遊具による事故が多発し、公園から撤去される遊具がますます増加しています。このような最近の動きは、1.子どもの成長機会の消失、2.技術の消失、3.経済損失の三つの面で大変不幸な事態だと思います。将来を担う子どもが、思いっきり遊んで豊かな経験を積む場所が減ることは、子どもの成長の機会を奪うことにほかなりません。また、事故原因を解明し知識化することで将来の遊具づくりに活かすことがなされない結果、子どもの遊び場をつくる技術として蓄積されず、場合によっては、モノづくり技術が完全に消し去られてしまいます。そして、税金によってつくられた遊具が、その資産価値を全うすることなく廃棄されるため、資産価値の損失に、撤去費用や廃棄費用の損失が加わり、多額の経済損失につながります。撤去すべき遊具があるのも事実ですが、改善すれば安全性を確保できる遊具も数多くあります。遊具のある遊び場を子どもたちに取り戻すために、今、安全で楽しい遊具づくりの方法論が強く求められています。
ある遊具を設計・制作・設置し、子どもに遊んでもらうことで、どのような効果があるかを後付けで並べたてることは可能です。設計時に最初からねらったものでなくても、いったん遊具がつくり出されれば、例えば、階段などで順番待ちをするというルールを覚える、誰かが登りにくいところを手伝ってあげることで社会性が養える、思いもよらない遊び方を考えだすことで創造性が養える、最初はできなかったことを繰り返しチャレンジすることで何かを達成する喜びを見つける、など多くの好ましい想定外の効果が出ることがあります。
しかし、同様に、転倒や転落によって傷害を受ける、最悪、死んでしまうという想定していなかった負の効果が出る場合も少なくありません。このような負の効果を最小にし、好ましい効果を最大にするには、子どもの特性を理解し、過去の事故に学び、子どもに与えたい楽しさや危険を「ねらって、つくれる」理論が必要となります。薬のアナロジーでは効能を実現しつつ、悪い副作用を抑える理論が不可欠です。ここでのデザイン論とは、そうした楽しさや危険をねらって制御し、つくりだすための設計方法をさしています。
遊具プロジェクトでは、「安全で楽しい遊具のデザインはどのように可能か?」の糸口を探るために、実際に遊具づくりを実践しました。実践的活動を行うことからしか本当の課題や解決法を探ることができないと考えたからです。本稿では、遊具プロジェクトで進めた実践的活動を中心に、楽しくて、安全な遊具をデザインするための課題や解決方法を紹介します。
産業技術総合研究所 デジタルヒューマン研究センターでは、子どもの事故予防工学カウンシル (略称:CIPEC, 代表:山中龍宏) という研究グループをつくり、子どもの事故予防に関する研究を進めてきました。遊具プロジェクトは、その一環として進めたもので、医師、保育士、遊具メーカー、保護者、認知科学や機械工学の専門家などに参加頂くことで遊具の問題をできるだけ複眼的な観点から、安全で楽しい遊具をデザインする可能性を探りました。
はじめに、安全で楽しい遊具づくりのヒントを見つけるため、川和保育園を見学しました。何の変哲もないアスファルトの道路から保育園の門をくぐり、少し奥に進むと、次第に子どもたちの声が聞こえてきました。とその瞬間、異次元空間にワープさせられたような光景が目前に広がりました。所狭しと木々が生い茂り、その豊かな自然の中で、目を輝かせて楽しく遊んでいる子どもの姿が圧倒的な躍動感とともに飛び込んでき来たのです。これが川和保育園の最初の印象です。
次第に目が慣れ、辺りを見渡してみると、その園庭には一般の考えからすると危険な遊具が数多く設置されており、それにもかかわらず、園児たちはうまく遊んでいました。何か重要なヒントが得られるのではないかと考え、川和保育園に協力を頂き、保育活動、一見危険そうな遊具、園児たちの関係を詳しく探ってみることになりました。何度も足を運ぶうちに、次第にその本質が理解できるようになりました。特に、安全で楽しい遊具づくりの観点から、私たちが学んだ点は以下のポイントです。
危険や楽しさが制御された園庭・遊具
最初は、園庭に広がる自然や自然素材がふんだんに使われている遊具に目を奪われましたが、園長の話を聞き、子どもの遊びを観察する中で、実は、巧みに遊具がデザインされていることが分かってきました。保育園のスタッフが、日々園児が遊ぶ中で生じる小さな怪我を把握し、遊具の改良を継続している姿がありました。園長が、あり得る危険の全体を把握しており、子どもが制御可能な危険や楽しさを切り出し、園長の長年の経験によって、ある意味「人工的に」遊び環境を再構築していることが分かってきました。そこには、見た目の「自然さ」とは異なった、巧みな「人工」がありました。大人が手を出しすぎず、できる限り子どもたちに自由に遊ばせ、その遊びのなかで、子どもたち自らチャレンジと失敗を繰り返しながら危険を学んでいく環境を構築するには、大人が、あらかじめ遊具のどこに危険があるのか、どの程度、子どもたちは把握できるのかを知った上で、遊具をデザインすることが不可欠です。
