独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)環境管理技術研究部門【部門長 原田 晃】光利用研究グループ【グループ長 松沢 貞夫】大古 善久 研究員(元東京大学生産技術研究所 共同研究員)は、独立行政法人 日本原子力研究開発機構【理事長 岡﨑 俊雄】(以下「原子力機構」という)量子ビーム応用研究部門 X線量子ダイナミックス研究グループの田村 和久 研究員らと共同で、大型放射光施設SPring-8の放射光X線照射で酸化チタンが光触媒作用を示すことを初めて確認した。
酸化チタン光触媒は、紫外線を受けると表面に吸着した有機物や水を酸化分解する。この機能を使って、脱臭・抗菌・防汚など、環境浄化技術の実用化が進んでいる。しかし、X線やγ線などの高エネルギーの光に対してどのような応答をするのかよくわかっていなかった。酸化チタン光触媒に放射光X線を照射して、光電流が1000%を超える高い効率で得られることと、水中成分の酸化分解反応が起こることを確認した。
これは、高レベル放射性廃棄物から放出される放射線の有効利用化や、放射線と光触媒を組み合わせた新たな放射線治療の開発など、放射線や光触媒の利用範囲の拡大に応用できる。
また、これに加え、X線照射によって、わずか1分で酸化チタン表面が高度に親水化することも確認した。紫外光照射の場合と比べて1万倍高い効率であり、親水性と疎水性の状態を繰り返すことができる。X線の特長を生かした高解像度表面改質技術としても期待できる。
本成果の一部は、国際電気化学会の学術誌"Electrochimica Acta"の5月13日の電子版に掲載された。
酸化チタンの光触媒作用は脱臭・抗菌・防汚などの効果が得られることから、近年実用化が多方面で進んでいる。
光触媒を医学・医療へ応用する試みも始まっており、もし透過性の高いX線で光触媒反応が起これば、ドラッグデリバリー技術とあわせて、新しい治療法になりうる。また、放射性廃棄物の放射線を活用する可能性もある。
光触媒作用を示さない半導体であるシリコンに、バンドギャップエネルギーをはるかに超えるエネルギーを持つ放射線を照射すると、電子・正孔対が生成し、それらを電流として検出することができることは知られていたが、酸化チタン等の光触媒に放射線を照射した際に光触媒作用が現れるかどうかは、わからなかった。
酸化チタン光触媒の内殻電子をX線で励起した場合、紫外光によるバンドギャップ励起と同じような光触媒反応が起こるかどうかを調べるため、X線を光触媒反応の光源とする実験を数年前から共同で進めてきた。
なお、本研究は、平成19年度より科学研究費補助金(萌芽研究)に採択されている。
大型放射光施設SPring-8にて、X線照射下における光電流および光電位測定を行った(図1)。照射したX線のエネルギーは5020 eVである。酸化チタン粉末はプラスチックフィルム材を窓とした電解セルに入れて測定した。
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図1 実験で使用した装置 : X線は、黄色線で示す方向から電気化学セル(図中央白線矢印)に照射した。 |
図2は、X線を断続的に照射しながら酸化チタン電極で流れた電流値を測定した結果である。X-ray on, offはそれぞれX線の照射開始および停止を表す。X線の照射を開始すると電流値が増加し、照射を停止すると電流値がもとの値に戻ることがわかった。
図3に示すように、開回路電位の測定を行った結果、X線の照射を開始すると電位がマイナス側にシフトし、照射を停止するともとの値に戻ることもわかった。この2つの結果における電流値および開回路電位の変化の特徴は、酸化チタンに紫外線を照射したときと同じであり、このことから、X線照射によっても酸化チタンの光触媒作用が発現することが明らかになった。
入射したX線光子数3×1011個/秒に対して酸化チタン内で生成した電子数は5×1012個/秒と、見かけの量子収率(IPCE)は、10を越しており、内殻励起を伴う場合の光触媒反応が高効率で起こったことが分かる。
光が酸化チタンに入射され電子・正孔対生成が生成されるまでの過程は、紫外線照射では紫外線により直接価電子帯の電子が伝導帯に励起されるのに対して、X線照射では、チタン1s軌道内殻励起に引き続く失活過程(オージェ失活)時に放出されるエネルギーにより、価電子帯の電子が励起される (図4)。
図2 X線を断続的に照射しながら測定した電流電位曲線 : on/offはX線の照射開始/停止を表す。 |
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図3 X線照射による開回路電位の変化
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図4 紫外線およびX線照射による価電子帯電子の励起プロセス |
図5にはX線照射による酸化チタン表面の親水化特性を調べるため、X線を照射する前および1分間照射した後の、水滴と酸化チタンとの接触角の変化を調べた結果を示す。X線照射前は接触角が65°であったのが、X線照射後には5°以下まで減少することが明らかになった。酸化チタンの光触媒作用の1つである表面の超親水化現象についてもX線照射により同様に発現することが明らかになった。
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図5 X線照射による酸化チタン表面の超親水性化の様子: (左)X線照射前、(右)1分照射後 |
これまで可視もしくは紫外線照射下のみで用いられてきた光触媒が、放射線照射下でも同様な作用を発現し使用可能であることを示しており、今後、(1)高レベル放射性廃棄物が放出する放射線を利用する核燃料廃棄物の有効利用や、(2)放射線と光触媒を組み合わせた新規な放射線治療への展開、(3)高解像度の表面改質技術への応用などが期待できる。