発表・掲載日:2003/11/21

大規模テーマパークシミュレータを開発

-行列のできない!?テーマパークの実現に向けて-

ポイント

  • 従来のテーマパークのシミュレーションは、想定された数の来場者があった場合の各施設の負荷分析などにしか使えなかった。
  • テーマパークシミュレータにアトラクション予約機能を付加することにより、予約システムを導入することによって生じる来場者の満足度向上効果を待ち時間などの尺度で定量的かつ詳細に検証することが可能になった。
  • テーマパーク事業者にとって、効率的に顧客満足度を向上させる予約システムの計画・設計を行うことが可能になり、テーマパーク経営の改善に役立つ。
  • 汎用的なモデル・手法に基づくシミュレータなので、病院、展示場、博覧会場などユビキタス社会における様々な予約・調整問題への応用が可能である。


概要

 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)知能システム研究部門【部門長 谷江 和雄】の宮下 和雄主任研究員は、株式会社アライドエンジニアリング【社長 秋葉 博】(以下「アライド」という) と共同で、産総研が開発した分散スケジューリング手法に基づく、マルチエージェントシミュレータをアライドが開発した共有分散メモリ上に実装することにより、自動的に来場者の予定を調整して、適切な時間にアトラクションの予約を行うことができるテーマパークのシミュレーションに成功した。

図

 大規模なテーマパークには年間数百万人の来場者が訪れる中、多くのテーマパークではリピータ客を確保するため、来場者の満足度を向上させる取り組みが活発に行われている。

 このような背景において、本シミュレータは、来場者と各アトラクションが情報交換を行いながら、アトラクションの負荷が均一化されるよう来場者の予定をスケジューリングし、アトラクションの予約を行うことにより、来場者がどの程度効率的にテーマパークを楽しむことができるようになるかを定量的に検証することができる。

 来場者とアトラクションが情報交換を行うためには、位置情報検出技術、無線通信技術、情報端末技術などが整備されたユビキタス情報環境を想定している。従来、ユビキタス情報環境で想定されていたサービスは、その場にいる個人を対象にした情報提供がほとんどで、混雑・待ちを無くすといった、集団に対する調整サービスは未だ想定されていなかった。本シミュレーションは、そのような新たなサービスの有効性を検証するものでもある。

 今後、このシミュレータを現実のテーマパークのデータに適用し、テーマパークが予約機能を持つことによって来場者の利便性がどのように変化するかを検証する予定である。さらに、病院での検査・検診などの他の分野にもこのシミュレータを応用する予定である。

 なお本研究に関する特許は現在数件出願中である。

図1
図1 シミュレータの構成
 
図2
図2 テーマパークシナリオ


研究の背景

(1) テーマパーク間の競争の激化に伴い、テーマパークにとってリピータ客の確保は大きな問題となっており、多くのテーマパークは来場者の満足を向上させるために様々な取り組みを行っている。その中でも、来場者の待ち時間や混雑をなくすための来場者の予約・誘導システムが重要な課題として認識されている。

(2) ユビキタス時代の情報サービスとして、位置情報に基づく個人適合型の情報提供だけではなく、ユビキタスな情報環境にいる集団や社会全体に対する新たな調整的サービスが実現可能になりつつある。

研究の経緯

 産総研知能システム研究部門分散システムデザイングループでは、シミュレーション技術、人工知能技術、スケジューリング技術などを核にして、半導体製造工程や巨大テーマパークなど、大規模複雑なシステムの自律分散的な制御手法の研究開発を進めている。また、アライドはクラスタコンピュータを用いた並列計算方式による設計・シミュレーションシステムなどの製品の開発販売を行っている。

研究の内容

(1) 大規模高速な分散スケジューリング技術の開発
 分散スケジューリングでは、各資源において独立して計画された個々のスケジュールが相互に矛盾無く、しかも全体として高品質なスケジュールであることが要求される。しかしながら、独立して部分的スケジュールを計画する個々の主体は他の主体に関する情報を共有していないため、従来はパラメータチューニングを伴うアドホック(場当たり的)な手法や、バックトラックを前提とした計算負荷の高い手法が提案されていた。

グラフ

 本研究では、上の図に示すように各資源が自らに対するユーザからの要求を時間軸に沿って展開した形(資源要求プロファイル)で受け取り、それを集計することで最も混むことが予想される時間帯(競合ピーク)を推定する。そして、可能であればその競合ピークの時間帯をなるべく避けるように各ユーザに対して資源の予約時間をスケジュールすることにより、資源に対する負荷を均等化し、できるだけ多くのユーザに対して資源の割り付けをスケジュールする。