3.1 行動理解研究の概要
安全な遊具を設計するためには、子どもの行動特性に関する知識が不可欠です。近年、小型センサや無線技術の普及によって、装着・携帯可能で、子どもの行動を阻害することなく、行動を計測することができる携帯型センサ(ウェアラブルセンサ)が開発されています。これによって、これまでは困難であったような日常生活環境下での子どもの行動を定量的に把握することが可能になりつつあります。そこで、本プロジェクトでは、センサを用いて、遊具で遊んでいる“最中”の子どもの行動データを収集することで、子どもの行動を理解し、遊具設計に応用することを目指しました。
具体的には、まずはじめに、遊具の中でも人気が高く、転落などの重大な事故を起こしやすい遊具として、「登り」行為を必要とするクライミングウォール型の遊具を研究対象とすることにしました。これまでに、産総研デジタルヒューマン研究センターで開発してきたセンサを用いて、3歳から6歳までの47人の子どもが遊具で遊んでいる最中の場所データや、その際に使っている筋力のデータを計測しました。次に、年齢と登りやすさの関係、登りやすさが遊具型の設計パラメータにどのように関連しているのか、すなわち、危険を制御するパラメータには何があるのかを考察しました。さらに、これらの知見を用いて、登りやすさが適切に制御された遊具の設計と試作を試みました。
3.2 保育園における行動観察実験
今回、研究対象とした遊具(川和保育園 石崖ログハウス)を図1に示しました。この遊具は、石崖部分を登ることで、その上にあるログハウスに到達することが可能となっており、川和保育園では、最も人気のある遊具の一つです。石崖部分は、約300mm角の石が積み上げられて構成されており、手がかり、足がかりが不規則になっています。園児たちは、これらの手がかり、足がかりのうち、自分の身体特性にあった手がかり、足がかりを探索しながら、登ることになります。
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図1 計測対象とした遊具(川和保育園の石崖ログハウス) |
石崖ログハウスで遊んでいる子どもの筋力を計測するための行動観察システムを開発しました。構築したシステムは、画像情報・位置情報・筋力情報を同時に記録するための観察システムです。画像情報は、USBカメラで記録し、位置情報と筋力情報は、産総研で開発した超音波式位置計測センサと、筋電センサを使いました。石崖ログハウスの近くに超音波受信機を27個取り付け、小型の超音波発振機を園児の衣服に装着することで、遊んでいる最中の子どもの位置をcm単位で計測しました。また、子どもの右腕部分に、ウェアラブル筋電センサと呼ばれる筋力を計測するためのセンサを装着し、無線で通信することで、遊んでいる最中の筋力の情報を計測しました。さらに、遊具付近にカメラを取り付け、あとで解析するための画像情報を記録しました。
超音波センサから得られる位置情報とウェアラブル筋電センサから得られる筋電情報を組み合わせることで、園児たちが、遊具のどの位置でどの程度、筋力を使っていたかを可視化することが可能となります。図2に、場所ごとにどのような大きな筋電位が発生したかを可視化した筋電地図を示しました。石崖を正面から見た図に、被験者の位置情報とその場所で発生した筋力の大きさをプロットした図です。図2のような解析を行うことで、いろいろなことが分かってきました。
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図2:発生した筋力の強さを可視化した図(座標は、石崖を正面から見た場合) |
図2からは、例えば、年齢が上がり、身体的にも成長した被験者が登りやすい経路をより自由に選べることが分かります。特に、石崖を構成する個々の石の深さと高さに関して、詳しく分析してみると、以下のようなことが分かりました。
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2cm程度のブロックの深さでは、3歳児ではほとんど登ることができず、6歳児であっても登れない場合があり、難度が高いこと。
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5cm程度のブロックの深さがある場合、5歳児、6歳時は、ほぼ全員が登ることができること。
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各ブロックの高さが40cm以上あると、3歳児、4歳児では、登ることが困難になること。
今回の研究で得られた知見を使って、プロジェクトに参加している遊具メーカーの設計者と協力することで、新しい遊具を試作しました。遊び心にあふれ、失敗を許容することで、再チャレンジを促進するという基本思想のもとに、いくつかの案を作成しました。さらに、小型モデルを作成し、最悪のケースに至るシナリオの作成と、最悪のケースでも大きな怪我に至らせないような工夫を検討しました。
