「道具鍛冶」として研究するということ
人間情報インタラクション研究部門のメディアインタラクション研究グループ・加藤淳さんの専門は、HCI(Human-Computer Interaction)。人とコンピューターの関係を調べながら、その未来にあり得る姿をシステムとして構築し、一方でそれらが社会に適応したときに何が起きるかを実証していくという、言わば「未来学+エンジニアリング」の学問です。
「特に力を注いでいるのが、クリエイターやプログラマーたちの“創造性”に対するサポート。プログラミング環境技術を使って、現場が抱える課題を解決するためのユーザインタフェース、ツール・環境設計を行っています。なので、最近では『道具鍛冶研究者』を自称しているんです」
加藤さんがこれまでつくり上げてきたものは、どれも興味深いものばかり。IoT機器の筐体設計とファームウェア開発を同時に行える設計ツール、音楽に同期して歌詞がアニメーションする動画を制作できる統合制作環境、日本のアニメ制作で不可欠な絵コンテのためのWebベースの制作支援ツール…と、私たちに身近なコンテンツの制作を支えるプロダクトを数多く開発しています。
「人の創造性を支える」という原点
“道具鍛冶”を意識するようになったのは、大学1年生のとき。「元々中高のときからDTP(Desktop Publishing)やWebデザインに明るかった」という加藤さん。あるとき、ゼミ生が書いた記事を管理する専用Webメディアをひとりでつくり上げることになり、その経験が「道具鍛冶の面白さを感じたきっかけになった」と言います。
「また、ゼミの担当教授であったジャーナリストの立花隆さんからも影響を受けました。立花さんと言えば、生物学、環境問題、医療、宇宙、政治経済…と、非常に多岐にわたるテーマを執筆されていたことで知られていますが、研究者の取材前には必ず大量の下調べを行って、取材時に核心に迫る質問を投げかけるんです。そうやって研究者たちの創造性をわかりやすい言葉に翻訳していく。そのアプローチを間近で見ることができたのも、非常に貴重な経験でした」
立花さんの取材姿勢は、本格的に研究者になることを決めたきっかけにもなりました。
「修士の頃、立花さんが言葉で研究者たちの目に見えない“何か”を浮き彫りにしていたように、私自身もソフトウェアを通して同じことができないかとずっと模索していて。そんなとき、ソフトウェアエンジニアのインターンに参加したんです。そこで『自分のソフトウェアエンジニアのスキルを使えば、なんとか生活はできる』ということに気づいて(笑)。『だったら、とりあえず研究を続けてみて、行き詰まったらエンジニアになろう』と決心して、それで博士課程に進むことにしたんです」
状況に合わせて、働き方を変化させる
その後、無事に博士課程を修了し、就職先として産総研を選択した加藤さん。就活では研究を続けることは考えていたものの、「自分はまだ学生を教える立場ではない」という気持ちがあり、大学に残ることはあまり考えていなかったのだとか。
「そんなとき、現在同じグループの首席研究員を務めている後藤真孝さんが、Web上の楽曲の中身を解析して可視化やサビ出しができる『Songle』というサービスを開発していることを知って。『メディアインタラクション研究ができる環境があるなら、後藤さんのグループに入るしかない』と思い、産総研に入ることを志望しました。海外も考えましたが、日本のコンテンツ文化に浸かっていて、クリエータ支援に興味があったので国内に絞りました」
入所して改めて感じたのは、「自分で研究をする時間をしっかりと確保できる」ということ。実際、入所直後は研究に集中することができ、論文の執筆も非常にはかどったと言います。
「一方、子どもが生まれてからは、働き方を変えることにして。育児をするようになると、どうしても集中できる時間が限られてきますよね。そこで、集中する時間が必要な研究にではなく、断続的な作業時間でも思考の切り替えがしやすい開発にウェイトを置くことにしたんです。このように、そのときのタイミングや自分のやりたいことによって、仕事の仕方を変えることができるというのは、産総研の大きなメリットだと感じました」
自分の研究を、より社会に届けるために
「産総研はどのような研究者に向いているのか」と加藤さんに尋ねると、「学術に対する興味を超えて、さまざまなことに興味が向いている人」という返答が。
「学術的に面白い技術であっても、実際に使ってもらおうと思ったらいろいろなハードルがありますよね。産総研は、そうしたハードルの越え方を真面目に考えて取り組んできた研究所。個々の研究者が企業と手を携えて進めたり、スタートアップをつくったり、エンジニアの力を借りたり、さまざまなアプローチを採れるのがいいところだと思います。私は今度、フランスのパリ=サクレ大学にあるHCI分野で国際的にトップクラスの研究室に1年間、長期出張することになっていて。そこでは、自分が築き上げてきた“道具鍛冶”という研究スタイルを一度棚卸して、改めて科学や技術の進歩に貢献できるように定型化しようと考えています」
従来の産総研のイノベーションモデルは、あくまで研究者が“種”を持っていて、それをどう社会展開するかという考え方が一般的です。しかし、加藤さんは「それと対をなす相補的なアプローチもあるはず」と続けます。
「個々のクリエータの課題の中にこそ、汎用的で、一般的な科学的技術的知見の種がある。それを現場まで行って発見して、言語化し、道具化することが私の仕事だと思っていて。こういうアプローチを『定型化』したいんです。産総研では、現場の支援から科学や技術の進歩までを幅広く扱いたいという人にはベストな環境だと感じていますね」
今後の目標について「これからもクリエイターの人たちを幸せにしていきたい」と答える加藤さん。新天地でのさらなる活躍に期待が高まります。
人間情報インタラクション研究部門
メディアインタラクション研究グループ
加藤 淳さん
- 入所年2014年4月
- 研究内容 HCI全般、特にPX(プログラミング体験)の向上や創造性支援に関する研究