グラフ

 各資源からのスケジュールを受け取ったユーザは、そのスケジュールが自らにとって受け入れられるか否かの判定を行うことによって、(各ユーザにとっての)全体的なスケジュール品質を向上させることができる。上の図では、左のグラフはあるユーザに対してアトラクション3から予約時間の候補(網掛け部)が提示された状態を示す。その予約を受け入れるとすると、ユーザの資源要求プロファイルは右のように変化するため、アトラクション1、アトラクション2に対する資源要求に衝突が生じ、どちらかをあきらめなければならない。ここでユーザがアトラクション3の予約を受け入れれば、アトラクション1か2を断念することを意味し、アトラクション3の予約を断念すれば、アトラクション1と2に関しては優先して予約を要求することを意味する。したがって、ユーザはアトラクション3の予約を受け入れるか否かの判断をすることにより、自らの意志に基づいてスケジュール全体の調整を行うことができる。

 このように、ユーザとテーマパークのアトラクションがやり取りを繰り返しながら、順次予約を決定していくことにより、各ユーザにとって納得いく品質のスケジュールをテーマパーク全体(即ち、全てのアトラクション)として効率的に生成することができる。

(2) 共有分散メモリを用いたマルチエージェントシミュレーションの開発

図

 本研究では上の図のようにタグボードと呼ぶ共有分散メモリ上に、共通の性質を持つグループ(図中のアンサンブル)に属する複数のエンティティ(即ち、エージェント)間で共有することが必要な情報をタグという一意の識別子の付いたデータとして保存することによりエージェント間の協調動作を実現した。コントローラがアンサンブルに属するエンティティの実行開始、終了を制御し、各エンティティはその制御下で独自の行動を実施する構造を持つ事により、プログラマは同期や排他制御などの仔細なプログラム制御に煩わされること無く、アプリケーションの自然な形でモデル化し実装することができる。更に、本アーキテクチャを用いれば、多数のエンティティ、タグが存在しても、それらを複数の計算機に分散させることにより、大規模なマルチエージェントシミュレーションの並列性を増し高速に実行することができる。

今後の予定

 本シミュレーション手法の実用性を確認するため、実際のテーマパークのデータを用いた検証を行う。さらに、他の応用分野(病院、展示場、博覧会場)への適用を図ることを予定している。

お問合せ先

宮下和雄の写真

宮下 和雄(みやした かずお)
miyasita@ni.aist.go.jp
知能システム研究部門



用語の説明

◆分散スケジューリング手法
複数の資源によりタスクが実行されるような問題において、タスクを実行するスケジュールを個々の資源が独立して計画するスケジューリング手法。たとえば、1つの製品が遠隔地にある複数の工場での工程を経て完成されるような場合に、複数の工場の計画を本社で一元的に計画するのではなく、各工場で独自に計画するような場合がある。この種の問題では、独立して計画された個々のスケジュールが相互に矛盾無く、しかも無駄のないものであることを保証することが解決困難な課題である。[参照元に戻る]
◆マルチエージェントシミュレータ
複数の主体が相互に関係しながら状態を変化させていくようなシステム(たとえば、我々の社会、経済などもその典型である)のシミュレーションを、数理的な手法ではなく、個々の主体の振る舞いをシミュレートしたプログラム(エージェントと呼ばれる)を実装し、実際にプログラム上でそれらの複数のエージェントを実行することによって、エージェント間の相互作用によりどのような結果が得られるかをシミュレートするプログラムである。近年、都市交通や株式市場、経済など大規模複雑なシステムにおいて生じる現象を理解・解決するための手法として注目を集めている。[参照元に戻る]
◆共有分散メモリ
複数のコンピュータで、多くのプロセスを協調的に動作させる手段として、プロセス間でデータを共有する手法である。これに相対する手法として、プロセス間のメッセージパッシングを行う手法がある。共有分散メモリの利点としては、複雑な相互作用を行うマルチエージェントシステムなど開発においては、メッセージパッシング手法に比べて、プログラム開発が大幅に容易になることがあげられる。しかしながら、高速性が求められるアプリケーションでは、メモリ共有のための通信オーバーヘッドによるプログラム実行効率の低下などの問題を解決する必要がある。[参照元に戻る]
◆ユビキタス情報環境
家電や普通の電話、時計やポータブルMDプレーヤなどがネットワークで結ばれ、駅の自動券売機やコーラの自販機までもがネットワークにつながれ、車や電車の中からでもネットワークにアクセスできるような情報環境である。つまり、ユビキタス情報環境では「いつでもどこでも」、だれかとつながることができる。常時、いつでもどこでもネットワークに参加できるようになれば、人々は電話代や時間やアクセスの速度を気にせずに情報の交換をすることができる。そこには、新しいコミュニティやサービスが育つ可能性がある。[参照元に戻る]