登り部分では、4歳から6歳の子どもにあった手がかり・足がかりを考案し、(1)対象としない低年齢の子どもが容易に登ってしまわないようにする工夫、(2)対象とする年齢(4歳から6歳)では、大きな力を必要とする(転落の危険がある)箇所を地面から低い高さにする工夫、(3)登りきる部分では確実に登りきらせる工夫を施しました。さらに、転落箇所全部を砂場(深さ20cm以上確保)としました。
具体的には、以下のような設計を行いました。
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最下層(地面から高さ1mまで)は、1歳児から2歳時が登ろうとした際に、容易に登れないように、20cmまたは30cmといった高さが高い石を並べる。
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真ん中の層(地面からの高さが1m以上1.5m以下の部分)では、運動能力や身体に合わせて、さまざまなチャレンジが可能なように、多様な高さ、深さをもつ石を並べる。
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最上層(地面からの高さが1.5m以上2.0m以下)は、転落の危険性を低減するために、10cmの高さしかない石を並べ、手や足の探索範囲内で容易に適切なブロックを探索できるように並べる。
図3に、試作した遊具の写真を示しました。実際に子どもたちに使ってもらって、改善を行うために、保育園に協力頂けることになり、今年2月に桑の実保育園に設置しました。遊具デザインの観点からは、今回の結果は、子どもの行動観察とそこから導き出された知見を活かすことで、危険や難易度が制御された遊具のデザイン、別の言い方をしますと、エビデンスベースな(科学的根拠に基づく)デザインが可能であることを示しています。本プロジェクトでは、引き続き、保育園と協力し、設置された遊具の検証を進める計画です。
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図3:登り部を工夫した新しい遊具の製作と設置 |
遊具に限らず、あらゆる製品設計では、不幸にして起こってしまった事故データを、人類共有の知恵として蓄え、その知恵を活かすことで、明日の担い手となるすべての子どもが健やかに育つような安心で安全な製品のデザインを追求し続ける必要があります。子どもの事故予防工学カウンシル(CIPEC)では、傷害事例を安全知識として蓄え、広く循環できる社会を「安全知識循環型社会」と呼んでいます。この安全知識循環型社会を実現するには、まず、あらゆるものは、完全無欠ではないという真実を理解し、傷害データの収集、知識の創造、知識の具現化、その評価を行う傷害予防からなるネットワークを作り、その中で多様な予防活動を永続的に続ける仕組みを創造する必要があります。
ここでは、このような見解に至るきっかけとなった事例として、遊具プロジェクトの約一年前に行った事故サーベイランスプロジェクトの活動内容を簡単に紹介します。このプロジェクトでは、遊具による子どもの傷害事例を題材として、遊具による傷害要因の解明と安全対策に関する実践的研究・活動を行いました。
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事故発生
2006年10月3日に北九州のある公園で5歳女児が遊具で遊んでいる時に、遊具のらせん階段部分(図4)から転倒した結果、腎臓に損傷を生じる事故が起こりました。その女児は、幸い、重篤な後遺症もなく、9日間入院の後退院となりました。
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図4 事故を起こした遊具と同じ型の遊具 |
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現場での事故被害者への聞き取り調査と検証実験
現地に行き、被害にあった女児とその両親の協力を得て、事故現場で聞き取り調査を実施した結果、おおよそ、以下の3つの特徴的なことが判明しました。(1)中央の柱に、肩で寄りかかっていた際にすべり、背中から転倒し、どこかに背中が衝突したこと。(2)転倒の際、頭部はどこにも接触せず、実際、頭部に怪我はなかったこと。(3)最終的には、地面まで転落したこと。この聞き取り調査をもとにして、実際に、そうした状況が起こりうるのかを調べるために、事故を起こした実際の遊具とダミー(3歳児 15kg)を使って、どのように転倒したかの再現実験を行い、位置や姿勢を変化させ、何十回かの転倒再現実験を行った結果、聞き取り調査の内容をほぼ説明できる転倒が再現されました(図5)。
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図5:ダミー人形を使った事故の再現実験 |
