発表・掲載日:2008/05/30

二酸化炭素は役に立つ

-安全なプラスチック原料としての利用-

ポイント

  • 猛毒なホスゲンの代わりに無毒で安価な二酸化炭素(CO2)を原料として炭酸エステルを合成するプロセスを開発。
  • 高性能触媒と効率的脱水プロセスによる高生産性から、工業プロセスへの発展が期待される。

概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)環境化学技術研究部門【研究部門長 島田 広道】分子触媒グループ 坂倉 俊康 主任研究員は、猛毒のホスゲンの代わりに二酸化炭素を用いて、エンジニアリングプラスチックの原料である炭酸エステルを製造する反応プロセス法を開発した。

 この方法は、第1にスズやチタンを主成分とし、酸性付与物質を副成分とした高性能触媒を新たに開発したこと、第2にリサイクル可能な有機脱水剤を用いた効率的な脱水方法を開発したこと、によって実現されたものである。これら2つの新技術を反応プロセスに最適化することで、高転化率、反応時間の短縮、反応圧力の低減、連続流通系による製造等が可能となり、環境に優しい化学反応プロセスの実現が期待される。

 本技術は、2008年4月6日~10日に米国ニューオーリンズで開催されたアメリカ化学会年会(総発表件数9000件以上)で発表し、同学会が選定した代表的な研究成果11件のうちの1件としてプレスリリースされた。

図


開発の社会的背景

 持続可能社会の実現が人類共通の目標となり、化学工業においても、石油を原料とする既存の資源体系から脱却し、持続可能資源に基づく化学工業体系への転換が必要とされている。具体的には、1)枯渇しない物質の利用、2)毒物の削減、3)廃棄物の削減、4)エネルギー(二酸化炭素排出)削減などが求められている。

 炭酸エステルは、ポリカーボネート原料、リチウムイオン電池電解液、燃料添加剤、溶剤、イソシアネート原料等として有用な化合物である(図1)。炭酸エステルの製造法は、現在もホスゲン法が主要なプロセスであるが、猛毒であるホスゲンを原料とすることや、塩素を大量に必要とするなど、多くの問題を抱えた反応プロセスであり、これに代わる製造法が強く求められている。

図1
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研究の経緯

 産総研では従来から二酸化炭素を原料とする化成品合成、特に炭酸エステルの合成に注力しており、経済産業省委託の「ミニマム・エナジー・ケミストリー研究開発/超臨界流体利用環境負荷低減技術(H12-H16)」においては環状カーボネート合成用の高活性固体触媒を開発し、長時間の連続流通反応に成功した(Chem. Commun.誌、2006年)。さらに非環状カーボネートの合成においても経済産業省委託の「ミニマム・エナジー・ケミストリー研究開発/省エネルギー型グリーンプロセス技術開発(H16-H18)」において高性能触媒プロセスを開発し、世界トップの高収率を実現している。

研究の内容

 今回開発した合成法は、二酸化炭素を原料として、一段階で炭酸エステルを合成する方法である(図2)。炭酸エステルの合成法としては第四世代にあたる。1段階での合成の場合、二酸化炭素の反応性が十分でないため、触媒が不可欠である。また、この反応では逆反応が起こるため、副生物である水を適当な脱水剤を用いて取り除かないと収率は1~2%程度にとどまる。従って、本研究の課題は大別して、高性能触媒の開発と、高効率脱水プロセスの開発である。

 第1については、4族(チタンまたはジルコニウム)または14族(スズ)の有機金属を主成分とし、フッ素を含む酸性付与物質を副成分とした高性能触媒の開発によって (Catal. Commun.誌、2008年; ChemSusChem誌、2008年)解決した。この場合、添加する酸性付与物質の最適量が主触媒のわずか100分の1であることを見いだした。

 第2については、アセタール類を脱水剤として用いて効率的に脱水する方法を開発した。ここで用いた有機脱水剤はリサイクル可能であり、効率的な脱水が実現されたものである。180℃程度の高温で作用する脱水剤としてアセタールを利用している。

 これら2つの要素の最適化により、高転化率、反応時間の短縮、反応圧力の低減、触媒リサイクル、連続流通反応等が可能となり(Chem.Rev.誌、2007年; J. Organomet. Chem.誌、2008年)、環境に優しい化学反応プロセスの実現が期待される。

図2
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今後の予定

 5年後の実用化をめざして産総研の特許を基に企業との連携を深める。想定されるプロセスに対してシミュレーションによるコスト評価を行い、その結果を技術開発にフィードバックする。有望なプロセスについてスケールアップ検討を行う。

参考文献

*T. Takahashi, T. Watahiki, S. Kitazume, H. Yasuda and T. Sakakura, Chem. Commun., 2006, 1664-1666.

*J.-C. Choi, K. Kohno, Y. Ohshima, H. Yasuda, and T. Sakakura Catal. Commun., 2008, 9, 1630-1633.

*K. Kohno, J.-C. Choi, Y. Ohshima, H. Yasuda, and T. Sakakura, ChemSusChem, 2008, 1, 186-188.

*T. Sakakura, J.-C. Choi, and H. Yasuda, Chem. Rev., 2007, 107, 2365-2387.

*K. Kohno, J.-C. Choi, Y. Ohshima, A. Yili, H. Yasuda, and T. Sakakura, J. Orgnomet. Chem., 2008, 693, 1389-1392.

問い合わせ

(研究担当者)
独立行政法人 産業技術総合研究所
環境化学技術研究部門 分子触媒グループ
主任研究員 坂倉 俊康
E-mail:坂倉連絡先

用語の説明

◆ホスゲン
塩素と一酸化炭素を反応させることによって得られる。猛毒のため、第一次世界大戦ではドイツ軍が化学兵器として使用した。現在でも化学兵器禁止条約に基づいて管理されている。アルコール、アミン、水等と反応して塩化水素を発生する。[参照元に戻る]
◆炭酸エステル
カーボネート(*)とも呼ばれる。形式的には二酸化炭素(炭酸ガス、CO2)とアルコール類から脱水することによって得られる。しかし、CO2の反応性が低いために実際には、エチレンオキシドやホスゲン等の高反応性で猛毒な化合物を出発原料として製造されている。代表的な炭酸エステルとして、環状のエチレンカーボネート(EC)及びプロピレンカーボネート(PC)、非環状のジメチルカーボネート(DMC)及びジフェニルカーボネート(DPC)がある。代表的用途としては、ポリカーボネート原料、リチウムイオン電池電解液、燃料添加剤、溶剤などがある。
*カーボネートは通称。日本化学会の音訳法ではカルボナート。[参照元に戻る]
◆ポリカーボネート
炭酸エステル構造を繰り返し単位とするプラスチック。エンジニアリングプラスチックのうち、最大の生産量(約200万トン/年・世界)を有する。無色透明、高強度であり、CD、DVD、航空機窓、メガネレンズ等に用いられる。生産量は年率6%以上の伸びを示し、製造設備の拡充が必要となっている。[参照元に戻る]
◆イソシアネート
アミン類とホスゲンの反応によって得られる。アルコールと反応してウレタン類を与える。ジイソシアネートとジオールからポリウレタンが製造される。[参照元に戻る]
◆アセタール
カルボニル化合物(ケトンやアルデヒド)とアルコールの脱水反応によって生成する化合物。水と反応してカルボニル化合物とアルコールに戻るためリサイクル可能な脱水剤として使用可能である。[参照元に戻る]