独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 吉川 弘之】(以下「産総研」という)知能システム研究部門【部門長 谷江 和雄】の宮下 和雄主任研究員は、株式会社アライドエンジニアリング【社長 秋葉 博】(以下「アライド」という) と共同で、産総研が開発した分散スケジューリング手法に基づく、マルチエージェントシミュレータをアライドが開発した共有分散メモリ上に実装することにより、自動的に来場者の予定を調整して、適切な時間にアトラクションの予約を行うことができるテーマパークのシミュレーションに成功した。
大規模なテーマパークには年間数百万人の来場者が訪れる中、多くのテーマパークではリピータ客を確保するため、来場者の満足度を向上させる取り組みが活発に行われている。
このような背景において、本シミュレータは、来場者と各アトラクションが情報交換を行いながら、アトラクションの負荷が均一化されるよう来場者の予定をスケジューリングし、アトラクションの予約を行うことにより、来場者がどの程度効率的にテーマパークを楽しむことができるようになるかを定量的に検証することができる。
来場者とアトラクションが情報交換を行うためには、位置情報検出技術、無線通信技術、情報端末技術などが整備されたユビキタス情報環境を想定している。従来、ユビキタス情報環境で想定されていたサービスは、その場にいる個人を対象にした情報提供がほとんどで、混雑・待ちを無くすといった、集団に対する調整サービスは未だ想定されていなかった。本シミュレーションは、そのような新たなサービスの有効性を検証するものでもある。
今後、このシミュレータを現実のテーマパークのデータに適用し、テーマパークが予約機能を持つことによって来場者の利便性がどのように変化するかを検証する予定である。さらに、病院での検査・検診などの他の分野にもこのシミュレータを応用する予定である。
なお本研究に関する特許は現在数件出願中である。
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図1 シミュレータの構成
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図2 テーマパークシナリオ |
(1) テーマパーク間の競争の激化に伴い、テーマパークにとってリピータ客の確保は大きな問題となっており、多くのテーマパークは来場者の満足を向上させるために様々な取り組みを行っている。その中でも、来場者の待ち時間や混雑をなくすための来場者の予約・誘導システムが重要な課題として認識されている。
(2) ユビキタス時代の情報サービスとして、位置情報に基づく個人適合型の情報提供だけではなく、ユビキタスな情報環境にいる集団や社会全体に対する新たな調整的サービスが実現可能になりつつある。
産総研知能システム研究部門分散システムデザイングループでは、シミュレーション技術、人工知能技術、スケジューリング技術などを核にして、半導体製造工程や巨大テーマパークなど、大規模複雑なシステムの自律分散的な制御手法の研究開発を進めている。また、アライドはクラスタコンピュータを用いた並列計算方式による設計・シミュレーションシステムなどの製品の開発販売を行っている。
(1) 大規模高速な分散スケジューリング技術の開発
分散スケジューリングでは、各資源において独立して計画された個々のスケジュールが相互に矛盾無く、しかも全体として高品質なスケジュールであることが要求される。しかしながら、独立して部分的スケジュールを計画する個々の主体は他の主体に関する情報を共有していないため、従来はパラメータチューニングを伴うアドホック(場当たり的)な手法や、バックトラックを前提とした計算負荷の高い手法が提案されていた。
本研究では、上の図に示すように各資源が自らに対するユーザからの要求を時間軸に沿って展開した形(資源要求プロファイル)で受け取り、それを集計することで最も混むことが予想される時間帯(競合ピーク)を推定する。そして、可能であればその競合ピークの時間帯をなるべく避けるように各ユーザに対して資源の予約時間をスケジュールすることにより、資源に対する負荷を均等化し、できるだけ多くのユーザに対して資源の割り付けをスケジュールする。
各資源からのスケジュールを受け取ったユーザは、そのスケジュールが自らにとって受け入れられるか否かの判定を行うことによって、(各ユーザにとっての)全体的なスケジュール品質を向上させることができる。上の図では、左のグラフはあるユーザに対してアトラクション3から予約時間の候補(網掛け部)が提示された状態を示す。その予約を受け入れるとすると、ユーザの資源要求プロファイルは右のように変化するため、アトラクション1、アトラクション2に対する資源要求に衝突が生じ、どちらかをあきらめなければならない。ここでユーザがアトラクション3の予約を受け入れれば、アトラクション1か2を断念することを意味し、アトラクション3の予約を断念すれば、アトラクション1と2に関しては優先して予約を要求することを意味する。したがって、ユーザはアトラクション3の予約を受け入れるか否かの判断をすることにより、自らの意志に基づいてスケジュール全体の調整を行うことができる。
このように、ユーザとテーマパークのアトラクションがやり取りを繰り返しながら、順次予約を決定していくことにより、各ユーザにとって納得いく品質のスケジュールをテーマパーク全体(即ち、全てのアトラクション)として効率的に生成することができる。
(2) 共有分散メモリを用いたマルチエージェントシミュレーションの開発
本研究では上の図のようにタグボードと呼ぶ共有分散メモリ上に、共通の性質を持つグループ(図中のアンサンブル)に属する複数のエンティティ(即ち、エージェント)間で共有することが必要な情報をタグという一意の識別子の付いたデータとして保存することによりエージェント間の協調動作を実現した。コントローラがアンサンブルに属するエンティティの実行開始、終了を制御し、各エンティティはその制御下で独自の行動を実施する構造を持つ事により、プログラマは同期や排他制御などの仔細なプログラム制御に煩わされること無く、アプリケーションの自然な形でモデル化し実装することができる。更に、本アーキテクチャを用いれば、多数のエンティティ、タグが存在しても、それらを複数の計算機に分散させることにより、大規模なマルチエージェントシミュレーションの並列性を増し高速に実行することができる。
本シミュレーション手法の実用性を確認するため、実際のテーマパークのデータを用いた検証を行う。さらに、他の応用分野(病院、展示場、博覧会場)への適用を図ることを予定している。
宮下 和雄(みやした かずお)
miyasita@ni.aist.go.jp
知能システム研究部門