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研究所における子どもの行動理解の研究
現地での状況再現実験によって、転落の状況が再現されたので、次に、将来の予防に役立つような意味のある予防法を考案するために、この事例を一般化するための研究を行いました。まず、倫理上の問題に配慮し、同じ遊具を産総研で再現し、原形をとどめる形で、安全対策を施しました。さらに、子どもの遊び方を計測できるようなセンサ・システムを構築しました。このセンサ化された遊具を使って、実際の子ども17人(3歳から6歳)に対する観察実験を行いました。図6は、実験データをもとに、遊具のどの辺りをよく通過するかを分析した結果を示しています。この図から、3歳、4歳といった低年齢の子どもでは、内側を通過することが多く、5歳、6歳といったそれより大きな子どもは、らせん階段の外側と内側の両方を広く使って通過することが多いことが分かります。
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図6:らせん階段における子どもの行動計測の結果 |
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実施可能な対策法の開発
らせん階段の構造上の危険性の理解の次の課題は、この知見を傷害予防に役立てることです。遊具メーカーの設計者との議論から、今回の遊具が十分対策が可能であることが分かってきました。図7は、プロジェクトに参加した遊具メーカーによって、考案された低価格で施せる対策案を示したものです。この場合の改良点は二点です。一つは、子どもが、らせん階段を上る際に、急な傾斜となる内側に寄せ付けない「邪魔」をする機能と、確実に登れるような「手がかり」機能を実現するための、邪魔手すりを付けくわえた点です。もう一つは、動きの経路を制御するための柵を取り付けた点です。
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図7:遊具メーカーから提案された改善案の試作 |
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対策法の実施
現存する遊具のらせん階段の危険性を現実的なコストで軽減させられる対策法が考案できたので、この案を公園の管理者である自治体に報告しました。市役所では、これをうけ、2007年2月までに管理下にある同型の遊具34基すべての改修工事を完了しました。現在の日本では、対策法があっても、対策がされない現状があり、繰り返される事故の大きな原因の一つとなっています。対策を実施することは、必ずしも、当然ではない現状があるのです。こうした中で、きちんと対策をとれる自治体は、高く評価されるべきだと思います。
この遊具事故の事例では、まず、5歳の女の子が公園内で怪我をしました。その後、友人の車で病院まで搬送され、病院で診断・治療を受け、9日間の入院の後に退院となりました。通常のプロセスでは、治療が終わるとそれで終了してしまい、傷害の予防、すなわち、環境改善までは行われません。しかし、今回は、事故サーベイランスプロジェクトに協力して頂いた病院の担当医が傷害情報をキャッチし、他のプロジェクトのメンバーまで情報を伝達することで、その後の現場検証、子どもの遊びの解析、遊具メーカーによる予防法の考案、自治体による予防対策の実施という一連の展開が可能になりました。図8は、今回のケースを模式化したもので、事故事例の収集>>知識化>>対策法開発>>対策法実施>>効果検証までが一つのループとして一貫していることを示しています。事故サーベイランスプロジェクトでは、この図に示しました安全知識循環型社会の考え方は、あらゆる製品による事故の予防に一般化可能なものだと考えています。
今回の遊具プロジェクトに話を戻しますと、いかなる遊具も事故がゼロではありません。もちろん、大けがをさせないことが基本中の基本ですが、事故を完全に無くすことは不可能に近く、それをしようとすると、子どものチャンレジをも奪ってしまう可能性があります。安全で楽しい遊具づくりには終わりがなく、常に、その時に使える知恵や技術を駆使して、改善を持続させる必要があります。遊具プロジェクトでは、今回紹介した遊具づくりに、安全知識循環型社会の考え方を取り入れ、保育園のスタッフによる日々のひやり・はっとデータの収集、子どもの行動分析による知識化、遊具の改善を進めていく予定です。また、事故予防工学カウンシル(CIPEC)では、病院と協力し、子どもの事故による傷害データと関連する製品の情報を収集しています。この仕組みを活用することで、遊具による事故のデータの収集を行い、これと保育園のひやり・はっとデータを組み合わせて、遊具の持続的な改善とそのための仕組みづくりを行いたいと考えています。
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図8:安全知識循環型社会 |