<あなたのケータイが検査器に>
視力が悪くなると直ぐにメガネをかけ始めるが、これに対して「聴力低下はなぜ見落とされ易く、見過されてしまうのでしょうか?」視力の場合、毎日眼にする新聞や雑誌などの活字の見易さが目安となって視力の低下を認識するが、聴力の場合は基準となる音の大きさを普段の生活の中に見つけ出すのは難しく、聴力が低下したことを生活の中で認識することが困難である。例えば、テレビごとに最大音量は異なり、音量を表わすSPL表示もなく、リモコンのボリューム操作で音量が容易に変動する。また、音源からの距離や部屋の様子、隣接した道路を走り抜ける車の騒音、周囲の家族の話し声の有無が、テレビの聞え方に影響を与えている。
本研究が目指したものは体温計のように気軽に測定できる聴力計。日常生活で最も身近な検査器と言える体温計は、誰もが簡単に使えて、なおかつ、有効な検査器である。今回開発した“モバイルオージオメータ”は、ケータイ・アプリを携帯電話機にダウンロードすることにより、あなたの携帯電話が着メロを利用したバーチャルな聴力検査器になり、身近で容易な聴力測定が可能となる。
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図1”MobileAudiometer"
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<早期発見の重要性>
高齢になり身体・感覚器官の機能が低下することは誰もが今後直面する問題であり、一般に40歳を過ぎた頃から人の聴力は衰え始める。このように聴力が低下し聴取において何らかの不自由さを感じたならば補聴器の装用を検討すべきであるが、あまり普及していないのが実情である。聴力低下が確認され補聴器の装用を開始する場合、以前の健聴時の聞えと異なるため音の再学習が必要となる。再学習は軽度の段階ほど効果は高く、聴力低下および難聴者の早期発見・補聴器の早期装用は重要な課題である。
<ケータイを使った検査器>
著者は、近年広く普及した携帯電話を用いた簡易型オージオメータ“モバイルオージオメータ(MobileAudiometer)”を提案し、携帯電話機の着メロおよびJavaアプリを用いた簡易型オージオメータを試作しました。そして、その機能・性能をオージオメータに関する国際規格であるISO規格(ISO 8253-1, Acoustics -Audiometric test methods -Part 1: Basic pure tone air and bone conduction threshold audiometry)、およびIEC規格(IEC 60645-1 2001-06, Electroacoustics-, Audiological equipment-, Part 1: Pure-tone audiometers)に沿って検証することで、選別用オージオメータとしての実現可能性を検討しました。
<ケータイとオージオメータの共通性>
オージオメータと携帯電話の着メロ用音源部分を比較したものが下の図である。医療診断用のオージオメータによく似た機能が、既に携帯電話に搭載されていることがわかる。
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図2 オージオメータと携帯電話の比較
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<国際規格を満たす>
最大出力レベルで再生した250~8000Hzの検査音の時間波形、周波数成分、ピーク周波数の時間変動を測定し、再生された検査音の周波数は許容範囲±2%以内に、時間的なゆらぎも1Hz以内におさまっており、許容誤差を満たしていた。必要とされる最大音圧レベル60dBHL at 500Hz~8kHz(70dBHL at 250Hz)と最小音圧レベル0dBHLから、60dB(70dBHL at 250Hz)のダイナミックレンジが必要となるが、測定の結果は規格を満たしていた。再生できる最大音圧レベルでの高調波ひずみを検証したところ、最大許容総高調波ひずみ2.5%を満たしていた。
<Javaアプリによる自動検査機能>
検査はJavaアプリで自動制御されており、検査音ファイルは、呈示可能最大音圧レベルから最小音圧レベルまで5dB刻みに作成され、250Hzから8000Hzまでの周波数ごとに仮想フォルダにまとめられた。検査においては、検査音周波数ごとに該当するフォルダが選択され、検査プログラムに従い呈示すべき音圧レベルのファイルが切り替えられ呈示される。自動検査の場合は、キーパッドからの被検者の応答に従い、自動検査プログラムによって検査音のレベルが選択される。検査結果のデータは、一時メモリに保存され、検査終了後に検査結果が画面表示される。
<対象ユーザ>
音圧のダイナミックレンジとして、一般に伝音機構のみの障害で発生する伝音性難聴の程度は最大でも60dBであり、感音性難聴の場合でも、会議・会合などでの不意の呼びかけに難がある30~50dBの軽度難聴者に対応できる。補聴器の良い適応例である50~70dBの中度難聴者に対しては一部対応できない場合もあるが、難聴選別が目的であれば十分な性能である。
<音質>
検査音の再生として、音声通話を用いるのではなく、着メロに使われるFM音源を利用している。そのため、もし従来の固定電話機や携帯電話機の音声通話を利用して聴力検査器を実現した場合には通話網のノイズの影響を受けるが、本提案のように携帯電話機に内蔵されたFM音源を用いることにより低ノイズで安定した検査音を再生することができる。検査結果はインターネットを経由してサーバーに保管可能であるため、継続的に検査結果を蓄積していくのに適しており、データベース化することで難聴アセスメントおよび早期発見が可能となる。
<優れたモバイル性>
現状の高齢者の携帯電話利用率は十分ではないが、聴力低下が始まる40歳代の携帯電話・PHS利用率は60%を越えている。今後は携帯電話を使い慣れた人達が高齢者となっていくため、携帯電話を用いて“だれでも”容易に聴力検査を行えるようになり得る。また、提案したモバイルオージオメータは聴力検査専用器でないために、普段は電話機として携帯しており、必要とあれば本Javaアプリをインターネットを介してダウンロードすることで検査器に変身させえる手軽さがある。携帯電話機を利用することで安価にオージオメータを構築することができるため体温計のように家庭へ普及していき、“いつでも”気軽に利用することができるようになる。これに騒音モニタ機能を付加し、騒音による域値上昇を補正することができれば、“どこでも”検査が可能となる。
以上のようにモバイル性に優れた携帯電話を難聴者早期発見に利用することで選別的検査の機会が増え、聴力低下や難聴者の早期発見につながると考えられる。
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図3 早期発見・早期処置・早期装用
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<ユビキタス音質フィッティング>
携帯電話を使ったモバイルオージオメータで聴力測定を行った結果は、携帯電話機自身に保存したり、電子カルテとしてホームサーバ上に保存可能である。その携帯電話をパソコンやカーナビ、キオスク端末などにかざすだけで、端末が発するガイダンス音声がユーザ個人の聴力特性で補正されるユビキタス世界を本研究は目指している。もし端末がネットワークに接続されていれば、もはや携帯電話をかざす必要もなく、端末へのアクセスのために個人認証が行われた時には、すでにネットワークを介して聴力データが転送されておりユーザ個人の聴力特性にフィッティングされることになる。聴力特性データを保存している携帯電話が音質補正されるのはもちろんのことであり、携帯電話が補聴器代わりになる時が来るのではないだろうか。
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図4 著者が提唱するユビキタス音質フィッティング
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