の経緯

 産業技術総合研究所は、製品やサービスの環境調和性を定量的に評価できるようにライフサイクルアセスメント(LCA)の研究を進めている。LCAの影響評価手法である日本版被害算定型環境影響評価手法LIME(Life-cycle Impact assessment Method based on Endpoint modeling)(伊坪ら、2005)も産総研による研究成果の一つである。LIMEは大気汚染や地球温暖化など様々な環境問題を同じ基準によって定量的に比較検討できる手法であり、製品の環境影響の定量化手法として企業などに広く用いられている。当研究グループでは、LIMEの枠組みを用いて東京23区におけるヒートアイランドによる様々な影響の定量化を進めてきた。

研究の内容

 本研究は、ヒートアイランド問題のうち影響が大きいと推定される睡眠障害を中心に、これまでの環境影響評価の結果を統合化したものである。

 気温と睡眠障害との関係は、東京23区の住民500名を対象に、2006年および2007年に睡眠障害に関するインターネット調査を実施し、結果を解析することにより定量化した。具体的には次の通りである。睡眠障害に関する調査で広く用いられている日本版ピッツバーグ睡眠質問票(PSQI-J)を用いて、2007年8月に調査を行い、調査対象者の睡眠障害者割合は48.8%という結果を得た(この値はDoi et al.による値よりも20%程度大きいが、今後の研究でその理由を明らかにしていく予定)。また、PSQI-Jをもとに日々の睡眠障害についての質問票を作成し、深夜の外気温と睡眠障害に関する調査を行った。その結果、深夜0時の外気温が約26℃を超えると、1℃気温が上昇するごとに睡眠障害者の割合が約3%ずつ増加する、という傾向を確認した。

 このような調査結果をもとに、東京23区における気温上昇と、睡眠障害、熱ストレス、熱中症、寒冷ストレスおよび冷暖房に伴うエネルギー消費との関係を明らかにした。

 そして、睡眠障害を始めとする各カテゴリーの環境影響を定量化するために、LIMEの枠組みを用いてヒートアイランド問題の構造を整理した(下図)。今回は、ヒートアイランド現象による被害のうち、熱ストレス、熱中症、寒冷ストレス、睡眠障害、冷暖房によるエネルギー消費の変化の5つのカテゴリーについての定量化を行った。

図

 その結果、1982年を基準として2002年のヒートアイランドによりもたらされた東京23区内の環境影響は、年間で睡眠障害114億円、熱ストレス8.7億円、熱中症1.8億円、冷房エネルギー消費0.28億円、暖房エネルギー消費-0.47億円、寒冷ストレス-80億円、合計約44億円と推定された。なお、この金額は、伊坪らによる健康被害を回避するのに支払うことができる費用を算出した研究成果を利用したものである。

図

今後の予定

 未だ定量化されていないヒートアイランドの影響についての科学的知見の蓄積を引き続き行っていく。また、ヒートアイランド対策の製造・運用によっても資源やエネルギーが消費されるため、対策を導入すること自体、地球温暖化などの環境影響の発生要因となる。そのため、ヒートアイランドの影響の定量化とともに、様々なヒートアイランド対策の導入および製造・運用に伴う気温緩和効果やエネルギー消費の増減効果をLCAの観点から定量的に比較を行い、ヒートアイランドだけではなく地球温暖化にも配慮した対策を明らかにしていく予定である。

関連研究

 伊坪徳宏, 稲葉敦(編) (2005): ライフサイクル環境影響評価手法, 産業環境管理協会.
 玄地裕, 南拓郎, 井原智彦 (2006): 日本建築学会2006年度大会(関東)学術講演梗概集 D-1, pp.537-538.
 玄地裕, 岡野泰久, 井原智彦 (2007): 日本建築学会2007年度大会(九州)学術講演梗概集 D-1, pp.771-772.
 Doi Y, Minowa M, Uchiyama M, Okawa M, Kim K, Shibui K, Kamei Y (2000): Psychiatry Research, Vol.97, pp.165-172.

問い合わせ

(研究担当者)
独立行政法人 産業技術総合研究所
安全科学研究部門 社会とLCA研究グループ
研究員 井原 智彦
E-mail:ihara-t*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)

独立行政法人 産業技術総合研究所
安全科学研究部門 社会とLCA研究グループ
研究グループ長 玄地 裕
E-mail:y.genchi*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)

用語の説明

ライフサイクルアセスメント(LCA)
LCAは、製品やサービスの環境への影響を評価する手法であり、対象とする製品やサービスを産み出す資源の採掘から素材の製造・生産を経て、製品の使用・廃棄段階に至るまでのライフサイクル全体を考慮し、資源消費量や排出物量を求め(インベントリ分析)、その環境への影響を総合的に評価(影響評価)する。LCAは、製品の環境調和性を評価する手法として国際規格化(ISO14040~44)され、すでに多くの企業で広く活用されているものである。[参照元に戻る]
◆日本版被害算定型影響評価手法(LIME)
LIMEは、LCAの影響評価手法の一つであり、産総研ライフサイクルアセスメント研究センター(現・安全科学研究部門)にて研究開発が進められてきた。
詳細はhttp://unit.aist.go.jp/lca-center/ci/activity/project/lime/index.htmlを参照。[参照元に戻る]
◆ヒートアイランド現象
ヒートアイランド対策大綱(ヒートアイランド対策関係府省連絡会議、平成16年3月)によると、「ヒートアイランド現象とは、都市の中心部の気温が郊外に比べて島状に高くなる現象であり、近年都市に特有の環境問題として注目を集めている。」と定義されている。気象庁によると、1900年から2000年にかけての100年間での東京の気温上昇は約3.0℃であり、全国平均の気温上昇約1.0℃より約2.0℃大きい。[参照元に戻る]